りおんの本棚 Shoji Rion

庄司利音の作品集 詩とイラストと朗読ライブ

詩 「テラリューム」

2016-08-26 13:26:26 | 
    テラリューム


ドローネの窓の向こう側へ・・・

通り抜けていった熱帯低気圧の成り行きを

ほんの少し気にかけながら

女は肢体をくねらせて、藤椅子に沈み込むように横たわっている

もう長いこと、女はそうしたままでいる

女は カトレアの花を探しているのだ



あの花はどこにあったのだったかしら・・・



夏が行き止まっているような、草熱れ(くさいきれ)のむせ返るこの中庭に

女は カトレアの花を 探しているのだ


記憶の風をたゆたって 組んだ素肌の片脚を

後れたワルツを踏むように あやふやに揺さぶりながら

女はカトレアの花を探している



女がゆっくり首をまわすと

過ぎ去った時間を再生するように、あとからその長い髪が汗ばんだ首筋を這うようになぞっていく


ボルドーワインをこぼしたような、甘く渋いその花の香りを
女は今一度、自分の黒髪に包んで たっぷりと結ってみたかった

窓の向こうはパチネガラスのそれのように

混沌と混濁の気泡に点刻され

女の視界に カトレアの花は見つからない


誰かが乗ったブランコの、行ったり来たりの きしんだ音が

天頂から脱臼していく白い太陽の傍らへ

途切れ 途切れ 吸い上げられていく・・・


女の視線は その音の切れ端を 最後の頼りにしがみついて

まだ諦めきれず、そうしたままでいる



あの花は どこにあったのだったかしら・・・



女の蒼く膨れたふくらはぎの内側を
名も無い虫が這っている

女がそれに気付くことは 永遠にないのだろう







※テラリューム・・・ガラスの容器の中で植物を栽培したもの
※ドローネ・・・・・フランスの画家 
※パチネガラス・・・透明なガラスに化合物をいれて複雑に曇らせる技法を使ったガラス