りおんの本棚 Shoji Rion

庄司利音の作品集 詩とイラストと朗読ライブ

どこかで星が生まれたのです

2019-10-22 13:44:11 | 短編や物語
ちょうどそのころ、はるか遠い銀河の果てで、小さな星が一つ、生まれました。

生まれたての星は、とても優しい星でした。
「とくん」と一回、鼓動を打つと、星のどこかで、だれかが呼吸をはじめました。
ふうぅっ、ふうぅっ、すうぅっ
たった一個の小さな星の、初めての時間が動き出しました。

ザブンザブン、サヤサヤサヤ
ザブンザブン、サヤサヤサヤ
波がおしゃべりをしています。
なにか楽しいことがあったのでしょうか?



ここは小さな島です。
真っ白い砂浜に、たった一人になった大きな木が立っています。
その木の上を、風と雲が通り過ぎて、何度も朝と夜が巡りました。

ザブンザブン、サヤサヤサヤ
ザブンザブン、サヤサヤサヤ
木だけが聞いている音です。

星たちが、レース編みのショールのように夜空を覆っています。
一つの星が呼吸をすると、その呼吸の暖かさを喜んで、周りの星たちが小刻みにちりちりと瞬いて揺れました。
まるで星と星が呼び合うように、次第にその瞬きは遠くの星へ星へと伝わっていきました。

いつもこうして 命の細胞が編みあげられていくのでした。

空には、湖のように大きくて まあるいお月さまが浮かんでいます。
鏡のようにすべすべに輝いています。
お月さまの光に照らされた木の影は、島の端っこまで伸びて、そこから先は海の波へ沈んでいきました。
絵の具が溶けていくようです。
お月さまが作り出す影は、この世界で、この木の影だけになりました。

しばらくすると 反対側からお日さまも のぼってきました。
お日さまは、朝焼けの蜂蜜色の空を従えています。
お日さまの日射しは、お月さまが作る影とは反対の方角へ、木の影を作り出しました。
その影は島の端っこまで伸びて、その先は、やはり 海の波へ沈んでいきました。
誰かがとろとろと眼を閉じていくようです。
お日さまが作り出す影も、この世界では、この木の影だけなのです。

たった二つの影が、この世界で、最後の命の影なのでした。

空は、半分が夜で、半分が朝の空でした。
どこからともなく夜になり、どこからともなく朝になって、遠い記憶の音が行ったり来たり漂う世界です。

お月様とお日さまに見つめられて、木は今、なにを考えているでしょう。
木には、どんな思い出があったのでしょう・・・。

一枚の葉から、雫が一滴すべり落ちました。
テゥルルルリン
雫はゆっくり、ゆっくり落ちていきます。
固まりかけのゼリーの中を通りぬけていくように、名残惜しそうに ゆっくりと落ちていきます。

小さな一粒の雫は、お月さまとお日さまから放たれる二つの光を反射して輝きます。

両手を力いっぱい伸ばして、クルクルまわる妖精のようです。
その妖精の両手の先から、放射状にまっすぐに光が反射していくようです。

そして半分が夜と、半分が朝の大空に、木の思い出の映像を映し出しました。

ちょうど映写機がコマ送りで映し出す絵のように、過ぎ去った果てしない時間を映し出していきます。
命が生まれ、育まれ、そして全うしていく時間でした。

それは雫が砂浜に落ちるまでの一瞬のことでした。
ほんのわずかな一瞬に、永遠があるのでしょう。
雫はすぐに砂にしみ込んでいきます。

ぽたん・・・しゅうぅぅぅ

すると、辺りの光景も、砂にしみ込み始めました。
ジグソーパズルのピースが、一つ一つ無くなっていように、ホロホロと欠けていき、砂にしみ込んでいってしまいました。
そうして、とうとう木が立っている小さな島も砂浜も、すべてが消えてしまいました。


けれど、あの木だけが浮いています。
空っぽに浮いています。
天も地も、どこにも存在しないのです。

けれど、木は立っています。
何も言わず、ただただ、立っています。

果てしのない時間は、あっという間に過ぎていきます。
長い時が流れて行きます。

海が海になるずっと前から、空が空になるずっと前から、遙かなしじまをやってきた時間の足跡が、丁寧に折りたたまれて、そして静かに、その先へ続いていきます。

雪が舞い降りはじめました。

純白の雪です。


最初の一粒が、木のてっぺんの一枚の葉に降り立ちました。
その着地は、まるで存在しないかのように、そして、子供が眠る呼吸のように、最も安らかな静かな「時」が舞い降りた瞬間なのでした。

走っても、走っても、時間は追い超すことはできません。
そして、願っても、願っても、立ち止まってはくれないのでした。

けれど、私たちは時間に触ることができます。感じることができます
木は、この流れ行く時間に全身を触れながら、すべての調和の中にぽっかりと浮かんでいるのでした。

粉雪のベールが何枚も何枚も舞い降りていきます。

すべてが純白に覆われていきます。

木は真っ白になって、もう、どこにいるのか、わかりません。
木は、この世界の小さな小さな素粒子にもどったのです。


見渡す限りの果てのない純白は、美しくそして、孤独です。



耳をすまして・・・。

ほら、聞こえます。

とくん・・・


ふうぅっ、ふうぅっ、すうぅっ


どこかで星が、生まれたのです。



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