タケちゃん(玉朗ちゃん)には、私が1995年、身の丈を超えて小説を頑張りすぎて、(それと、あの頃世の中で起こったことに多大なダメージを受けてしまい... あと、Kちゃんとの別れもこの頃...) こんな感じで 神経を(心を)傷めてしまったあとにも本当にお世話になって、助けてもらいました。 (籠りモードの只中に...)一緒にディズニーランドに遊びに行ったり(気分転換は大事... ch ch ch changes~♪♪)、鬱っぽく元気のなかった私に、宝塚市の手塚治虫記念館に行ってきたお土産で「これ、婚約指輪だよ」って言って、鉄腕アトムのモチーフのシルバーの指輪をくれたのを想い出します...(宝物でした.... ココロのお護りでした)
とても元気が出たし、そして、タケちゃんの思いやりが、とてもありがたかったです.....
アトムの指輪=ヒーローの指輪
太古の地球、人類の祖先である類人猿の目の前に姿を現したモノリス。
それを目にしたヒトザルは、動物の骨を道具として使うことを覚える。
骨は空を跳び、その姿はやがて宇宙船に・・・。
有名な、『2001年宇宙の旅』のオープニングです。
モノリスとは、人の知恵の象徴、アイデアの象徴なのでしょうか?
1968年に公開された、SF映画の金字塔といわれるこの映画は公開後半世紀ほど経った今もなお、謎の多い作品といわれています。
私が、『2001年宇宙の旅』を初めて観たのは、中学生の時。
学校の体育館で全校生徒を集めて上映会をしたのです。
先生が、「この映画はすごく難解だから、実は先生もこの映画が何を意味するのか未だに解らない。」という挨拶をして、上映会が始まりました。
子供心の素直な感想は「シュールだなぁ・・・。」でした。当時私は映画自体あまり観たことがなく、覚えているのといったら、小学生の時に父親を抜かした親子4人で観た、『さらば宇宙戦艦ヤマト』くらいでした。その時うちの母が、「なんでさっきまでボロボロだったヤマトが、すぐピカピカに戻ってるの~!?ゲラゲラ!」と笑ってたのを思い出します~・・・って、ヤマトの話じゃなくて、2001年宇宙の旅でした・・・(汗)やはり、わけがわからなくて、ただ、その映像の美しさにうっとりしました・・・。
今考えると、この映画って、映像的ドラッグのような要素も持ってると思うから、中学生に大っぴらにこんな映画を見せていいのだろうか?と思いますね(^_^;)
その後の人生で、いろいろ『2001年宇宙の旅』の監督である、スタンリー・キューブリックについて調べたのですが、びっくりしたのは、あの手塚治虫氏が、キューブリックに「スタッフとして参加しないか?」と誘われていたという事実。
アメリカで放映されていた『鉄腕アトム』を目にしたキューブリックが手塚氏の才能に惚れ込み、『2001年~』のプロダクション・デザインをやってほしいと依頼したのですが、手塚氏は当時虫プロの社長だったので、「200人近くのスタッフを食わせていかなければならないから」と断ったという話でした。
手塚氏がスタッフとして関わった『2001年~』もすごく見てみたかったですよね・・・。
「ヒトザルは、知恵を持つことにより、肉食となり、最初の殺人を犯す」
それを目にしたヒトザルは、動物の骨を道具として使うことを覚える。
骨は空を跳び、その姿はやがて宇宙船に・・・。
有名な、『2001年宇宙の旅』のオープニングです。
モノリスとは、人の知恵の象徴、アイデアの象徴なのでしょうか?
1968年に公開された、SF映画の金字塔といわれるこの映画は公開後半世紀ほど経った今もなお、謎の多い作品といわれています。
私が、『2001年宇宙の旅』を初めて観たのは、中学生の時。
学校の体育館で全校生徒を集めて上映会をしたのです。
先生が、「この映画はすごく難解だから、実は先生もこの映画が何を意味するのか未だに解らない。」という挨拶をして、上映会が始まりました。
子供心の素直な感想は「シュールだなぁ・・・。」でした。当時私は映画自体あまり観たことがなく、覚えているのといったら、小学生の時に父親を抜かした親子4人で観た、『さらば宇宙戦艦ヤマト』くらいでした。その時うちの母が、「なんでさっきまでボロボロだったヤマトが、すぐピカピカに戻ってるの~!?ゲラゲラ!」と笑ってたのを思い出します~・・・って、ヤマトの話じゃなくて、2001年宇宙の旅でした・・・(汗)やはり、わけがわからなくて、ただ、その映像の美しさにうっとりしました・・・。
今考えると、この映画って、映像的ドラッグのような要素も持ってると思うから、中学生に大っぴらにこんな映画を見せていいのだろうか?と思いますね(^_^;)
その後の人生で、いろいろ『2001年宇宙の旅』の監督である、スタンリー・キューブリックについて調べたのですが、びっくりしたのは、あの手塚治虫氏が、キューブリックに「スタッフとして参加しないか?」と誘われていたという事実。
アメリカで放映されていた『鉄腕アトム』を目にしたキューブリックが手塚氏の才能に惚れ込み、『2001年~』のプロダクション・デザインをやってほしいと依頼したのですが、手塚氏は当時虫プロの社長だったので、「200人近くのスタッフを食わせていかなければならないから」と断ったという話でした。
手塚氏がスタッフとして関わった『2001年~』もすごく見てみたかったですよね・・・。
「ヒトザルは、知恵を持つことにより、肉食となり、最初の殺人を犯す」
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