日本の美意識の中には「間」「余白」の美というものがありますよね。
会話の中に「間」があることで心が動くし、絵画の中に「余白」があることで想像力が動く。
短歌を作っていて楽しいのは、31文字のなかで読み手の想像力が動き回るところ・・・・
フラワーアレンジメントは逆、日本の美意識がマイナスの美学だとすると、フラワーアレンジメントは完全にプラスの美学です。加飾することで「美」を表現していく。
花と短歌、まったく逆の事をやっている面白さ!!!
でも私の中では共通しているんです。それはどちらも「直感」でつかまえていくということ、そしてその時の心を映す鏡だということ。
でも、歌もアレンジも、出来上がったものには責任もてませんよ♪
だって、出来上がった時点で私の過去だから・・・・・
とんでもない?
もう少し執着心も必要かな~
「美意識」から話がそれてしまいました!? スイマセン
「余白」「余韻」いいな~
でも、これでもか状態の薔薇の中で眠りたい気もするし・・・・
う~ん、今日は、私自身、和洋折衷な女!?ということで、着地しときます☆
*写真は3年前の作品。頭の中がぶっ飛んでるよね~ まさに加飾!というより過食って感じです、恥ずかしいけど過去だから!・・・・
人が苦しみにあえぐ瞬間とか、苦痛に顔を
ゆがめる瞬間とか。
そんな中にも、「美」はあると思ってます。
今、渋沢龍彦の「快楽主義の哲学」っていうのを読んでるの。
「美」に関しても人は自分の見たいものしか見てないのは同じですよね。
物書きは泥の中で咲く清潔な蓮のように、醜いものも全部見た上で美しいものを咲かすことが出来るのが最高なのかも。
Tommyさんにファンが多いのはきっとそのせいよ☆
瑠璃さんそのものだわ^^。
お花のほうは絵画のようですね。
実り多き南国の世界ですね。
光と闇、美と醜、全部知りたい!!
もっともっともっと勉強して選択の幅を広げたいです!
私もミュージカルの演出しながら、私の言った事は毎日変わりますからどんどん忘れてください、って言ってます。メモなんか取られても、責任取れないモン。
その時々何を選び取っていくかは、直感で選択していく。毎日同じことしてても、毎日違う。これが最高に面白いところ。一期一会ですよね。
自分の過去記事は読まない主義です。
だって自分の記事は自分が作った分身でもあるけど、もう過去!!!
その辺の考えは同じだな~
字は汚くないけど、色気に欠ける・・・と自分では思ってます!
お花は、アジアンリゾートのホテルをイメージしたんだけどこのときはめちゃくちゃハッピーでいろんな色を使いたかったのを覚えてます。
今はずいぶん落ち着いたわ☆
どうして?って言われてもわかんないよね、「だってそう思うんだもん」ってしか答えられない。
でも頭で考えてることって365日あまり変わりばえなくて、結局何かやる時って突然ひらめいた思いがけないことやってるのよね!
過去は過去としてたまに引っ張り出して、こんなこともあったわね~と過去という飴をなめ、また包んでしまっておくみたいな感じかな・・・