りおんの本棚 Shoji Rion

庄司利音の作品集 詩とイラストと朗読ライブ

詩 「壁のブローチ」

2017-09-22 14:14:03 | 
コンクリートの壁は じりじりと熱かった

忌々しいことに 彼の細く繊細な肢は

すでにその壁の一部と化していた

彼はぐらぐらする眼球を空へ向けた

垂直にそそり立つ壁と壁が

彼の真上の空を四角く切り取って

陶磁器のカケラのように輝いている

「こんなはずではなかったのだ」

彼は何度も心の中でくりかえした

「こんなはずじゃぁなかったのだ!」

彼がそう思うように、

確かに彼の未来は こんなはずではなかった・・・



一週間前、彼はこの地上に出た

そこは道路際の桜の木の下であった

彼の翅は透明だった

希望は 果てしなく 透明だった


そして、まもなく彼は そこから飛び立った

初めての飛行

一秒一秒が、彼の周りを目まぐるしく通り過ぎて行った


彼は 彼の鳴くべき樹を探した

その樹から 彼の聲は 弧を描いて広がっていく

はずだった・・・

しかし、彼の鳴くべき樹は、

彼の樹は

そんなものは

どこにもなかった


周りは 硬い垂直にそそり立つコンクリートの壁ばかり

飛べど 飛べど

必ず どこかの行き止まりが 立ちはだかっている



自分の羽音が壁にぶつかる

うなり返してくる

にぶい振動

あぁ、なんとしたことか

どこにオレの樹はあるのか

彼は どこかで 鳴かなくてはならないのに

彼は鳴くために この世界へ生まれたのに・・・



ようやっと彼は 今まさに彼が止まっている この壁に たどり着いた 

この壁が特に気に入ったからではない

その壁が彼の目の前で彼を待っていたからだ



壁には 僅かな溝があった

誰もが見過ごしただろう

誰もが気付ことは難しかった

それはそういう溝だった


着地の瞬間、その溝は彼の前肢をしっかりと捕らえた

彼の初めての飛行は 彼の最後の飛行となった



どんなにもがいても その溝から肢を抜くことは出来なかった

あまりの現実に彼は薄笑いを浮かべるしかなかった

こんなはずではなかったが、誰かがこうなるはずでもあったのだろう

それが自分であったとは・・・

いっそ捨て身で肢を引きちぎって飛び立とうか

全身の力を翅に集め 体を宙に浮かせてみたが

結局、力尽きてしまった

飲まず食わずで彼の体力は みるみる消耗した

朝陽がどこから昇るのかもわからない

夕陽が何色なのかもわからない

彼の目の前にはただ白い壁が、彼と共にあるだけだった

彼は壁に向かって鳴き、壁に叫んだ

「こんなはずではなかったのだ」と

彼の聲は 壁の厚味にむなしく吸い込まれ

誰とも言葉を交わすことはなかった


そして今日、彼はもうすぐその一生を終えるという日を迎えてしまった

本来なら、その死のとき、くるくると舞いながら

空中のあらゆるエネルギーを吸い取って 至福の思いに満ち足りながら

地上めがけ落下するはずだったが

その思いを 彼が味わうことができないのは 明らかだった


なぜ?

彼は自分自身に問い掛けた

なぜ、自分はここにいるのか

なぜ、自分なのか

何年も暗い地中でたった一人生きてきたのは

空を飛翔し 緑の樹木に力を注がれ、果てしない喜びを叫ぶためだった

地上に落下して死ぬ仲間たちは 思い残すことはなく

蟻のえさになって跡形もなく完結して消えていく

しかし、彼の死は?

この壁に囚われて、残されつづけ、いつか白い雪さえかぶるだろう

彼はもう薄笑いさえ浮かべられない


明日もおれはここにいるのだ!

死んでもここから逃れられない・・・


やがて彼は 彼の一生の最後となる叫びを上げた

一本の弦が 限界を超え飛び散るように


空のさらに上には

黒い宇宙がある


彼の死後、その聲は

その闇を貫いて

どん詰まりまでいくだろう




静寂が訪れ、風の音が壁の表面を削っていく


彼は、今も壁に属したまま、強い風にも微動だにせず

壁の一部となって存在している


壁を飾るブローチのように



壁の溝には 

彼の聲がもぐっている


誰に向かって叫んだものではない


彼が求めた 夢の 残留だろう・・・


詩 「オレとアリンコ」

2017-09-21 16:12:36 | 

このあいだ、横断歩道を渡ってるアリンコを見たよ

そいつ、厚紙の上の折れたシャーペンの芯みたいだったけど

まっすぐに、そりゃ小走りに渡ってたよ

でもさ、ぜったい青のうちには渡りきれないさ

だから気になっちゃってさ

こいつ、轢かれちまうのかってね

でも、アリンコは青だろうが赤だろうが

そんなこと 関係なしに渡ってたのさ

そいつは、渡らなきゃ いけなかったんだろうね

青が チカチカ しだしたから、オレは走って渡っちゃったけど

だって、オレは人間だしね

振り向いたら、バスやバイクや軽トラなんかが、

あいつの両側から ちょうど ファスナーしめるみたいに 走りはじめて

あいつのことなんか、だれも知っちゃない

だれも 知っちゃないのさ

オレね、待っててやろうと思ってさ

あいつが渡って来るのを、待っててやろうと思ってさ

急ぎの用事もなかったような気がしたし

オレがこっちで待ってたら、あいつが大丈夫な気がしたし

あいつが大丈夫なら

オレも大丈夫な、

気がしたんでね

詩 「キリギリスの雨」

2017-09-16 17:52:20 | 

キリギリスの雨が降る!

水浸しの大地から

ずんだった ずんだだだ ずんだった ずん

こっち向いてやって来る


祈るように モガいた前足を差し出して

アルマイトの義足で 後ろ脚を着飾って  

ずんだった ずんだだだ ずんだった ずん


キリギリスの雨が降る!

水浸しの大地から

こっち向いてやって来る

ぶよぶよの黒雲が 朝も 夜も 食べていく

もっと食べろ! もっと食べろ!

食べて食べて食べ尽くせ!

時間は消えて止まるしか ほかにない・・・


飛び掛れ! 飛び掛れ! 飛び掛れ!

キリギリスの雨!

飛び掛って 落ちていけ! 落ちていけ! 落ちていけ!

この指先に止まれるものは

たった一匹 たった一匹

それだしか ほかにない・・・

ずぶぬれの大地から

ずんだった ずんだだだ ずんだった ずん!


キリギリスの雨!


キリギリスの雨!


キリギリスの雨が降る!


キリギリスの雨が降る!