庄司利音の本棚

庄司利音の作品集
Shoji Rion 詩と物語とイラストと、そして朗読

手紙

2020-04-11 14:13:24 | 短編や物語
長い年月が流れました。

それは、遠い遠いあの日から始まって、

そして、毎日、毎日、途切れることなく続いて

ずっとずっと続いてきたから、だから、今になりました。

あのとき小さな子供だった老人は

今ではもう、子供であった自分のことをすっかり忘れていました。

生まれたときから自分はずっと老人だったと思い込んでいたのです。

ですから、老人の朝は、悲しい朝でした。

老人の夜は、寂しい夜でした。

老人は、悲しさと寂しさの隙間で眠り

悲しさと寂しさの隙間で生きていました。


ある日、老人のもとに一通の手紙が届きました。

薄茶色い皺々の古ぼけた手紙です。

覚えたての文字を一生懸命に書いたのでしょう。

たどたどしい小さな子供の字で、老人の名前が書いてありました。

「おやおや、こんな老いた私に、いったい誰が手紙をくれたんだろうねぇ」

そう思いながら老人は手紙の封を開けました。

手紙には、こんなことが書いてありました。


「ずっとずっと遠くの未来のぼくへ

ぼくは、どんな大人になりましたか?

ぼくは、どんな出来事に出会いましたか?

たくさん友達が出来ましたか?

ぼくは、なにをしましたか?

楽しかったですか?

面白かったですか?

それとも、悲しかったですか?

苦しかったですか?

ぼくは、一生懸命に生きることができましたか?

ずっとずっと遠くの未来のぼくへ

ぼくは、こんど、生まれてくるときも、きっと、自分に生まれます。

だって、ぼくはきっと毎日毎日、一生懸命に生きていくと思うからです。

どんな悲しいことも苦しいことも、きっと乗り越えられると信じているからです。

だから、ぼくは、こんど生まれてくるときも

きっと、ぼくに生まれます。」


そうなのです。

その手紙は、子供だった遠い昔の自分からやってきた手紙なのでした。

その手紙を読んだ老人は、しばらくじっとその手紙を見つめたまま、ぼんやりとしているようでした。

けれど、しばらくすると、老人の瞳のなかには、コンペイ糖のような輝きが生まれたのです。

「あぁ・・・そうだねぇ。楽しかったよ。苦しいこともあったけど、でも、楽しいことがいっぱいあったよ。

あぁ、そうだとも。一生懸命生きて来たよ。

あぁ・・・そうだねぇ。思い出したよ。

明日はきっと良いことがあるかもしれないんだよねぇ。

そうそう、良いことがあるかもしれないんだ。

そうだったよ。そうなんだ。」


老人は、心があたたかくなって、元気になっていく自分を感じていました。

そして、明日が来ることが楽しみになりました。

明日の朝が楽しみになりました。

明日の夜も楽しみになりました。

老人の心は、子供の心になっていました。

そして、その夜、老人は、最後の眠りにつきました。

夢のなかで、老人は、野原を走り、小川と飛び越え、空をかかえて、笑っていました。

どんなことでも自由自在のだたっ広い未来がそこにはありました。



明日を楽しみに

大きな希望をもって

老人は、

最後の眠りにつきました。



長い月日が流れたのち、

あなたにもいつか、子供だった自分から手紙が来るかもしれません。

その手紙を読んだ時、きっと、

あなたの瞳にも、コンペイ糖のような、輝きが生まれることを、

心から願っています。


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