白馬ではないかもしれないが、ともかく馬に乗った王子は前に姫を抱いている。姫を抱え、都からここまで逃げてきたのだ。供の者がいたはずなのに、いつかはぐれた。道は知っている。何度も行き来した道だ。あの所領に逃げ込めば何とか・・・あまり先の事までは考えられない。だが、この姫がただ愛おしい。姫も私と共に居たいと来てくれたのだ、それ以外に何があるのだろうか。暗い。夜も更けてきたのは仕方がないが、雨が落ちてきた。今夜中に館まではむずかしい。野宿は無理だ、休めるところがあればいいのだが・・
それにしても姫が愛おしい。月明りに草の上に光る露を見て云うのだ「あれはなあに」ああ夜露さえ知らぬ姫よ。
川に出た、この川は知っている、芥川だ。確か何者かの小屋があったはず。あの小屋で姫を休ませよう。私は不寝に姫を守ろう。剣を佩き、弓弦を鳴らし、姫を守る。ようよう夜が明け、小屋を覗けば姫の姿かき消えた。鬼が一口に飲んでいったのか。鬼がいるとは知らなかったのだ。
このファンタジーは伊勢物語第6段。種明かしも書かれている。姫は二条の后と呼ばれた藤原高子、鬼は高子の兄基経達。在原業平を追い、スキャンダルにはせず、ただ妹を取り返していった。
業平の東下りの前提ともなる事件である。業平は在原の姓を給い臣籍にあるが、平城天皇の孫、母方からは桓武天皇の孫でもある貴公子。歌人として、恋多き風流人として名高い。その業平、高子に惚れ込み、東五条の屋敷の築地の破れからしげく通う。兄基経達が警戒したのも当然、高子は藤原一族が皇室への入内、立后を狙う大事な手駒。業平如きに攫われてはたまらない。
とはいえ少し冷静に見てみるとこの純愛逃避行、ちぐはぐなものも見えてくる。この頃、業平既に40歳を超えている。平安時代の事だ、既に初老、孫がいてもおかしくない。方や高子は精々16・17歳か。業平側からはともかく、少女が惚れ込むには業平はおっさんすぎるだろう。そこはもの知らぬ深窓の令嬢に対し、美男で鳴らした業平のモテテクニックというべきか。
それに露を見て「かれはなにぞ」はないだろう。貴族の娘に和歌は必須の教養、古来から歌われる露を見て歌の一つも詠ずるならともかく、あれはなあに?では興ざめだろう。それとも若い娘の方が業平をからかっているのだろうか
「白玉かなにぞと人のとひし時 つゆとこたえて消えなましものを」の歌が先にあり、それに合わせた物語、というのはどうだろうか。
西國街道は京都の東寺口から大山崎を通り神戸の方へ抜ける道だ。律令時代の山陽道にほとんど重なるそうだが、芥川の宿が整ったのは近世だ。業平には摂津に所領があったらしい。源融などと共に水無瀬や布引の滝辺りにも遊んだというから土地感はあったのだろうが、街道とはいえ夜道を女連れで一人行くのはいかにも無謀、兄の鬼ならずとも本物の盗賊が出てきたらひとたまりもなかっただろう。ファンタジーの故でもあるのだが。
芥川は思ったより小さな川であった。
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一里塚より西の西国街道は西から東への一方通行であった。
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一里塚としての面影はないのだろうが、地元から大事にされているようだ。
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こんなところで敵討ちとは。原因は何とも・・・
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加藤嘉明 賤ケ岳の案内板より。