人気の無い八畳に置かれた三面鏡は
水疱瘡の女の子を知っていた
悲しそうに上目づかいで鏡をのぞき
大粒の涙をこぼしていた
赤いぽつぽつが
頬の上で
ザクロの実のように光っていた
「あの子は今、どうしておいでか、ご存知か?」
その日、三面鏡はしばらくぶりで開かれた
鏡をひらいた女に、三面鏡はそう尋ねてみた
「あの子は今、どうしておいでか、ご存知か?」
しかし、その女は黙って髪を梳くだけ・・・
長い黒髪はうねうねと波打ち
三面鏡の問いは聞こえない
そして女の視線は、どこか曖昧で定まらない
梅酒色に染まる部屋の片隅
ひぐらしの声が簾のように下りる
この部屋の畳にあぐらをかいて座っていた
あれは、まだ若かった父親だった・・・
飴玉を口に入れてくれた優しい声の記憶
「ほら、大好きなニッキ飴だよ」
鏡のなかの女の唇がほんの少しゆるんで、小さな歯が映る
次の瞬間、
その女の唇がつぼむのと同時に
鏡は、両側からピシャリと閉じられた
「あの子は今、どうしておいでか、ご存知か?」
次に三面鏡の扉が開けられるのは、いつになるだろうか・・・
そのとき映す女の顔は、誰なのだろう・・・
三面鏡は、そのときを待つ
この八畳の片隅で
正座をして待つだろう
あの子は今、どうしておいでか、ご存知か