庄司利音の本棚

庄司利音の作品集
Shoji Rion 詩と物語とイラストと、そして朗読

「蜘蛛とわたし」その4

2015-04-29 14:26:37 | 短編や物語
「蜘蛛とわたし」は、その1から、その4まである短編です。
初めてのかたは、その1からお読みください。



「蜘蛛とわたし」 その4  完結編 

・・・本文・・・



彼は、ドアノブの少し下、ドアの角っこ、出口ぎりぎりのことろまで行くと、そこで止まった。

なるほど、これならドアは ほんの少し開ければよい。

ほんの5センチ、いや、彼が出られるぎりぎりを開ければよいのだ。

ドアの側面にいる彼の姿は、新しく付けた斬新なデザインのドアノブのように見える。

さて、しかし、彼の位置は、

ドアノブ、つまり、元々からあるドアノブに近づく結果となった。

そのノブは、彼がこの家から出て行くには、どうしたって、私が掴まなくちゃならないドアノブなのだ。

あとは私の度胸次第というわけだ。

やろうと思えば、彼は、ノブにかけた私の手の甲に這い上がって、タップダンスを楽しむこともできる。

う~ん、

ここで引くか?

ありえない!

「じゃ、やってみましょうか。あなたを信じるほか、ないものね。」

斬新なほうのドアノブは、「俺を信じろ。しっかりやれ」とは言わなかったが、とりあえずじっと動かない。

「信じるわ、私、あなたのこと、信じるわ。でも・・・」

でも・・・何?

なんで、「でも」?

この言葉の先に続く私の感情は、なんとも説明しがたい。

私はこのとき初めて、このドアを開けたら、彼とはもう、これきりなんだ、ということに気付いたのだ。

「これきり」という表現は、二度と再び彼に会うことが無いであろうという、信じがたいが、その、言ってしまえば、

「さびしい」という気持ち以外の何ものでもない感情なのだ。


私の脳裏には、銀色の星雲のように輝く彼が紡いだ巣が浮かんだ。

彼が紡ぎあげた彼の家は、私の家の一部となって、今もどこかのお暗がりで輝いている。

生まれ育った故郷を、彼は今、追われようとしているのだ。

そうしているのは、この私である。

ヘンネェ、こんなことってあるのねぇ。

私は、改めて自分が話しかけている相手を見た。

相手に特別な感情をもつには、時間の長さは関係ないようだ。

「ねぇ、なぜ、今日に限って、あんなところにいたの? 

どうして私にみつかっちゃったの?」

もちろん、彼は何も言わない。

何も言わなかったけれど、ダスティン・ホフマンが肩をすくめてちょっと笑ったような、

そんな暖かい感じが彼から伝わってきた。

もしや、彼は私に見つかっても良いと思っていたのではないか?

長年の同居人である私を、私のほうは知らなくても、彼のほうはよく知っていたはずだ。

人間の私を、彼は興味をもって観察していたのかもしれない。

天井裏の隙間から、映画を観るみたいに?

あ! 去年のセーター!

秋に編み始めて、未だ、裾から10センチ以上、編み進まない、その存在すら抹殺しようとしているあのセーター!

きみはそのことも・・・まぁ、いいや。


私は猫のキナコとよく話をする。

料理をしながら、掃除機をかけながら、お風呂に入りながら。

もちろん、一方的に話すのだけれど、なぜか、ちゃんと会話は成り立っている。

私にとって楽しい会話だ。

あなたも、私と話をしたかったの・・・?

んな、ありえない。

私は、あらためて、自分が話しかけている相手を見た。

そこには、言葉を話さぬ静かな生命がいた。

私にとって、すでに巨大な蜘蛛という以外の、他のなにかになりつつある彼だった。

彼と出会ったのはついさっきなのに、この親しみはなんだろう。

彼のほうも私を見ているらしい。

心が通じ合ってここまで来た二人である。

なんとなく、胸の奥にクンとくるものがあった。

「私があなたを追い出しちゃうのよね。今日、もし、出くわしていなければ・・・・。」

あぁ、感傷的になってもしょうがない。

「明日、あなたはどこにいるのかしら?」

蜘蛛は何も言わない。

何も言わないけれど、私は彼に、こくりと頷いた。

「・・・じゃ、やっぱりここでさよならね。ありがとう。ここまで協力してくれて。

私ね、80歳のおばあちゃんになっても、今日のこと、あなたのこと、憶えていると思うわ。

自慢しちゃうわぁ。

約束、守るわね。蜘蛛はぜったい殺さない。守るわね。」



私はサンダルをつっかけて、タタキへ下りると、パントマイムのマルセル・マルソーとまではいかないけれど、

ゆっくりとドアへ、彼に近寄った。

彼は暫く脚をもぞもぞやって、それからドアの開け口のほうへ向き直り、体制を整えた。

私はそっと右手をノブにかけた。

10センチも離れていない。でも怖くなかった。

一呼吸おいて、それから、しっかり力を込めて握った

彼が今ここにいて、生きているって感じが、すうっと私の体にしみ込んできた。

数秒の静寂のあと、急に彼は身体をキュッと小さく丸めた。なんだか、痛そうなくらい。

合図だ。今なのだ!

私はノブを回した。

ほんの3センチも開けないうちに、彼の大きな黒い身体は、その隙間から、液体のように外へ吸い込まれて行ってしまった。

あっという間の結末だった。

10秒ほど、私はそのままドアを開けていた。

彼を、はさんでしまってはいけないからだ。


もう、だいじょうぶかな・・・・

そうして私はドアを閉めた。

カチャっというドアの閉まる音の他、何も聞こえない一瞬だった。

通りには誰も歩いていなかった。

「・・・ありがと」

私は彼が出て行ったドアに持たれてしばらくボーっと立っていた。

ドアの横にある小窓からは西日が射して、たった今まで彼と二人で歩いてきた廊下を朱色に染めていた。

彼のいなくなったこのこの家が、古ぼけた写真のように止まっていた。

うまく説明できないのだが、説明のつかない感情というものは、誰にもあるだろう。

箱の中のマッチを一本取り出してシュッとこすって両手で火を囲むような、

そして、しゅうぅっと消えて、細く長い煙が鼻先を漂うような、

それはほんとに一瞬だけど、それでも、とても大事な一瞬の感情だ。

私は今、そんな大事な一瞬の感情をしっかりと感じていた。

去っていった彼には、いったい、これからどんなことが起こるのだろう。

彼の黒い優雅なそして力強い後姿が思い出された。

この家を出た彼のその後が、けっこう良いものになるような、そんな予感がした。

もっとおもしろい人間の映画、どこかのお家でやってるかしら。

自転車のベルがチリチリ鳴っている。

私はハッといつもの日常の中にいる自分に戻った。

全身汗だくだ。

もう一度、シャワーを浴びなくちゃ。

今まで、どこに隠れていたのか、キナコが何もなかったかのように、「あーよん」と甘えた声を出しながら私の脚にまとわり付いてきた。

「ほれ、あんたもシャワーをあびるかぁー!」

私はキナコに襲いかかった。



作:庄司利音

「蜘蛛とわたし」 その3

2015-04-24 13:22:15 | 短編や物語
「蜘蛛とわたし」は、その1、その2、その3、その4で完結する短編です。
はじめてのかたは、その1からお読みください。


「蜘蛛とわたし」その3 つづき 

・・・本文・・・

さて、事の成り行きというものは、なってみないとわからないものである。

奇跡は存在した!

蜘蛛が、なんと、くるりと向きを変え、開いたドアから廊下へ進み出たではないか!

「ありがとう!あ~りがとーっ! 」

これは蜘蛛に言った「ありがとう。」

で、心のなかではもう一人に感謝。あぁ、徹子様、あなたはすごい!

さてさて、そうして彼は、つまり、蜘蛛さまは、廊下の中央に出たところで立ち止まり、どちらへ行ったらよいのかわからないのだが、というように私のほうを振り向いた。

「右よ、そっち、そっち。そっち行って」

私からみて右の方角に我が家の玄関があって、私はその玄関へ蜘蛛さまを誘導することとした。

今や、蜘蛛には、私の言葉は「なんだって通じるわぁ」と思っている、わたしである。

疑うことを知らないという純真な心は、ときに、大きな強みとなる。

どっかの格言に割り込ませたいね。

さて、彼のオールのような脚たちは、無駄のない、しなやかな動きで彼自身の黒い身体を移動させていく。

私は、彼の後ろ・・・正直言って、どっちが前だか後ろだかわからなかったけど、ま、彼から50センチほど間隔を置いて付いていくこととした。

いいわぁ、いいかんじ。

あ、さっき、飼い主を見捨てたキナコはどこにいるんだろう・・・

今、この瞬間、彼が彼を、つまり、キナコが蜘蛛を襲ったら、せっかくここまで築き上げた彼との関係が元も子もなくなってしまう。

今や、蜘蛛とわたしの関係は、さっきまでの私たちとは違っているのだ。

蜘蛛の糸で繋がっているようなものだ。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」では切れてしまったが、私はカンダタになるわけにはゆかぬ。

どうやら、キナコはよほどの安全圏まで逃げたらしい。今のところ、キナコの気配は感じられない。

「はい、そうです。そのま~んま進んで。ありがとー。あーりがとーっ」

人間より多目の脚をリズミカルに動かしながら、我が家の廊下を移動する彼の様は、威厳を感じさせ、かつ、優雅ですらあった。

さて、そろそろサロンのドアに突き当たる。たいして長い廊下ではないのに、なんだか、望遠鏡を逆さまに見たようにに遠く感じる。

さて、彼は、その突き当たりちょっと手前で、私のほうを再び振り向いた。

緩んできたバスタオルの端を脇に突っ込み直しながら、へっぴり腰で彼のあとを付いていく頼りないナビゲーターを、彼は待っていてくれる。

「あ、そこを再び右でございます」

「あ、その先が、我が家の玄関」

彼はゆるくカーブを切って迷うことなく私の希望する方向へ脚を進め、そして奇跡的に玄関の踊り場へあと一歩というところへ到達した。

すごい! 拍手!

やはり、蜘蛛には私の言うことが通じていた!というのは、もはや、疑う余地はない。

そろそろ、ここまで読み進めてくださったあなたも、そんな気持ちになってくれているのではあるまいか? ん?


さて、我が家の玄関は、20センチほど下がってタタキになっている。

あっ!

玄関には、下駄箱がある!

作り付けになっていて、その下の隙間なんかに彼が入りこんでしまったら、それこそ、あとはどこへなりとも、彼の行方は知れなくなる、ということに今、気付いた私・・・。

あぁ、政治家の献金なんかと同じ類で、質がわるい。

彼はといえば、タタキに下りる手前の角っこで、じっと動かない。

何を考えているのだろう。

逃げようと思えば、今は彼にとって絶好のチャンスである。彼としては、「アッシは、ここらで失礼いたしやす」なんて言ってそれこそクモ隠れできるのだ。

そうは言っても、ここまでの道程を二人で進んできた理由をしっかりと思い起こせば、彼は下へ下りて玄関ドアのほうへ進むのが、私との信頼関係に対して誠実と言える。

信頼関係?そんなもの、いつできたのかしらん?

ま、そういうもんは知らないうちに出来ているもんなんだろう。そう、信頼関係は出来ている。ような気がしている。

彼は蜘蛛としては、なかなか出来たほうの蜘蛛じゃぁないのか。

この蜘蛛が人間に変身したら、あの「風と共に去りぬ」のクラーク・ゲーブルのような風貌になるんじゃぁないか。

あのバトラーみたいに、悪ぶってはいるが、いざとなれば頼れる、それでいて一途に一人の女性を愛する・・・、おお!なかなか良い奴だ! うん、そうだ!

・・・はぁ?

私がこんなことを考えている間に、気がつくと、蜘蛛はタタキへ下りていた。あらら、すみません。

アポロが月面に着陸したときを思い出した。彼はやるべきことをやったのだ。

ここからは、以外に事は簡単に運ぶように思われた。

というのも、彼は玄関のドアのほんの手前、ぎりぎりまで進んでくれたのだ。

「ほいじゃぁごめんよ」と、

あ、そうじゃないな、

「お嬢さん、ごきげんよう。しばしの別れだ」とシルクハットをちょいと頭の上で浮かせてお辞儀をし、かろやかに出て行きそうな、猫紳士のバロンみたいな、あぁ、素敵!


しかし、ここで大きな問題が起こった。

そもそも私がこんな時間にシャワーを浴びていたのは、今の季節が夏だからで、これは随分説明が遅れて恐縮するばかりだが、こんな時間という今の時刻は、まだ午後の5時そこそこなんだな。

夏の日は長い。外は明るい。我が家の玄関は、人通りの多い通りに面している。

考えてもらいたい。ドアひとつ隔てて、そこには日常の生活が進行中なのだ。

誰も、蜘蛛とお話なんかはしていない。

そして、私はバスタオル一枚巻いただけである。

ドアを開けるには、かなりのグッドなタイミングが要求される。

言い換えれば、運を天に任せる、大きな大きな開き直りが必要だ。

しかし、百歩譲って、私にその大きな開き直り精神があったとして、どうやって、ドアのノブに手を近づけるのだ?

どうやったって、彼と私はかなりの接近を試みなければならない。

ドアの手前には彼がいる。

バスタオルから出ている私の二本の脚は、もちろん裸足で、ゴム長なんて履いていない。

だから、互いの皮膚にお互いの息遣いが感じられるほどの距離を覚悟しなくてはならない。

「エイリアン」という映画を見たことがあったけど、あのなかでは、かなりの豪傑な女性の主人公が頑張っていたっけ。

「・・・シガニー・ウィーバーだっけ?」

映画の女優の名前が浮かんできた。

こんなときに、私は変に記憶力が良い。

「私、パンツも履いてないわけねぇ。あぁ、でもドアは開けなくちゃあなたは出ていかれないし。」

彼がサンダル履きの私の裸足の足に乗って、ぞわぞわ太もものあたりまで這い上がる映像が浮かんだ。  

妙にリアル。

シガニー・ウィーバーの、左右に素早く動くあの眼球をちょっと真似してみる。

緊迫感、MAXってかんじね。

口の中がカラカラしてきた。私、無言。

どうやら、徹子さまも去ったらしい。

私は蜘蛛さまを見た。

「なにか良いお考えはございますか?」

二人そろってシンキングタイムである。

外では自転車が走っていく音やら、近所のおばさんたちがおしゃべりしながら歩いていく声がしている。

人通りの多い時間なんだな。

と、突然、蜘蛛は意を決したようにドアの側面を這い上がった。

え?ど、どうするの?



「蜘蛛とわたし」その4へ続きます



短編 「蜘蛛とわたし」 その2

2015-04-20 20:11:29 | 短編や物語
「蜘蛛と私」は、その1、その2、その3、その4で完結する短編です。
これは、その2です。初めてのかたは、その1から順番にお読みください。 

「蜘蛛とわたし」つづき その2

・・・本文・・・


黒柳徹子さんというのは、あの「玉葱頭」の、あのユニセフの、あの「徹子の部屋」の徹子さんである。

「動物っていうのはね、人間の言葉がわかるんですのよ。わたくしね、そう思っておりますのよ」

黒柳徹子さんがほんとにそんなことを言ったかどうかは、この際、それは問題にしないでもらいたい。

とにかく、私の頭の中に浮かんでくださった徹子さまは、そうおっしゃった。

私がさっきキナコに言ったあの悪魔の囁きを、蜘蛛が聞いていた! かもかも?

とにかく、徹子さまがおっしゃるように、もし、蜘蛛が私の言葉をわかったならば

そうだとするならば、蜘蛛は私をどうする気だろう?

私がターゲットだとするならば・・・

あと数センチでも蜘蛛が私に近づけば、私の精神の均衡は失われるに違いない。

いや、すでにそうなのかもしれない。

さっきの徹子さまの声は、神のお告げのように、私の頭の中で何度も繰り返されている。

そうだ!

私の言っていることがわかるなら・・・・

そうだ、そうだ、そうなのだ!

素直で純真な女の子?に育ててくれた両親に、私は、このとき心から感謝した!

つまり、何がそんなにそうなのかと言えば、私は奴に、いや、蜘蛛さんに話しかけることにしたのだ。

笑わないでもらいたい。私にとって、唯一の選択だったのだ。私は、真剣だったのだ!

私は覚悟を決めた。

めちゃくちゃどうしようもない、映画の「ダイハード」だって、とどのつまりは、なんとかなってる。

あ、だいぶ古い・・・。

が、この際、明るい未来を夢見よう。

まずは・・・蜘蛛さんに、こちらの善人たるところを理解してもらわなくてはならない。

さっき言った失言で生じた誤解を、解かなくてはならない。

そうなのだ。私は、それほどの悪人ではないのだ! 私は善人だ!

あら、どこか遠くで「えっ、うっそぉ!」なんて高い声が聞こえてきたような気がしたが、ヘン! 知るもんか!

「あ、あのね、わたし、根は悪い人間じゃないんですよ。さっきは確かにキナコに失礼なことさせてしまったけれど、ほら、あなたがあんまり大きいから、私、あせっちゃったの。」

人間土壇場になると、結構、やれるもんだ。私は徹子さまが乗り移ったかのようにしゃべり続けた。

「今までだって、むやみに生き物を殺したりしたことはなかったのよ。

あなたより小さな蜘蛛は、ティッシュ、やわらかいほうのティッシュね、

それに包んで外にそっと出したりして。

あの子は、もしかして、あなたのお子様だったのかしら? 

今頃、新しいお家でお元気にお育ちと思いますわ。

わたし、自分で言うのもなんですけれど、けっこう、やさしいのよ。

アリンコだって、踏みそうになって、ギリギリ気がついて、ぐっと踏ん張って、ちゃんとよけたこともあったわ。

腰ひねって、あとで筋肉痛になったけど、アリンコの命のためですもの。」

ん?あったかな? そんなこと?

ま、ちょっとの脚色は許してもらおう。

「あの、提案なんですけど、私としては・・・希望としては・・・ここから、っていうか、私の家から

あなたに出て行っていただきたいわけで・・・。

も、もちろん、今まで私とあなたの間になんのトラブルもなかったことは、承知しております。

そりゃもう、あなたが、紳士だったからだわ」

私は勝手に蜘蛛のことをオスと決めている。

女の武器を有効に使うためには、この際、蜘蛛さんには男であってもらおう。

アハ?

あたしの女の武器ってどれ?

どれだ?

この問いに関する思考は、銀河の果てまで行って、収穫ゼロで、一瞬にして地球に帰還した。

気を取り直そう。

「あのね、今日ね、こうしてね、互いに顔を合わせてしまって、今、この状況下なわけでね・・・今までのようには行かなくなったってことは、わかるわよね? あ、わかる? 

わかってくれる? そうなのね、知らなきゃ済むことも、知ったあとは、そうはいかないわよね。

あなたが気持ち悪いとか言っているんじゃないのよ。」

と言いつつ、そう言ってる私の口は、気持ち悪そうに歪んでるだろうけど。

「なんて言ったらいいのかしら・・・そうね、人にはそれぞれ生き方というのがあって」

あぁ、蜘蛛は人間じゃぁない・・・

「この家を気に入っていただけてそりゃ、うれしい気持ちも、多少なりともないわけじゃないけど。

良い家でしょ。

建て増し建て増しだけど、私も愛着あるわ。

でも、たとえ今日、あなたとの出会いを、私の記憶から抹殺したとしても、

次回の出会いは、あり得ないの。無理なのよ。

いや、ごめん、この際、はっきり言うわ!

私の人生にあなたとの同居は考えられないんです!」

どこかのメロドラマのせりふみたいだ。

でも・・・

ん?どうだ? どんなかんじだ? 

不思議なことに、蜘蛛はまるで私の話に耳を傾けているようにピクリとも動かないのだ。

これはひょっとしてひょっとするかもしれない。

よ~しっ、もう一押し

「お願い、私はこれから先、けっして蜘蛛は殺さないわ。どんな蜘蛛に出会っても、あなたのこと思い出すわ。

だから、お願い! 出て行ってぇ~」

おぉ!私の瞳には、今、少女マンガのキラキラがいっぱいなはずだ。

過去、いかなる状況に陥ろうとも、窮地に陥れば陥るほどに、毅然と立ち向かうこの血筋、母方だ! 

この母方譲りの眼力の効果は、はたして?




作:庄司利音  「蜘蛛とわたし」その3へ続きます。




短編 「蜘蛛とわたし」 その1

2015-04-19 15:26:44 | 短編や物語
「蜘蛛とわたし」は、その1、その2、その3、その4で完結しています。




「蜘蛛とわたし」 その1


・・・本文・・・・



シャワーを浴びてドアを開けると、猫のキナコがこちらに背を向けて天井を見上げていた。

毛色があべかわ餅の黄な粉にそっくりな、美味しそうな色だったので付けた名前だ。

このところ、キナコが見つけるものは、だんご虫か、小さな蜘蛛である。

そんなとき、私は、たいていティッシュにそっとくるんで外へ出す。生き物をむやみに殺すのは、なるべく避けたいのだ。

天井を見上げているキナコを見たとき、私はすぐに「蜘蛛だな」と思った。

なぜなら、天井を逆さまに這うだんご虫など、お目にかかったことはないからだ。

天井じゃぁ、しかたないなぁ・・・見なかったことにしよっと。

いつもの「ま、いっか」という私なりのポジティブシンキングで、この件については確認作業無しに通過しようと思いつつも、なんとなく自然の摂理ともいうべき成り行きか、私は、ゆっくりと顔を上げてしまった。

予想通り、そこには蜘蛛がいた。

が、しかし、そこにいた蜘蛛は、いつもの蜘蛛とは少々違っていたのである。

いや、実のことろ、私はそれを見るや、空気の漏れるような、なんとも情けない悲鳴を上げてしまった。

というのも、その天井にいらした蜘蛛というのが、並みの大きさではなかったからである。

具体的にご説明するが、胴体は和菓子のきんつばほどの存在感があり、手、いや、脚なるものは、一つ一つのパーツが僅かに動くだけでギリギリ音を立てているのが聞こえてきそうなほどの大迫力なのだ。

あら、やだ、これは見なかったことにはできないわぁぁぁ

私のポジティブシンキングは、木っ端微塵に消し飛んだ。

なんとしても、蜘蛛様に出て行っていただかなくてはならない。

ん?  蜘蛛に「様?」

この時点で、すでに腰が引けている。

まぁ、様でもなんでも、とにかく出て行ってもらおう。

しかし、どうやって?

いつものように、ティッシュでくるむなどというわけにはいかぬ。

あいつが、ティッシュ一枚隔てた私の手の中で蠢くことを考えただけでも、鳥肌が立ってきた。

猫のキナコは相変わらず蜘蛛を見上げている。

とにかく冷静に対処しなければならない。

そうなのだ。私は始めて自分が裸であることに気付いた。

この蜘蛛が雄なのかどうかはわからないが、一応、何かを羽織らねば、と私は思った。

1メートルほど先のワゴンの中にバスタオルがある。手を伸ばそうと思ったが、悪いことに、そこは蜘蛛の真下だった。

「ちょっと、キナちゃん、見張っててよ。落ちてきそうだったらすぐ知らせるのよ」

私はキナコに運命を託し、タオルに手を伸ばした。その時だ。

「ウーッ」

キナコが喉を鳴らした。警戒の合図である。

私の手は、目にもとまらぬ速さでタオルを取った。我ながら素早い身のこなしだ。

ほっとしたのも束の間、見上げると蜘蛛がいない。

いない?

あらぁ・・・・っととと、えっ、どこどこよ? ひょえっ?

なんと蜘蛛は私の頭上にいるではないか!

ぐわぁっ!

この「ぐわぁっ」は、つまりムンクの「叫び」にも値する「ぐわぁっ」である。

このとき、もしも、蜘蛛が私の口めがけてダイビングを試みていたならば、その命中率は、限りなく100パーセントに近かったであろう。

私は歪んで開いた自分の口を、あわててタオルで覆った。

奴のほうが上手なのは確かなようだ。

私はとにかくタオルを体に巻きつけ、キナコのほうへ一歩寄った。この際、頼りになるのは、彼だけである。

蜘蛛の真下からは、なんとか一歩逃れた私は、しかし、それ以上、どうにもできない。

私のいる洗面所から廊下へ出るドアは半開きになっていて、蜘蛛がいる天井の位置は、そのドア寄りの絶妙な座標をピンポイントでおさえている。

この狭い洗面所の空間に、生まれも育ちも違う三つの心臓が、それぞれの位置でバクバクやっているのだ。

「どうしよう? ねぇ、キナちゃん、ジャンプしてみたらどうかしらねぇ。キナちゃんなら、やってやれないこともなさそうよ。ぴょいっっと跳んで、パチンとやって、この際、ガブリッとやっても、あとで責めたりしないわぁ」

いざとなると人間は、けっこう自分勝手だ。

むやみに生き物は殺さないわ。一寸の虫にも五分の魂。おばあちゃんの教えだわ。って言ってたのはダレダ?

日頃のテレビのニュースを観て、「・・・・ったく、だから政治家って信用できないわっ」な~んて言ってた自分をすっかり忘れている。

さて、猫をおだててはみたものの、なんの解決にもならないことは明らかで、私は仕方なく再び天井を見上げてみた。

あぁ、やっぱりいるのね。。。いるのよねぇ。

あんなに重そうなものが、どうして天井にくっついていられるんだろう・・・

そ、その瞬間である。なんと、キナコが果敢にも蜘蛛めがけてジャンプしたのだ。

安倍川餅がびろろろろ~んと伸びて、キナコは、彼の現時点での最高点までジャンプした。

短い前足はスーパーマンのように伸ばしてカッコ良い! 

右前足をほぼ垂直にターゲット方向へ伸ばし、左前足をちょっとずらして、肉球グーだ。  

ウルトラマン姿勢ともいえるな。絵が浮かんだかな?

さて、しかしながら、なんといっても相手は天井に張り付いているのだ。キナコがいくら猫とはいえ、届くはずはない。

どちらの前足も、空を切って、あえなくキナコは、床にどてっと着地した。

「えらいわぁ、キナちゃん、私のために・・・」

キナコに感謝の言葉を述べようとしたが、そんな時間はなかった。

キナコの攻撃に腹を立てたのか、蜘蛛が行動に出のだ。

稲妻のように黒い影が走った! 

瞬き一回して再び目を開けた時、私は、奴を、私と同じ標高に発見することとなった。

蜘蛛は床に下りて来てしまったのだ!

なんという素早さか!こいつワープでも出来るんだろうか?

やぶ蛇とは、まさにこのことだ。

私の頭の中で、ベートーベンの運命、ジャジャジャジャ~ンってのが聞こえた。

しかしながら、それにも増してショックだったのは、このとき、今の今まで彼こそは、と思って頼りにしていたキナコが、私を見捨てて、ダダダダダッと走り去ったことである。

その敏速であったこと・・・

廊下へ出て逃げ去る彼は、たぶん、自己最高記録を更新したに違いない。

速いのね・・・いつもは寝てばかりいるのに・・・・。

他人を信用するなかれ。飼い猫を頼りにするなかれ。

この裏切り忘れまじ!おのれキナコめぇ、待てぇえ!

っと、里見八犬伝のたまずさが怨霊のごとく見得を切って追いかけたいのは山々なれど、

蜘蛛をまたいで行くことはできない。キナコを責めるのは後回しだ。

私にはたった今の自分の置かれている状況を冷静、沈着に解析することが急務なのだ。

蜘蛛はキナコが出て行った戸口のところに立ちはだかっている。

「急ぐ」とか、「テキパキ」とかいった言葉は、私の辞書には無いはずであったが、この際、入力しなおさなければなるまい。

私に、逃げ道は無いのだ!

絶対絶命、大ピンチ。

蜘蛛は私のほうを向いている・・・らしい。

天井の上にいたときよりも、その存在感は倍増していて、床から盛り上がった毒キノコのように不気味だ。

毒? ・・・・考えるのはやめよう。

それにしても、なんでこうなるのだ?

私が攻撃したわけではない。攻撃したのはキナコなのだ。

どうしてキナコを追いかけないのだ?

確かに私がそそのかした、と言われればそうだけど。

まるで私がキナコに言ったことを聞いて理解したとでも言うみたいじゃぁないのん? !!!!!!

まさか、まさかねぇ。

しかし、私の目の前、ほんの一歩のところに鎮座する蜘蛛様は「その通りだぜ、パチンとやってガブッだとぉお!言ってくれたじゃねぇか、おねえさん」

と言わんばかりに私をにらみ付けているではないか!

おいおい、

「おねえさん」じゃなくて「オバサン」でしょう、というご指摘もあろうが、ちょっとそのボーダーラインの件は、脇に置かせてもらう。

さて、このとき、私の頭の中に、パッパッパッと

なんと黒柳徹子さんの顔が浮かんだ。



「蜘蛛とわたし」その2へ続きます


朗読ライブ「大丈夫だよ」

2015-04-15 16:04:00 | YouTube朗読ライブ
「大丈夫だよ」という言葉には、

たとえ、この言葉に確かな拠り所がなくても

なぜか、心を落ち着かせる音の響きを感じます。

誰かに「大丈夫だよ」と声をかけられるとき

自分が誰かにそう声をかけてあげるとき

心の安らぎを感じながらこの朗読を聴いていただけると嬉しいです。

画像をクリックするとYouTubeの動画再生になります。









「大丈夫だよ」作詩:庄司利音


だいじょうぶ・・・
大丈夫だよ、
きみは・・・大丈夫
もう ぼくは、きみと一緒に行かれないけど、
きみは・・・大丈夫だよ
大丈夫
きみは、だいじょうぶ

弱いときもあったしね、
強すぎることもあったけど、
無駄なことなど、一つも無かった
すべてがきみをつくってきたんだ
きみがきみをつくってきたんだ
弱いことが間違っていたわけじゃない
強いことが一番正しいわけじゃない
きみがわかっていることは
きみがきみをつくっていくという事実

だいじょうぶ・・・
大丈夫だよ、だいじょうぶ
きみは・・・大丈夫。
もう ぼくは、きみと一緒に行かれないけれど
きみは・・・大丈夫だよ
大丈夫
きみは・・・だいじょうぶ

一人きりじゃないんだよ
君の周りにはね、
一人きりがいっぱいなんだ
一人きりが、いっぱい、いっぱいなのだから
だから、一人きりじゃないんだよ
きみは、一人きりじゃないんだよ
もう ぼくは、きみと一緒に行かれないけど
きみは大丈夫
きみはきっと大丈夫だよ
バイバイ
きみが信じていくものは
きみの中にずっとある
無くならないよ、信じるんだ
バイバイ
大丈夫だよ
きみは、きっと、大丈夫

朗読ライブ「ほったらかし」

2015-04-15 16:00:52 | YouTube朗読ライブ
今回は、「ほったらかし」という詩の朗読です。

もうぜんぶ、やんなちゃった、いろんな「ねばならない」ことから解放されたい

どんな真面目なかたでも、一度くらいはそんなふうに思ったことがあるのではないでしょうか?

私はときどきあります。

そんな気持ちを素直に言っちゃったら、気持ちいいかもと思います。

この詩は、そんな詩です。

画像をクリックするとYouTubeの、動画再生になります。






「ほったらかし」


さて、ぼくは

なにもかも ほったらかすことにしました

そういうことなので、

やらなきゃいけなかったことや

やるはめになったことや

やりたくなくて やらなかったことや

やりたくても やれなかったことや

どれがどれで なにがどれでも

ぼくはぜんぶ 、ほったらかします

おなかのなか ぜんぶが

げらげら わらってしまいそうです

さんまんこうねんさきの ぎんがまで

でんぐりがえしで いけそうです

作詩:庄司利音



朗読ライブ 「オカリナ吹いて」

2015-04-07 15:19:34 | YouTube朗読ライブ
詩画集「月歩き」のなかにある「オカリナ吹いて」という詩の朗読です。

片方の肺に、オカリナを埋め込まれてしまった人の、ちょっと面白い、それでいて元気の出る詩です。

イラストは、色鉛筆画です。

イラストをクリックすると、YouTube動画再生になります。







「オカリナ吹いて」   作詩:庄司利音


息を殺して うずくまり

石の下に隠れつづけていたのに めっかって

いとも簡単に裏返しにされた草履虫でもあるまいに

あがいて、もがいた 私の胸が

スイカのように ざっくり 腑分けされて

一滴の血も出ない

医者は 黒焦げの私の片肺をえぐり取り

代りに オカリナを 埋め込んだ

やぶ医者なのか、

名医なのだか・・・

以来、私の居場所は 筒抜けで

咳も くしゃみも ポッポポポーッ

文句も 愚痴も ポッポポポーッ

人生 おおかた半分過ぎてみて

これから先は ポッポポポーッ

振り向きゃ、ピエロがついてくる

ラッパを吹いた猫も来る

騒々しい道連れに 私の居場所は 筒抜けだ

この先 どこにも隠れるわけにはいかなくなった

くねくね曲がった行き先を

先の見えない行き先を

行くぞ、行くぞと、ポッポポポーッ

私は ここに生きている

そうだ

私は ここに 生きている!

朗読ライブ 「半分ねこ」

2015-04-07 14:51:32 | YouTube朗読ライブ
詩「半分ねこ」の朗読です。


イラストは、私が描いた色鉛筆画です。

画像をクリックすると、YouTube動画再生になります。







「半分ねこ」   作詩 庄司利音


半分 ねこに 生まれた私は

人間(ひと)の言葉が 半分ぽっちり わからない

半分 ねこに 生まれた私は

まっくら闇を 半分こっきり 見てしまう

爪はしまっておけばいい

耳は伏せておけばいい

なんとはなしに あくびして

時たま 牙を見せびらかして

足音立てずに 生きればいい

けれど

半分 ねこの 残りのほうは

半分 いったい、誰でしょう・・・

半分 いない

半分 いない

半分 いないよ

片足、片目

私は いないよ

私は ぷっつり

どこにもいないよ

朗読ライブ  「さくら」

2015-04-05 21:05:28 | YouTube朗読ライブ
YouTubeに「さくら」という詩の朗読をアップしました。

ギター演奏は、羽田圭介(はだ けいすけ)さんです。

弾いている曲も、羽田さんの作曲です。

YouTubeの動画がご覧いただけます。







「さくら」 作詩:庄司利音



春が来たら もう一度来ようと 約束したね

でも、ぼくらが この桜の道を一緒に歩くことは

もう ないんだね


いつか、ぼくがこの世界で ぼくが最後の呼吸をするとき

そのとき ぼくは 君のことを思い出すよ

君の笑顔を 思い出すよ

優しい君の 笑顔を きっと 思い出すよ


君の笑顔が好きだった・・・

笑い声が好きだった・・・


人混みの中に 何度も君を探すけれど

きみは やっぱり どこにもいない

きみは ほんとに 遠くに行ってしまったんだね


花が咲いた桜の道を

君と二人で歩く日は 来なかったけれど

君に会えて ぼくの心に はじめて桜の花が咲いから

散らない桜が咲いたから・・・


いつか、ぼくがこの世界で ぼくが最後の呼吸をするとき

そのとき ぼくは、君のことを思い出すよ

君の笑顔を 思い出すよ

優しい君の 笑顔を

きっと 思い出すよ

散らない桜が 咲いたから


初めまして。りおんです

2015-04-05 20:53:49 | 初めまして
初めまして。

庄司利音(しょうじ りおん)です。


これから、自分の書いた詩やイラスト、朗読ライブ動画などを

このブログに載せていきたいと思っています。


今まで、いくつかの朗読ライブを行ってきました。

羽田圭介(はだ けいすけ)さんが作曲・演奏するギターの音にあわせ、詩を朗読します。

最近、YouTubeに動画をアップしました。

動画のなかには、私が描いたイラストや、飼っている猫なども登場します。

イラストは、ほとんど、色鉛筆画です。

猫は現在、3匹います。



頭の中に洗面器があって、少しずつ水が溜まってきます。

ときどき、頭をかしげて、水をこぼすように

そんなふうに、詩を書いています。


耳元で誰かの声がします。

子供の声だったり、大人だったり、強い抑揚があったり、

ある時には、ひとりごとのようにも。

そのときどきで、その聞こえ方は違います。

そして、聞こえてきたその声のとおりに、朗読をしています。


ときどき、これはほんとに私が書いた詩なのだろうか、と首をかしげ

そして、また、洗面器の水をこばしています。


こぼれていく水は、透明のようで


色があるようにも見え


すくい上げてみても

もう、手のひらにはなくなっていたりします。


こぼれていく水の、その流れ着く行き先が

どこへ、どこまでいくのか


ご覧いただければ、幸いです。


りおん