かくれて咲く花

~凛として~

Red Rose

2008-05-28 13:04:07 | Weblog
あたらしい環境にはまだ慣れず、気を遣う毎日だけど、なんとか流れの中で泳いでいる。白鳥のように優雅に、とはいかないかもしれないけど、溺れずにいるだけでもこれまでの経験が役に立っているのかも。

先日、大好きなカフェでご飯を食べた帰り、「バラの花びらを湯舟に浮かべると、お姫さま気分になれますよ」とバラをいただいた。マスターご夫妻に無農薬で愛情豊かに育てられたバラは、花びら一枚一枚がハートの形をしていて、とってもラブリー!毎日気疲れした身体をやさしく癒し、温めてくれた。感謝♪その後もバラに関する記事や、いつもの風景に咲いているバラがふと目に飛び込んでくることが多くて、シンクロニティを感じる。

バラの花言葉は「愛」。特に赤いバラが好き。華やかだけど、わざわざ自己アピールをしなくても引きつけられる優美さと、内に情熱をぎゅっと秘めた感じがいい。「秘すれば花」という言葉、死語になりつつあるのかもしれないけど、そういう美学は持ち続けていたい。



「ぬるま湯」を出て

2008-05-21 23:41:31 | Weblog
新しい仕事の雰囲気に少しなじんできて、今日は久々に泳ぎに行く。体重計にのると、やはり体感体重(?)どおり、1キロプラス。異動のバタバタで10日ほど運動をさぼっていたのがよろしくなかった。がんばらなければ!!!

水泳は肩こり解消にもよいし、何より水の中をすべるような感覚が本当に気持ちいい。小さい頃習ってなければ、いまも泳げなかったかもしれないなあと思うと、物心付く前に有無を言わさずプールに放り込んでくれた母に感謝。

何事もそうだけど、自分からやったこともイヤイヤやらされたことも、なんだかんだいって身についているもんだなあと思う。すべては経験値。特に仕事は、「させていただくもの」という思いを年々深めているので、「いまはこれを経験すべきことなんだな」と、絶妙の天の配剤を深く深く信頼している。一方で、自分で「こうしたいな」と思うプロジェクトがあっても、それは自分のためにやりたいことなのか、世のため人のためにどんな役に立つのかというスクリーニングが必要で、自分のエゴがどこまで混じっているのかということが心配になる。

新しい場所へ移って非常に新鮮な気分なのは、これまでの慣れた仕事も楽しかったけど、やはり「ぬるま湯」状況に倦んでいた部分もあったから。新しいことを覚えるのはやっぱり楽しい。このあいだ美容院で雑誌をめくっていたら、マドンナの言葉が心にガツンと飛び込んできた。「自分の快適空間を出て、新しいことに挑戦することが大事」。ホントに、わたしはこうして放り込まれないとあんまり自分から動かないので、今回の異動はとってもよかったと思っているのであります。



Let it be

2008-05-17 01:26:27 | Weblog
新しい部署への引越しもおわり、今日で2日め。正確には、1日半。いやはや、前のところでは6年半もいたこともあり、仕事は慣れていたし、人間関係のストレスは少なかったので、新しいところではかなり気を遣ってしまいぐったり。まあ、でもこれくらいの試練がなければ、本当にこのところ周りがみんなやさしくしてくれるから、ますますわたしは自分に甘くなってしまうもの。

だけど神様はやっぱりやさしくて、乗り越えられないような試練は決してお与えにならない。要所要所にやさしい人を配置してくれていて、そして配属も実によきに計らってくれた。本当に感謝。こんな至らないところばかりのわたしに、こんなにやさしく、よくしてくださっていいんですか?と思うほど。頂いたやさしさは他の人へと循環させて、与えられた仕事はよりよいものにしていく努力!

尊敬する友人Mさんからビートルズの“Let It Be”の歌詞にマリアさまが出てくるよと教えてもらって、♪Speaking words of wisdom Let it be♪くらいしか知らなかったけど、改めて味わってみる。なすがまま、というような「流される」のでもなく、その状況を天に任せてみること。すべてはよきに計らわれるからというのは、いまのわたしでなければ心には届かなかった。たしか高校生のときの音楽の教科書に載っていたと思うのだけど、あの頃からずいぶん遠くまできたけれど、今生のいまがいちばん幸せ。この思いは、年を重ねるごとに深まる一方だ。





Faith

2008-05-14 19:33:48 | Weblog
GWが明けて、いよいよ新天地へ!

机の荷物を整理しながら、いつもなら湧いてくるはずの感傷めいた思いが、今回は不思議なほど、ない。たぶん、1か月半以上もの心の準備の時間があったからか、I'm readyという感じ。神様が素晴らしい「タイミング調整」の時間を設けてくださったおかげで、ここ半年くらいに起こった出来事を振り返り、その意味と自分の成長をかみしめ、起こったこと、出会った人すべてに感謝でいっぱい。すべては完璧なベストタイミングで、すべてはよきに計らわれている。もう、このアファメーションを呪文のように繰り返している昨今。

妹がこのあいだ歌ってくれてから、いまさらながら気に入っている平原綾香のJupiter。


♪夢を失うことよりも悲しいのは 自分を信じてあげられないこと
 愛を学ぶために孤独があるなら 意味のないことなど起こりはしない♪


これまでは時々不安になる「思いグセ」があったけど、♪この宇宙(そら)の御胸に抱かれて♪いる心地よさを知ると、自分がつくりだしているだけの不安も心配もすっと消えていく。「信 Faith」がぐらつかない→「凛となる」のかな。そんな気がする。信と凛。今年のテーマです。




どんな空でも

2008-05-01 19:26:33 | Weblog
待てば海路の日和あり。Everything comes to those who waits.

大学時代、めっちゃめちゃ怖い教授が、ボソッと教えてくれた。19世紀のヨーロッパ外交のクラスで、ビスマルクの戦略について習っていた。英語のテキストを英訳する予習が大変で、おっかなびっくり訳を発表すると、ものすごく不機嫌そうな表情で「君たちは本当に英語を勉強してきたのかね」とイヤミが飛んでくる。泣きそうになりながらも、めげずに最後まで通ったので、いまだに大学時代の友達が「よくがんばってたよね」と称賛してくれる。その教授のあまりにも高飛車でイヤミな態度だったため、当初100人くらいが集まったそのクラスは最終的に4人しか登録しなかった(わたしは教授の態度より学びたいものを優先してしまった)。よっていつも授業は教授の研究室でゼミ状態で行われていた。

あるうららかな日の午後。授業のあいだに、自分が書いている本の編集者からの電話に横柄な態度で応対し、叱りつけてガチャンと電話を切ったので、われわれはその不機嫌オーラに気押され、うつむいているしかなかった。するとしばらくして、紅茶を飲みながら教授は急にやさしくなり、「君たちは物事がうまくいかないときにはどうすれば一番いいと思うかね」とたずねてきた。が、うっかりしたことを言ってイヤミを言われるのを恐れて、みんな黙っていた。すると「待つことだよ。『待てば海路の日和あり』ということわざもあるだろう。待っていれば状況は変わるのだ。ビスマルクだって、行動を起こす時は時期が来るのを待ったのだ。待つことができることが名将だ」とかなんとか、細かい言い回しは正確ではないが、そんなようなことをおっしゃったことを覚えている。「だから君たちも、この先人生でうまくいかないことがあったら、じっと待つことだよ。そしたら状況が変わってくる」と。

そのときは、「今日はなんでこんなにやさしいんだ」ということに動揺して、「妙にやさしかったですね」などとクラスメイトとひそひそと話しながら帰ったのだが、社会人になってから思い返すと、味わい深いことばだなあと思う。ふだんはのんびりしているくせに変なところでイラチなわたしは、結論を急ぎたくて待てないことが多かった。相手の状況や気持ちも考えずに、「あの件はどうなりましたか?」と答えを急かして怒られたり、状況が変わるまで待つ、というのはかなり拷問に近かった。というわけで、こんなにいいアドバイスをいただいておきながら、待てなくて失敗することは本当に多かった。それから徐々に学んで、相手の状況をうかがったり、多少待てるようになった昨今、またこのことばを実感するようなことがいくつかあった。すすめたいと思っていたことがもやもやとした状況になり、どうすればいいんだろう?と思っていたところ、とにかくすすめるべきならすすめるというGOサインがくるだろうし、物事が動くのにはタイミングがあるからしばらく待とうと思ってじっとしていた。そしたら、ある日ふと状況が動いた。ああ、こんなふうに物事って動くんだなと思うと同時に、待つことができるようになった自分がうれしかった。昔のわたしなら、なんとかして状況を動かそうとして、空回りしただろうから。

この変化は、物事は自分の力だけで進むものではないとわかったことが大きいのかもしれない。自分の都合だけでも動かないし、いろんな条件が揃って物事はすすむものだ。たとえば小さい頃楽しみだった運動会や遠足だって、お天気がよくないと延期されたように、自分たちがいくら「こうしたい」と思っていても、そういう時期じゃないときにはうまくいかない。だけど「停滞している」ように思えるのはそう長い時間じゃなくて、必ずまた状況は動き始める。それがわかってくると、待てるようになった。待てなかったのは、それは「何でも自分の力でどうにかなる」という傲慢があったから。天の配剤は完璧なのに、それを信じられなかったということだろう。

いまは焦りでイライラしそうになるたび、つぶやいている。「すべてはうまくいっている」「すべてはよきに計らわれている」――ホントに、すべてはperfect and divine orderだから、「天にゆだねる」ことを覚えて、人生は以前よりずっと楽に、そして起こることすべてに感謝できるようになったように思います。♪いつしか晴れるよ どんな空でも♪→コブクロの歌が、いまのテーマソング!