不条理み○きー

当面、きまぐれ一言法師です

「ナツメ球の光の中で」

2006年01月31日 17時20分31秒 | Memories

 ふいに夜中に目が覚める。
 6歳ぐらいの頃のことである。
 普段は、そんな時間に目を覚ますことはない。

 天井の蛍光灯のナツメ球が灯っているので、部屋の中はオレンジ色にぼんやりと明るい。
 隣には、両親と弟が寝ている。
 布団が重い。
 頭の下から、やや、ゴムの匂いがする。
 そこに、タオルでくるまれて氷枕が置いてあるから。

 昼間のことを思い出す。
 熱が高くて、ぼんやりとしていた。
 両親は共働きだったから、昼間は祖母が面倒を見てくれていた。
 何時頃か覚えていないが、おかゆと擂り下ろしリンゴを食べさせてくれた。
 冷たくてちょっと甘酸っぱいリンゴが美味しかった。

 夕方、両親が帰ってきて、相談している。
『ねぇ、もいっぺん、お医者さんに、見てもろうた方がええかねぇ。』
 母の心配げな声。
『そげやねぇ。明日、熱が下がらんかったら、もいっぺん、病院につれてこ』
 父がそう答える声だけ聞こえる。

 うわぁ、あの病院に行くと、直ぐ注射やけん、好かんとに。

 ぼーっとした頭で、そう考えたことだけ覚えている。

 夕食の記憶はない。
 気付けば母が体を拭いている。
『痛いところはないね?
 痛かったり、熱かったら、お父さんでもお母さんでも起こしんしゃいね。』
 枕元に、洗面器が置いてある。
 その中に、新聞紙が引いてある。
 
 もう、ゲロなんて出さんとに

 確かに一昨年くらいまでは、熱を出す度に戻していた。
 子供にとっては、一年も経っているのだが、大人にしてみればまだ一年なのだろう。

 それからの記憶がない。
 気付けば、今、こうしてぼーっと天井を見ている。
 意識が、妙にハッキリしていて、薄暗いのに部屋の細部まで見える気がする。
 ぐるるるる
 不意に、おなかが鳴る。

 う、おなか空いたぁ。
 やっぱり、夕飯を食べた記憶がない。
 また、おかゆだったのか、それとも、食べないまま寝たのか。
 
 ぺたり。
 不意に手のひらが、私のおでこに触れる。
 母の声がする。
「もう、熱は下がったごとあるねぇ。
 あんた、おなか空いたとね。」
 私は、黙って頷く。
 母は、だまって寝床を抜けると、台所に向かう。

 そして、小さな塩むすびをふたつ、持ってきた。
「良く噛んで食べんしゃい。
 食べられるだけで、よかけんね。」
 私は、母の注意もそこそこに、おむすびを頬ばる。
 小さな、二つのむすびは、あっという間になくなる。
 もうすこし食べたげな、私を見て、母は笑う。
「あとは、朝にしんしゃい。
 これ以上、食べたら、食べ過ぎばい。」

 わたしは、渋々お茶を飲み、口を濯ぐと再び布団にはいる。
「もう、これは要らんね。」
 母がそう言って、氷枕を外す。
 そして、布団を掛けてそっと手を握る。

 その後、満腹になった私は、布団の暖かさと母の手の温もりの中で、あっという間に眠りに落ちる。



 苦しい筈の病中の思い出で、ふと思い出すのは、そんなほのぼのした光景である。
 きっと、人は苦しいこと、辛いことは早く忘れようとするし、楽しかったこと、幸せな思い出はいつまでも記憶に止めておくのだろう。

 昨日の夜、インフルエンザで熱を出した子供を、深夜に様子を見たときに、布団の中から悪戯げな目が、きらきらと好奇心に輝いていたのを見て、不意に思い出した昔の話。

 
  

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