電話。
当時は、自由に使うなど以ての外。
使うときも、厳しく「3分」以内、と決められていたモノである。
しかも、それは、玄関の目立つ場所の専用の台座の上に鎮座していた。
こっそり使おうにも、無理な場所である。
だが、盲点があった。
それは、分割コンセント。
父の寝室に電話を持って行けるように、新築の時に付けたモノである。
その日、夕飯前の時間。
父は仕事で遅くなる予定で、祖母と母は夕食の準備、弟たちはテレビに見入っている。
今しかない。
私は、そっと玄関の電話をコンセントから外し、父の寝室に持ち込む。
薄暗い部屋の中で、小さくたたんだ紙を取り出して、おそるおそる開く。
そこには、当時、流行っていた丸文字で電話番号が書かれていた。
やっと教えてもらった電話番号。
そっと受話器を上げる。
チン!
受話器を上げた時に鳴る小さなベルに、どきっとする。
慌てて辺りを見渡すが、その位の音で気付かれはしない。
もう一度、シッカリと電話番号の紙を食い入るように見つめて、ゆっくりとダイヤルを回す。
ジーッ ッッッッッッ。
ジーッ ッッッッッッッ。
ジーッ ッッッッッッッ。
ダイヤルが戻る時間ももどかしい。
早くしないと、ご飯の時間になってしまう。
ジーッ ッッッッッ。
ジーッ ッッッ。
回し終えて、受話器を耳に当てる。
さーっと言うホワイトノイズが聞こえる。
一瞬、繋がっているのかという不安が起こる。
トゥルルルルルルッ
呼び出し音だ。
トゥルルルルルルッ
トゥルルルルルルッ
2回、3回。
繋がった安堵が再び、いないのか?という不安に変わる。
それとも、間違えたか?
トゥルルルルルルッ
トゥル・・・カチャッ
繋がった!
『ハイ、○○です。』
うぉ!お、お父さんだ!!
元々バクバクしていた心拍数が、更に跳ね上がる。
「あの、××高校のぷよと申します。
ええと、○子さん・・・いらっしゃいますか?」
電話するって、言っといたよね。
この時間だって、言っといたよね。
『○子? お、ちょっと待ってな。
おーい!○子ぉ!! 電話ぞぉ!
・・・
はぁ~い。』
居た!
『もしもし?ぷよちゃん?』
「あ、うん!ごめんね、ご飯時に・・・。」
そこから、何を話したのか覚えていない。
斯くして、私の女性への『初電話』は、終わったのである。
時は流れ、携帯が繁茂し、電話はもっと気楽なモノになった。
それでも、やっぱり「初めての」異性と電話で話すときはドキドキするし、緊張するモノである。
そんな事を、なにげに思い出して、にやにやしている秋の夜。