臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「高山邦男歌集『インソムニア』」鑑賞

2017年05月09日 | 諸歌集鑑賞
○  満月の滴る巨きな雲の下地虫のやうに群れるタクシー

○  縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて

○  温かい気持ち未来より感じたり今際のわれが過去思ひしか

○  わが仕事この酔ひし人を安全に送り届けて忘れられること

○  タクシーの運転手としてつね語る景気の話題を師走から変へる

○  赤や青繰り返し点る夜の街のどこにもゐない点燈夫たち

○  赤信号ふと見れば泣いてゐる隣 同じ放送聞いてゐたのか

○  誰一人渡らぬ深夜の交差点ラジオに流れる「からたち日記」

○  冬近し客呼びをする街角の娘たち上着一枚羽織る

○  観客のゐない未明を蛇行してバイク煙らす新聞配達人

○  霊廟のやうな時間を漂はせ赤色燈を点す交番

○  交差点の巨き海星の歩道橋一夜をかけて巡る空あり

○  違和感を感じつつ貼る「がんばろう!東北」もつとおれが頑張れ

○  昨夜猫を轢き殺したるわれにして人の規則に許され働く

○  二番目となりて夜景に柔らかく東京タワーが灯せる心

○  ひとり帰る家路にわれは宥されて西日隈なくわが裡照らす

○  ワイパーが払ふ冷たき雨の夜の今日一日をゆく他はなく

○  四方を窓に閉ざされてゐる車内にて兵士の狂気思ふ夜あり

○  友達はラジオしかゐない運転手の耳殻に夜の潮が寄せる

○  気が沈む時浮かび来る 車中にて罵倒されたる記憶幾つか

○  工事中の赤いポールが並ぶ道 われも並びぬ物の如くに

○  湾岸の開発いきいき語りたる土建屋の夢の跡のお台場

○  深夜番コンビニの李さんは いつも含羞みながらレジを打つ

○  四方を窓に閉ざされてゐる車内にて 兵士の狂気思ふ夜あり
 
○  もう帰る?今日も母から言はれつつ仕事に出掛ける夜の街へと

○  冬の街ふと覗き見るブックオフ『幸福論』が吾を待ちゐたり

東京のタクシー運転手としての仕事の歌を中心に、斬新な着想、自在な用語で、東京という都市の現在をうたい、そこに生きる私たちの心の起伏をていねいにうたう。叙情詩としての短歌の可能性を果敢に追い求める作者の渾身の第一歌集。佐佐木幸綱・帯文より


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