庄司利音の本棚

庄司利音の作品集
Shoji Rion 詩と物語とイラストと、そして朗読

夕陽と影

2017-11-17 13:27:11 | 


そいつは たった一人で 歩いていた・・・


あの日の夕方

道の端っこを 

背中をまるめた あいつが 歩いていた



奴は 背中を丸めちゃいたが

首だけはもたげて

両眼はしっかり前を見ていた



そのあとを

あいつのあとを追って

落っこちかけの夕陽が

奴の背中を じりじりと 焼いていたな

インディアンレッドの夕陽だった



スカスカのそいつの背中を

夕陽がいく筋も突き抜けて

まるであいつは、夕陽に何度も刺されているようだったな



不思議と奴は美しく

舞い落ちたばかりの

わずかにぬくもりを残す葉のように

夕陽よりも赤く鮮やかだった


  
あいつの足元には 長い影がくっついていた

なめし皮のような あいつの影が一枚

あいつに寄り添っていたな



まるで あいつと ワルツでも踊るように


影は楽し気に 揺れているように 見えたけど・・・




次の日も次の日も、あいつは同じ道を歩いていた

同じ方角から同じ方角へ


あいつが歩く道は

あいつの歩く道になった



なめし皮の影も いつも一緒で

時折 スカして電柱に寄りかかったり

おどけて首を曲げたりして

影は楽し気に揺れていた



ひと月も経った頃、

あいつは ぱたりとやって来なくなった

夕陽はいつものように斜めにさしたが

あいつは やって来なかった


あいつが歩いていた道は

あいつの歩かない道になった



ずいぶん経ってからのことだが

他人(ひと)に聞いた話だ

毎日毎日、あいつの背中は夕陽に焼かれて

焦げたカリン糖のようになったのだと


そこへ 竜巻のような大風が吹いて

あいつのからだが胸から半分ポキリと折れたのだと

そうして

あいつのからだは 地面にばらばらになって砕けたのだと



腰や脚もあとから同じように崩れ落ちて

あいつの形は あっという間に 無くなってしまったのだと



散り散りなったあいつのからだを

みんなで拾い集めてやったそうだ



しかし

鼻や耳や肺の端っこも見つかったが

どうにも あいつの心だけが

どこにも見つからなかったのだと


そこへふたたび大風が吹いて

せっかくみんなで集めてやったあいつのからだが

一つ残らず空へ舞い上げられたのだと



ばらばらに吹き上げられたそいつのからだは

砕けた鏡の破片のようだったと



一枚一枚がキラキラ光って

あいつが背中を向けた後ろの街を映したんだと


鏡に映された切れ切れの街は 

竦(すく)んだ蛙のようになって

ぴたりと動けなくなったのだと


どれもこれもの音が止まって

瞬きも鼓動もクラクションも

しんと止まってしまったのだと

一枚の壁画のように



けれど、それはほんの一瞬で

またいつものように

どれもこれもが動き始めた



あいつのからだは ふたたび動き始めた街を見届けると

散り散りになったまま

夕陽のなかに消えていったと・・・

まるで、

最初から何も無かったように

夕陽に融けて消えていったのだと




あいつがどこに行ったかは わからない

けれど みんなが言うには

どうやら

あのとき見つからなかった あいつの心が

この街のどこかに今も隠れているらしいのだと



だから夕方になると

なめし皮の影がぺらりと一枚

あいつの心をさがして

この道を、ゆらゆらさ迷っているのだと


ワルツを踊る相手もいないのに

ゆらゆら、さ迷っているのだとさ



今日もたくさんのだれかの影が

楽し気にワルツを踊っている


夕陽が沈み

影が地中に吸い込まれたあと


見上げれば

ニッと笑った三日月が

夜空でタクトを振ってるな



あいつの心は

三拍子で揺れてるさ



















詩 「テンペラの空」

2017-11-03 14:31:30 | 

ピキピキ

ピキピキ

回転する空が ひび割れる


反乱した樹々の指先が

瘡蓋(かさぶた)となって這いのびる



カラスの化身

錆びた刀を持った僧侶は舞い降りた




ピキピキ

ピキピキ

昏睡した空が 剥がれ落ちる


全身の力を持ち上げて

私は腐った頭蓋骨を投げ上げる


月に呑まれたアゲハは

蜘蛛の座標のゼロになる




ピキピキ

ピキピキ


カメレオンは動かない


添い寝の母を求める産声だけが

ゴッホの空を 染めていく