りおんの本棚 Shoji Rion

庄司利音の作品集 詩とイラストと朗読ライブ

樹を切る男

2016-11-24 13:58:34 | 
「樹を切る男」




私は、樹を切っています

その長い長い年月と

長い長い物語を

たった今、私は断ち切っています


すでに何度も斧は振り下ろされました

そしてこの樹は、自分の運命を知っているのです


この森にはたくさんの樹がありました

たくさんの命がありました

それぞれに、それぞれの空へ向かって

樹はこの森にありました

けれど私は今、この一本の樹を切っています


私が切る樹は、この樹だったからです


この樹は私が切る樹でした


だから私の斧はこの樹に振り下ろされます



私がまだ若かった頃・・・

必死に堪えつづけた私のあの叫び声を

この樹は、この森で聞いていました


誰にも聞かれなかったと私が信じていた私のあの声を

この樹だけは知っていたのです


だからこの樹は

私を選んだのです

「おまえが私を切りなさい」と

「私は知ってしまったから」と



この樹は私に切り倒されるこのときを待っていたのです


風は人間の裏窓を通り抜けてこの森にたどり着きます

この森にやってくる風は

低いところも、暗がりもわざわざ通ってくるのです

そして最後にこの森にたどり着き、用心深く囁きます

次に切られる樹を訪れ、風はその樹をゆるく締め付けてから

こう囁くのです



「おまえを切る人間が決まったよ」と


優し気に先回りして知らせるのでしょう



枯葉がこんなにたくさん落ちているのは

そんなおせっかいな風が何度もやってきたからでしょう


この樹の下には、過ぎ去った記憶が落ちています


だから私は樹を切っています

その長い長い年月と

その長い長い物語を

私の斧は断ち切ります


高い空が私と樹の関わりを最後まで見届けてくれるでしょう


地面の下には根っこが残ったままですが

それにはなにか意味があるのかもしれません

しかしそれを知るには、私には時間が足りません

知らなくていいことは、あるのです

私が切ることができるのは

この樹の幹の

長い長い年月とその物語だけ


私は樹を切っています

何度も何度も斧を振り下ろし

私は樹を切っています

私はこの樹を切り倒すまで斧を振り下ろしつづけます

樹はそれに耐え、私もそれに耐えるのです

この森も耐えています