りおんの本棚 Shoji Rion

庄司利音の作品集 詩とイラストと朗読ライブ

短編 蜂蜜の空

2015-11-28 15:45:53 | 短編や物語
蜂蜜の空



 あの頃、父は、休みのたびに、私を肩車して、家の近所を散歩してくれました。
見渡せば、家の数が数えられるほどの田舎町です。

夕暮れよりは、ほんの少し手前の時間。
明る過ぎず、慌ただしくもなく。
そんな時間に、父は私を誘いました。
「散歩 行こう」

家を出ると雑草が生えたでこぼこ道が、緩やかなカーブを繰り返しながら続いています。
その道を外れると、すぐに畑と田んぼが広がっているのです。

傾いた太陽がつくる二人の一つの影が、まるでどこかの星からやってきた使者のように、ゆらゆらと黙って付いてきたことを憶えています。

私は、父の肩車が大好きでした。
そして父も、自分の頭の上で、はしゃいでいる娘の笑い声を聞くことが、休日のなによりの楽しみだったようです。

私は生まれつき両脚の股関節に障害があり、歩くたびに重い痛みが伴いました。
普通の子供のようには走ることも、飛び跳ねることもできません。
幼いながらも、私は、近所の子供たちとは違う自分を感じていたのだと思います。
痛みのつらさや、正体のわからない不安な気持ちは、幼い私を、家の中にいることが多いひっこみじあんな子にしていたのかもしれません。

父は、そんな私を散歩に連れて出てくれました。

菜の花が揺れ、モンシロ蝶が飛びまわる風景のなかを、
緑の水田にカエルが輪唱する風景のなかを、
群生するススキの穂に銀色の風が渡る風景のなかを、
まるで絵の中を歩くように、父は私を肩に乗せ、いっしょに歩いてくれたのです。

 父は身長が高く、母が言うには、180センチ以上はあったそうです。
細身で腕も脚も、操り人形のようにぶらぶらと長かったのを憶えています。

父は長い腕で私をひょいと抱き上げます。
父の肩に乗ると、私の世界は一変しました。
空は、私の頭のすぐ真上にありました。
私は、一瞬、首をすくめました。
空が天井のように感じられ、頭がぶつかるのではないかと思えたからです。

私はバランスをとって体を安定させると、父のおでこにあてていた自分の両手をそっと離します。
そして両手を空へ向けて延ばすのです。

「てっぺんにあるあの真っ白い曇を自分の手で触る!」

そう想像することが私の作り出した空想の遊びでした。
曇を触りたい、空に手を突っ込みたい、こんな願いを私はいつも持っていました。
父はそのことよく知っていて、

「空に触れたかい?                            
今日の空はどんなふうだい?」

と訊いてくれます。

父の声は低く、穏やかで、私に安心感を与えてくれます。
今もあの声が聞きたいと思います。
そして、私には、私の名を呼ぶその声が、今も、はっきりと思い出せるのです。

父は私の顔を見上げ、その額には何本もシワを寄せていました。
あのとき、父が見上げた私は、どんな顔をしていたのでしょう。

父と目を合わせ、それからゆっくりと目を閉じて、私は、深く息を吸い込みます。
そして、感じている空の感覚のなかに、自分の両手が融けていくのを感じながら、しばらく黙ったままで、両腕を空へ伸ばし続けるのです。

そして、「私の両手は、この大空に溶けきった」そう感じるまで、私はじっと、待つのです。
今思えば、それは手がしびれてきただけだったのだろうと思います。
けれど、そのときの私にとって、それは自分の両手が大空に解けていく感覚そのものでした。
そうして私は目を開けます。
そして、答えを待っている父の顔を覗き込みながら、私はこう言うのです。

「うん、今日も、触れたよ」

私は、いつも、そう答えました。

そして、父に教えてあげるのです。

「すべすべだよ」

「ふわふわだったよ」

「蜂蜜の匂いがしているよ」と。

そう・・・あの頃の夕焼けの空は、確かに蜂蜜の匂いがしました。

その匂いは私のまつ毛の先に水滴のように輝いていました。
細めた目のなかに漂うキラキラとした蜂蜜の香り。

私は、そのとき自分が感じたことを、そのまま父に伝えました。
それは、子供特有の嘘ではなく、私は、ほんとうにそう感じていたのだと思います。


青い稲の穂の向こうに広がる空からは、太陽がとろりと溶けていく音が聞こえてくるような、
そんな気がしたものです。

「あぁ、そうかい。」

父はそう答えただけでした。
そして、とても満足そうに、ふたたび歩き出すのでした。

父はゆっくりと大股で歩きました。
私が空に触りやすいように、ゆっくりと歩いてくれたのでしょう。

長い脚がなんだか邪魔っけそうに、父はそんなふうに歩きました。

二人はほとんど言葉を交わすことはありませんでした。

時折、上と下から顔と顔を見合わせて、そして、お互いの存在を最も近くに感じながら、
けれど、思い思いに、同じようでいて同じではない光景をそれぞれに味わっていたのでしょう。

あのとき、それは、私と父だけの時間でした。

私は自分の体の下から伝わってくる、その歩調のゆったりした揺れを感じ、とても安心していました。
不安は何一つありませんでした。

あの頃が、今までの私の人生のなかで、最も心が安らいでいた日々だったのかもしれません。

父は娘のぷっくりとした膝小僧を両手でしっかりと抱えながら、畑のあぜ道を、鼻歌を歌ってぶらぶらと歩いてくれたのです。

あのとき、父が歌っていた歌の名前は、今となっては思い出すことが出来ません。
時おり父は、ひょいと私のからだを弾ませて担ぎなおし、すると、さっきまで歌っていた曲とはまったく違う歌を歌いはじめました。
そんなときの父は、とても機嫌が良さそうでした。 

畦道を抜け、小川の土手をのぼり、ざわざわと揺れる薄暗い竹林を抜けると、小高い野原に着きます。
そこからは我が家を見下ろすことができました。
赤い屋根の小さな平屋の家でした。
野原の草は、父の膝下あたりまで伸びています。
まるで緑色の雲海を、大きな風がオーケストラを奏でるように渡っていました。

父はこの場所が好きだったようです。
家を見下ろし、流れる雲を見上げ、父は深呼吸を繰り返します。

しばらくすると父は私の膝からそっと両手を離します。
そして真っ白なシャツに通した長い両腕を急に真横に広げるのです。


「いくぞ、しっかり掴まってるんだよ」

「うん」

私は、父の髪に頬を埋めるように体をまるめ、父の頭をお腹に抱えるようにして掴まりました。
両足に、ぐっと力を込めて、父の両脇に押し当てるのです。
父はそれを確かめると、次の瞬間、私を乗せたまま走り出すのです。

父は加速していきます。
私の目の前の光景は、後ろへ後ろへ見えなくなっていきます。

私を乗せた白いグライダーはモアレ模様に広がる草の波間をやわらかに滑空していくのでした。
私に触れる360度の空間は、一気に大空となったのです。

もし、あのとき、母が私たちを見つけていたら、声をあげながら駆け寄ってきたことでしょう。
けれどそのころ夕飯の支度をしていた母が気づくことはありませんでした。

私は父の肩から落ちることはなく、母が夕飯の支度を終えるほんの少し前に二人は帰宅しました。

帰宅した父はすぐに私を下ろすと、玄関の明かりを付けました。
このとき、父は小さく眉をあげ、私をちらりと見下ろしました。
台所のガラス戸には、母が忙しく立ち働く影が映っていました。

公園で、はしゃいでいる幼い子供の声を聞くとき、今も、ふっと、あのときのことが思い出されます。
あのとき、私もあんなふうに笑っていたのです。

思いおこせば、父は生涯、私を怒鳴ったことは、一度もありませんでした。
父は、ただただ、私に愛情を注いでくれました。
私を見るとき、その目はいつも優しかった。

脚が悪かった私は、走ったり跳んだり、そういう自由を持つことはその後もできませんでしたが、けれど、父がしてくれた肩車から見たあの光景は、私に、それ以上の、空ほど大きな自由を与えてくれたのだと思います。


今、皺の増えた自分の両手をじっと見つめていると、子供の頃、あの時感じた空の感触がわずかによみがえります。

指の間を風が通る涼しさと、手の平にしみ込む夕陽のちりちりとした感触。

もしも、今、あの時のあの空に、ふたたび触れることが出来たなら、私はまた、あの蜂蜜の匂いを吸い込むことができるでしょうか・・・。

この手で、空に触ってみたい・・・あの曇に触りたい・・・

今も、心からそう思います。

お父さん、今も、そう思いますよ。


作:庄司利音