庄司利音の本棚

庄司利音の作品集
Shoji Rion 詩と物語とイラストと、そして朗読

おおきな森がありました

2020-01-05 14:26:28 | 短編や物語



その森に生えている樹々には、命がみなぎっていました。

深い大地の底から深呼吸をする音が聞こえてきます。

低い音が聞こえてきます。

コントラバスで奏でるドミソの和音のようです。

太い根っこと太い幹と長い枝と、そしてたくさんの葉っぱには、命が大河のように流れています。

そうして、森の樹々は、みんなで力を合わせて、森に丸天井を作っていました。

緑の屋根です。

樹々たちは、あちこちでぶつかっては離れ、ごしゃごしゃに、ぐるぐるに、びゅんんびゅんに伸びています。


空の上から見下ろすと、この森は、命がくるくる踊る万華鏡の世界です。


小鳥たちが一緒になってくるくる飛んでいます。

この森で暮らす生きものたちの家が、この森なのです。


木々の葉は、一枚一枚が妖精たちが鱗粉を塗って念入りに磨き上げました。

花たちは、思い思いにおしゃべりをしています。

蕾は、ハミングしながら揺れています。


土の中では、小さな虫たちが、誰にも気付いてもらえなくても、一生懸命生きています。

そして、のしのし歩く大きな熊は、のしのし強そうに生きていました。

この森では、あらゆる命が、走り、遊び、眠り、戦い、生み、育て、生きるために生きる命をぜんぶ使って生きているのです。

この大きな宇宙が一回転すると、この森の命もまた、大観覧車のようにぐるりと巡っているのでした。



お日さまの光が、折り重なる木々の隙間から、細いストローのようになって、何本の何本も差し込んでいます。

ピアノのトリルを奏でるように、小刻みにちらちらと輝いています。


ディガディディガ、ディディンガ、ディガラン

神様の睫毛のように柔らかな金色で、なんだか、甘いミルクの香りがする音がしています。


けれど、森の奥深くでは、その心地よい音は一音も聞こえなくなります。

沢山の樹々が幾重にも折り重なって、お日様の光をさえぎってしまうからでした。

暗く、どんどん暗くなって、少し怖いくらいです。

暗い灰緑色の空気が、じっと動かないまま、森の地面に敷き詰められていました。

ここでは、時間がとまっているかのようでした。

それは、この森が生まれたときの最初の空気が、じっとそのまま、ここに残っているからなのでした。


地面に耳をあてると、かすかに森の心臓の音が聞こえてきます。

深い深い、遠い遠いところから聞こえてくる音です。

ふわぁふわぁっと、近づいたり遠のいたりしていきます。

その音は、森の体温の音、そういう音なのです。


おやおや、子猿たちが、その音を聞きに遊びにやってきましたよ。

みんなで腹ばいになって地面に耳をあてています。

両腕を広げて、眼を閉じました。

森の心臓の音は地面の奥底からやってくるのです。

その音を聴くと、とても気持ちが安らいで、いつもならキャッキャッとはしゃいでい子猿たちが、とても静かになってしまいます。

この森の大地を抱っこしているのです。



今度は、くるりと寝返りをうって、仰向けになりました。

上を見ると、地面とお空がぐるりんとでんぐり返しをしてくれます。

子猿たちのお腹の上には、森と空とそして、その上の上のもっと上の世界が何層にも重なってのっかっているのです。

きっと、この瞬間、星や、お月様や、もっともっと遠くの誰かも、この子猿たちの小さなお腹の上に乗っかっているのです。


小猿たちはそのことが面白くてしかたありません。

みんなでお腹をさすりながらクスクスわらってしまうのです。

とても楽しそうです。

友達が笑っている顔を見合わせて、そしてみんなで笑っています。



よおく見ると、空と森の境い目あたりの高いところには、ちょうど、クリスマスツリーの飾り玉のような、

水銀色の空気の玉がいくつも浮いているのをみつけます。

ほらほら、あれとか、あれです。

小さいのや、大きいのや、いろいろです。

葉の影に隠れているものもあります。


玉の表面は鏡のようにすべすべで、凸レンズのようになって、森の景色を写しながら、ちゅるちゅる小刻みに振動しています。

これらの玉は、樹が吐いた息が、まあるく玉になったものです。


そうして、樹の吐く息は、長い時間をかけて、少しずつ空に上り、空の天井に届きます。

空の天井に到着すると、だんだんと小さくなって、水の粒に変わります。

そして、雨となって戻ってきます。


さわさわと

さわさわと、

降り注ぎます。



みんな、新しく生まれる命となるためです。



雨の香りが、樹の香りと似ているのは、雨粒が樹々の根っこに吸い上げられて樹々の体を通り抜けていくからなのです。


雨粒は、いつかまたお空へ上り、そして雨粒となってふたたび降り落ちるのです。

雨粒の小さな命たちは、全部の命とつながります。

みんなそれぞれ、たった一回きりの一生を生きていきます。

そうして、また、たくさんの命につながっていくのです。



あなたたちも、やってきて、

あなたも、

あなたも、

まわる観覧車の一度きりの乗客なのです。



もう、ずっと、ずっと繰り返されて、繰り返されて・・・・。


これからも、ずっとずっと、続きますように・・・。







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