どういうこと・・?
今日22日は、なんと明治29年(1896)以来116年ぶりの秋分の日なんだそうです。
秋分の日は長らく9月23日でした。 33年前、昭和54年(1979)には、9月24日で23日ではなかったそうですが、
22日となるのは116年ぶり。
国立天文台のHPから、この辺りの理屈を調べてみました。
「地球は1年かけて太陽の周りをまわっている(図1).地球の自転軸は地球の運動面に対して垂直ではないから,
北極側が太陽を向く時期と逆を向く時期が存在することになる.北半球においては前者が夏で後者が冬,
その中間は春や秋となり,地球が軌道上のどこにいるかによって季節は定まる.

この軌道上の位置をより細分化したものが二十四節気であり,とくに先の4点はそれぞれ
夏至,冬至,春分,秋分と呼ばれている.」・・これまでの復習です。
ここで、1年=365日ではなく、真の1年=1太陽年≒365.2422日=365日+6時間弱なのである.
つまり、1年は365日より6時間弱長いということなんですね。
「この,6時間弱という端数のために秋分点通過時刻は年々遅くなっていく(図2).

といっても,4年経つとその累計はほぼ1日になるから,4年おきに1日増やす,つまり閏年を作ることで
だいたい元の状態に戻すことができる.
このように,季節と日付が大きくずれていかないようにすることが閏年を設ける理由であり,
このような暦をユリウス暦1という.ユリウス暦の1年の長さは平均365.25日になる.」

「このとき日付がどうなるか,少し具体的な時刻を使って考えてみよう.はじめに秋分点を通過する
時刻が10時だとすると(表1の例1),通過時刻が遅くなる過程で秋分の日の日付も変わることがわかる.

だが,2時だとすると(例2),日付は変わらない.
秋分の日はこれまで長い間,例2のような状態にあったわけである.」
ところで、1年の端数の4倍は、0.2422 × 4 = 0.9688 だから,4年たつとほぼ1日増えてしまうので、
通過点に合わせるため1日引き算して調節する。しかし、1日を引いてしまうと
1 - 0.9688 = 0.0312日 ≒ 45分だけ補正(引き)しすぎることになる。
このため,4年後の通過時刻は逆に約45分ずつ早くなっていく。
平成24年の秋分の日が22日のように早くなるのもこれがその原因である.
過剰な補正量は400年で3日に達するから,その分だけ閏年を減らすほうが長期的なずれは少なくて済む.
そこまで考慮して定められた暦が現在も使われているグレゴリオ暦であり,この場合の1年の長さは平均365.2425日となる.

余談ですが、ネット“こよみのページ”から以下を参考にしました。
春分の日や秋分の日は、お彼岸、秋彼岸といってお墓参りに行く習慣がありますが、
これとの関連はどのように考えられているか・・?
仏教で、涅槃の世界を、「西方浄土」と呼ぶことがあるとおり、阿弥陀仏の極楽浄土は「西」にある
とされていることに由来しています。太陽が真西に沈む春分の日、秋分の日は夕日が極楽浄土への
道しるべとなると考えられたのだという。
この日、沈む太陽が示す極楽浄土への道を「白道(びゃくどう)」といい、仏の示してくれた
この白道を信じて進めば必ず極楽浄土に至ると言う信仰が生まれたという。
余談を更に続けると・・、
お彼岸に必ず出てくる「ぼた餅とおはぎ」・・甘いものに目がない小生には、どちらも 大好物ですが、どう違うのか?
ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「御萩」。牡丹の花は春に咲きますので、春は牡丹餅といい、
萩の花の咲く秋は御萩餅(あるいは、萩の餅)と言うそうです。
さらに、ぼた餅はこし餡で、おはぎは粒餡で作るのだそうです。
粒餡かこし餡かについては、秋の小豆は収穫したてで皮が柔らかいので皮ごと粒餡とし、
収穫から日が経って皮が固くなる春には、皮を取り去ってこし餡としたとも言われます。
あぁ、そうなんだ・・・!
澄み切ったフォレスタで・・・
今日22日は、なんと明治29年(1896)以来116年ぶりの秋分の日なんだそうです。
秋分の日は長らく9月23日でした。 33年前、昭和54年(1979)には、9月24日で23日ではなかったそうですが、
22日となるのは116年ぶり。
国立天文台のHPから、この辺りの理屈を調べてみました。
「地球は1年かけて太陽の周りをまわっている(図1).地球の自転軸は地球の運動面に対して垂直ではないから,
北極側が太陽を向く時期と逆を向く時期が存在することになる.北半球においては前者が夏で後者が冬,
その中間は春や秋となり,地球が軌道上のどこにいるかによって季節は定まる.

この軌道上の位置をより細分化したものが二十四節気であり,とくに先の4点はそれぞれ
夏至,冬至,春分,秋分と呼ばれている.」・・これまでの復習です。
ここで、1年=365日ではなく、真の1年=1太陽年≒365.2422日=365日+6時間弱なのである.
つまり、1年は365日より6時間弱長いということなんですね。
「この,6時間弱という端数のために秋分点通過時刻は年々遅くなっていく(図2).

といっても,4年経つとその累計はほぼ1日になるから,4年おきに1日増やす,つまり閏年を作ることで
だいたい元の状態に戻すことができる.
このように,季節と日付が大きくずれていかないようにすることが閏年を設ける理由であり,
このような暦をユリウス暦1という.ユリウス暦の1年の長さは平均365.25日になる.」

「このとき日付がどうなるか,少し具体的な時刻を使って考えてみよう.はじめに秋分点を通過する
時刻が10時だとすると(表1の例1),通過時刻が遅くなる過程で秋分の日の日付も変わることがわかる.

だが,2時だとすると(例2),日付は変わらない.
秋分の日はこれまで長い間,例2のような状態にあったわけである.」
ところで、1年の端数の4倍は、0.2422 × 4 = 0.9688 だから,4年たつとほぼ1日増えてしまうので、
通過点に合わせるため1日引き算して調節する。しかし、1日を引いてしまうと
1 - 0.9688 = 0.0312日 ≒ 45分だけ補正(引き)しすぎることになる。
このため,4年後の通過時刻は逆に約45分ずつ早くなっていく。
平成24年の秋分の日が22日のように早くなるのもこれがその原因である.
過剰な補正量は400年で3日に達するから,その分だけ閏年を減らすほうが長期的なずれは少なくて済む.
そこまで考慮して定められた暦が現在も使われているグレゴリオ暦であり,この場合の1年の長さは平均365.2425日となる.

余談ですが、ネット“こよみのページ”から以下を参考にしました。
春分の日や秋分の日は、お彼岸、秋彼岸といってお墓参りに行く習慣がありますが、
これとの関連はどのように考えられているか・・?
仏教で、涅槃の世界を、「西方浄土」と呼ぶことがあるとおり、阿弥陀仏の極楽浄土は「西」にある
とされていることに由来しています。太陽が真西に沈む春分の日、秋分の日は夕日が極楽浄土への
道しるべとなると考えられたのだという。
この日、沈む太陽が示す極楽浄土への道を「白道(びゃくどう)」といい、仏の示してくれた
この白道を信じて進めば必ず極楽浄土に至ると言う信仰が生まれたという。
余談を更に続けると・・、
お彼岸に必ず出てくる「ぼた餅とおはぎ」・・甘いものに目がない小生には、どちらも 大好物ですが、どう違うのか?
ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「御萩」。牡丹の花は春に咲きますので、春は牡丹餅といい、
萩の花の咲く秋は御萩餅(あるいは、萩の餅)と言うそうです。
さらに、ぼた餅はこし餡で、おはぎは粒餡で作るのだそうです。
粒餡かこし餡かについては、秋の小豆は収穫したてで皮が柔らかいので皮ごと粒餡とし、
収穫から日が経って皮が固くなる春には、皮を取り去ってこし餡としたとも言われます。
あぁ、そうなんだ・・・!
澄み切ったフォレスタで・・・
http://www.sydneyobservatory.com.au/2012/spring-equinox-2012-and-the-basics-of-the-seasons/