PLANET LULU GALAXY!

ルルの日記

ときめく春のYouTube♪(愛と奇跡を持続させるものは“信じること”)

2007-04-24 15:30:48 | 音楽
「人間関係とか恋って、頑張りすぎない方がうまく行くんだと思う。」

と言った、私と同じく“ときどき多幸症にかかる”女友達の言葉を思い出す・・・。

数ヶ月前に私がへそを曲げて以来会ってない彼女と仲直りしたいけど、また傷付くことを怖がってるわたし。。。
(この前369に行ったとき、「彼女気にしてたよ。」ってHさんに言われちゃった...)

結局、その後、T君から(彼の真意が伝わる)お便りが来たし・・・
(彼と育んだ絆を信じてればそんなことはなかったはずなのに、)私が疑心暗鬼になった結果、全部を彼女の言葉のせいにしてしまったのだと思う・・・(T君とは、私が人形学校時代にとても仲良かった“オネエキャラ”の友達です☆)

ギリシャ神話にこんな話がありました。(←ほんとはウィキペディアの解説の方が良かったかもしれないけど、相変わらず貼付けられないので、第二候補を貼り付けました☆)

・・ちなみに、その女友達、Aちゃんからもお便りもらったんだけど。。(ドアをノックしてもらってるのに自閉することが多いわたし・・
とにかく、私は、いろいろな方にすごく優しくしていただいてると思います・・・。
(ありがとうございます・・m(__)mそしてゴメンナサイ。。


CHANGES(切り換え☆)→どうやら、またお仕事もらえることになりそうです・・!!(ばんざーーーい!!!)(ダンナさんの元居た出版社で・・・!!!!!)(さっきダンナさんから電話がありました!!)


ナノ(猫)が今ルルの足元にぺにょんと甘えてきてるんだけど、猫も春になると多幸になるのかな・・??(^_^;)
あの頃から苦節何ヶ月。ナノちゃんの愛を取り戻せてホント嬉しい~~
最近、ナノはルルのことがほんと好きみたいです・・・(四六時中にゃあ~~にゃあ~~と甘えてまとわりついてくるのダ!!←キッチンに立ってる時とか大変・・笑)
(やっぱり素朴で継続的なお世話が絆を作るのね・・うふっ


仕事のことは、またどんでん返しがあったらイヤだけど(←基本的にはネガティヴマシーン。。)
私にはわかる・・!!!
行く先にはフェアリーテイルが待ってるゼ!!!


仕事のこと電話で聞く前からアップしようとしてたYouTube動画たちをペタリします!!
題して〈ときめく春のYouTube


Life
The Cardigans
Stockholm

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The Cardigans - Carnival
↑恋をすると聴きたくなる、ルルの多幸症テーマ曲(?)“素敵すぎて我慢できない”ってコピーがぴったり
以前、“お気に入りジャケ”のテーマで記事をアップしたことが・・・。


Foxbase Alpha
Saint Etienne
Warner Bros.

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↑アルバム「Foxbase Alpha」にはニール・ヤングの70年代のヒット曲“Only Love Can Break Your Heart”のカヴァーが入ってます♪(グラウンド・ビート風にアレンジしたメランコリックなカヴァーとのこと・・。←ブックレットの解説がいいカンジだったのでそのまま書きました・・
Saint Etienne - Nothing Can Stop Us
↑春になると聴きたくなる、ルルの多幸症テーマ曲(?)その2サラちゃんの動きがめちゃ可愛い~~

カーディガンズのVo.の“ニーナ”とセイント・エティエンヌのVo.の“サラ”、私にムスメが生まれたら、彼女たちの名前を付けようと思ってました・・・・でも、ニーナはもうニンテンドッグスのわんこに付けちゃったから。。(←ふとどき。。)


Vanessa Paradis
Vanessa Paradis
Polydor

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↑ヴァネッサが当時恋仲だったレニー・クラヴィッツのプロデュースのもとリリースしたアルバム☆ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“I'm Waiting for the Man”のカヴァーも入ってます♪
Vanessa Paradis "Be My Baby"
↑20歳頃ヴァネッサのファッションにも影響受けましたオゾンコミュニティetc.で70年代フォークロアなアイテムを揃えて、チョーカー&ショートパンツ&編み上げブーツで再現
今、ヴァネッサはジョニー・デップの奥さんであり、彼との二人のお子さん、リリー=ローズ・メロディちゃんとジャック・ジョン君のお母さんですね・・・(私より1個年下なのに立派です。。。・・・私も多幸症とは言っても自分の年を考えて自重します・・


追記:改めて調べてみたら、ヴァネッサ・パラディ、私と同い年でした~~。。
ちなみに、ロマーヌ・ボランジェと宮沢りえちゃん(←muse氏のページからいただきっ♪ぶっとび~~☆☆死語連発注・“ぶっとび”とはルルの大好きなりえちゃんがまだモチモチの頃言ってたコトバです...)は1個下、シャルロット・ゲンズブールが1個上・・・。
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We're Gonna Have a Real Goodtime Together

2006-12-31 15:10:36 | 事象への想い
子供が生まれたら、お母さんが、お父さんが私にしてくれたように、小さい頃からたくさんの絵本を買ってあげたいと思う。

箱根の保養所で読んだ絵本、ロシア民話の「ゆきむすめ」がすごく心に残ったのですが、
この話について思うことはいろいろあるので、今日はサラッと・・・。

愛する対象が、ある日突然、雪のように消えてなくなってしまうこと、失ってしまうこと・・そういう可能性を知っているからこそ、(胸に忘れずにいるからこそ)人を愛することができるのだ・・と思う。

ゆきむすめ―ロシアの民話

ビリケン出版

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↑私が保養所で読んだのは、福音館のものでしたが、福音館版の表紙は、手塚治虫の「どろろ」の百鬼丸みたいな(!?)感じにも見えて、それがもの悲しく、せつなくて、私はほんと心を打たれてしまった。。上記のビリケン出版のものも読んでみたいな・・。

「ゆきむすめ」は、“いじめ”というものの構図、そのことによって命を失うこと・・残酷な人間界の有り様が描写されていると思うのだけど、“ゆきむすめ”が消えてなくなって、その後、残された老夫婦のエピソードが描かれていないことがすごく気になる・・。

思い出したのは、パティ・スミスとMC5のギタリスト、フレッド・スミスのこと。
パティはフレッドと結婚してからしばらく、音楽シーンから離れ、子育て、主婦業に専念してたそう・・。
29歳でデビューしてから、あんなに激しくアーティスト活動をしていた彼女がそれほど潔く家庭に入る・・というのがすごく意外・・という気もするが、実はそのパティの生き方が私の中のフェアリー・テイルでもあったのだ・・。

ウェイヴ
パティ・スミス・グループ
BMG JAPAN

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パティはトッド・ラングレンプロデュースのアルバム「WAVE」の中の、最初の曲“フレデリック”で、夫、フレッド・スミスへの愛を歌っている・・。(「WAVE」は私が18歳の時にいっとう最初に手に取った、買い求めた、パティ・スミスのアルバムでした・・。)

そして、パティは、1994年にフレッド・スミスを心不全という突然すぎる形で失って、その後、アーティスト活動を再開する・・。(夫、家族、人間への愛を、もう一度歌うため・・?)

最近ダンナさんが冗談で、(私があんまりワガママを言ったり、ダンナさんがいろんなところに引っ張りだしてくれるのをブウブウ文句を言ったりすると、)「チョモさん、あの時は楽しかったねぇ・・って言うときがきっと来るよ。それを、黒い枠に入った写真に話しかけてたりして。。」とか、ちあきなおみの“喝采”のようなことをいうのだけど、その時はゲラゲラ笑うのだけど、後になってシミジミと「ダンナさんを大切にしよう。この時を当たり前だと受け流すのはやめよう。」と思う。

YouTubeには、パティ・スミスの“フレデリック”のMVは無かったのですが、見つけて「ワオっ♪♪」っと小躍りしてしまった曲

↓パティ・スミスによるヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァー“We're Gonna Have a Real Goodtime Together”を貼り付けますね~~☆☆


Patti Smith - We're gonna have a real good time

それでは皆さま、良いお年を~~
来年も一瞬一瞬、大切な時を共に過ごせたらよいですね・・・
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「Tears」Man Ray

2006-05-29 10:12:30 | アート
私の大好きなアーティスト、マン・レイ(Man Ray 1890~1976)の作品「Tears」です。
モデルは当時のマン・レイの恋人で、“モンパルナスのキキ”と呼ばれ、藤田嗣治を始めとするパリの画家たちのアイドルだった、自由奔放な恋多きモデル、“キキ”だと思います。

私は、1920年代をとても素敵な時代だったであろうと、1960年代とともに憧れているのですが、ニューヨーク出身のマン・レイは、その1920年代にフランス・パリの芸術界で当時起きていたダダイズム、シュールレアリズムの波と共に有名になりました。彼は、1960年代のアートシーンで時代の寵児になったアンディ・ウォーホールとよく比較されます。

私はマン・レイの「Tears」がすごく好きで、自分の部屋にポストカードを飾っていました。

「Tears」は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに多大な影響を受けた80年代のバンド、〈ギャラクシー500〉から枝分かれした男女デュオ〈デーモン&ナオミ〉のデビューアルバムのジャケットに使われたと記憶しています。
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LULU's Velvet Ranking

2006-05-22 19:09:53 | 音楽
ナチュラルボーン・おせっかい、称して〈NBO〉のLULUと言います。こんにちは~♪♪
ダイジョブですよ!もう荒くれていませんよ!
いつも太陽に向かって笑顔をふりまくルルチャンなんですよ~!

なんてアホな前置き、失礼しましたm(__)m
この記事の前にアップした THE BEATLES 「ABBEY ROAD」の中の曲、ジョージ・ハリスン作の「Here Comes The Sun」は、全ての人に、そして私にも、光がさしてくるように、光がふりそそぎますように・・・という私の祈りです。(私は自分自身教という土着型宗教を信じています・・・。)

今日は、もう先週中からアップしようと思っていた記事です。
ルルの“疾走する過去へのケジメ記事3連作”(←?)の最後の作品です。
題して、ルルのヴェルヴェットランキング~~~~!!!!!

(しーーーーーーーーーーん)

・・・・ハイっ!
つかみはOKでしたね。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、いつからその名を知ったのかはすでに忘れてしまうくらいに、私の血となり肉となり、共に生きてきたバンドだと思っています・・・。
20歳頃、ヴェルヴェットのカバーバンドでドラムを叩いてました。モーリン・タッカーに影響を受けた木魚のようなドラムでした・・・。
実は、うちのダンナさまもヴェルヴェットのコピーを演るバンドで、ドラムを叩いていたそうなのですが、テクニック重視だと思っていたダンナさんの過去としては、私はすごく意外な気がしました・・・。
ペラッペラの音の中に見出せるのは、斬新なアイデアに満ちたアート性の高い唯一無二の実験型ポップミュージック(←ルル命名)なのです。
今までにいろいろなヴェルヴェットフォロアーバンドが出てきたのですが、それらのどのバンドもヴェルヴェットを超えることができなかったと思います。
これぞ60年代に燦然と輝く、金字塔的アートロックバンド!!!
なんて、べた褒めしてますが・・・、ではランキングに・・・。

まず1位から、
「LOADED」
Loaded
クリエーター情報なし
Warner Strat. Mkt.

*ルルのジャケ趣味を見抜いていらっしゃる方は、「なるほどね~。」「まんまじゃん!」って思われるかもしれませんが・・・。
やぁ、この柔らかい楽曲の数々は一体なんなんでしょう???
あの、ナイフみたいに尖っていた(←?)触れれば身が切れるような意地悪な前衛性は、(少なくとも表には)見えてきません・・・!なんか、意外なヴェルヴェットの一面と言う感じで、明らかに他のアルバムとは毛色が違うのですが、私はものすごく好きです!ヴェルヴェットのど真ん中がお好きな方はもしかしたら意見が違うかもしれませんが・・・。一曲目“Who Loves The Sun”は、南国ムードもしくは春の日差しのような、優しげな曲です。(でもこの曲を作った人はきっと意地悪だけど・・・笑)二曲目“Sweet Jane”は、ボーカルにシニカルな印象は感じるのですけど、少なくとも眉間にシワがよってしまうような曲ではありません。この曲もすごく優しげです。三曲目“Rock &Roll”は、この曲を創ったルー・リードの精一杯のサービス精神が伝わってくる、気持ちのいいその名の通りの爽快なロックンロールナンバー。(←ト云う、ベタな表現がとても似合います。)「なんだ、ルーって、けっこういい人なんじゃないの~?」と気持ちがほだされてしまいますね~(^_^;)なんて思ってたらきっと痛い目にあうんですよ~泣
その後も、いい曲が続き、肩の力を抜いて聴ける一枚だと思います!
ヴェルヴェット慣れしていない人はこのアルバムから聴いた方がいいのでは?と思いますが、でもこれを聴いてもヴェルヴェットが理解できるということにならない、ひじょうにヴェルヴェットの作品の中では特殊な作品だと思います。
しょっぱなから長くなってしまった・・・汗

そして、二位、

サードアルバム「THE VELVET UNDERGROUND」

The Velvet Underground
The Velvet Underground
Verve

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*出だしの“CANDY SAYS”は、私がほんとうに好きな曲です。何度繰り返し聞いても、そしていつ何時聴いても違和感を覚えない、本当に自分自身に密着した曲だと思います。たいへん静かな曲です・・・。
そして、次の曲、“WHAT GOES ON”に至る展開がとても好き!この曲は、私のかなり好きな女優さん、大塚寧々が出ているNHK系の文化番組のオープニングテーマとして使われていましたが、なんか、大塚寧々とこの曲がほんと似合ったなぁ・・・(うっとり)今、よく語られる“文化系女子”として、渡辺満里奈、緒川たまき(←この人のことも相当好き)の名前が出てきても、なぜ大塚寧々の名前が出てこないのか?というのがすごく不思議です。・・・なんて、話がそれてしまいましたが、九曲目の“THE MURDER MYSTERY”は、ほんと素敵な悪夢が見れそうなとても不思議な曲。なんか変なんです!(笑)
そして、そして、十曲目、最後の曲、“AFTERHOURS”、これ歌ってるの、ドラムスのモー・タッカーなのかな?なんか、写真で見るとモー・タッカーってオバさんっぽいけど、この声は、何でこんなに可愛いの~~?!萌え~~~!!ってカンジなんですけど・・・!それとも、他に不思議の国のアリスのようなかわゆいロリータ少女を連れてきて歌わせてるのかなぁ?(笑)

次は、三位!

「THE VELVET UNDERGROUND&NICO」

The Velvet Underground & Nico

A&M

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*すみません・・・。ここでやっとバナナが出てきます。
主にヴェルヴェットのカバーバンドでは、このアルバムを中心として演っていたので、思い出深いはずなんですけどね・・・。
一番好きなのは八曲目“THERE SHE GOES AGAIN”、この曲を叩いてるときが一番楽しかったです!ほんと気持ち良かったですよ~!早くこの曲叩きたいなぁって常に思ってた(笑)私って基本的には元気目の曲が好きなのかなぁ・・・?(笑)
十一曲目の“EUROPIEAN SON”は、サーストン・ムーアがカバーしてたけど、ヴェルヴェットの編み出した、ノイズ・ミーツ・ポップミュージックをサーストン・ムーア解釈で演奏しているのでしょうけど、きっとヴェルヴェットへの愛が勝ちすぎちゃって、割りと原曲の手法を正しく守っているので、ヴェルヴェット大好きのノイズ小僧によるカバーといった感じで、やはりヴェルヴェットは超えられてなかったように思います。でも、サーストンって可愛い~♪

その次は、四位!

「WHITE LIGHT/WHITE HEAT」
White Light White Heat
クリエーター情報なし
A&M

*私が居たバンドのリーダー的な存在だった、サイケ専門のレコード屋の店長さんであるHさんは、ヴェルヴェットのアルバムで、これだけ持っていなかったみたい・・・。それだけ“嫌い”だったみたいなのですけど、実は、当時私がヴェルヴェットの中で一番好きだったアルバムはコレでした~!一番うるさくて、ロックっぽい気がしたんですよね。
しょっぱなの曲、“WHITE LIGHT/WHITE HEAT”は、また空耳ばなしで申し訳ないのですけど、タ◯リの番組に採用されてましたよ!空耳の内容は、「お医者さん、お医者さん、うちの子診てくれ~♪♪」(笑)

そして、五位!

「ANOTHER VIEW」
Another View
The Velvet Underground
Verve

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*ファーストアルバムの“バナナ”に次ぐセカンドアルバム。
ロックバンドにとってのセカンドアルバムってすごく難しいですよね。
例えば、同じNY系で、VUの後継者とも言える、テレヴィジョンのセカンドアルバム「アドヴェンチャー」なんて、ほんとケチョンケチョンに評価されたみたいですもんね・・・。・・・私のトム(・ヴァーレイン)をいじめるなよ!
うーーん、今聴いてますが、ヴェルヴェットのセカンドはどうだったのかなぁ・・・。失敗?成功?“ルー・リードの原点である”とCDの帯に書いてありますが・・・。
でも、一番最後九曲目に、「LOADED」にも入っている、ルーのサービス精神、芸(ゲイ?)人魂炸裂の曲である“ROCK AND ROLL”が入っているので、良しとしましょうよ!終わりよければ全て良し!

・・・のはずだったのですが・・・5月23日追記、ゴメンナサイ・・・、また失敗しました~「ANOTHER VIEW」は、“未発表曲”第2弾ってことだったみたいです~セカンドはたしか「WHITE LIGHT/WHITE HEAT」でしたよね・・・。このアルバムの最後の曲は“SISTER RAY”です。この曲も訥々としていますが、17分以上の大作!ヴェルヴェット初期の気骨を感じさせる大変な名曲です(オチませんでした~エーン!)
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楽器バトン

2006-03-28 22:46:27 | Weblog
oceanさまに優しいアドバイスをいただいて、新しい記事を書く気持ちになりました・・・。oceanさま、取り乱した文に、優しくお答え下さって、ありがとうございましたm(__)m

ほうけてしまい、テーマが出てこないので、くっぞこさまからいただいていた楽器バトンをそろそろ書こうと思いました。
でも、「継続は力なり」というoceanさまのお言葉を裏切ってしまうような私の楽器歴・・・。く、く~!(T_T)でも、くっぞこさんのようなひねりの利いた笑いをあみだすような機智は私はもちあわせてなく・・・。それでは、私の専売特許である、“バカ正直”を用いて答えさせていただきまする~・・・。

Q1:あなたのやっている(やっていた)楽器と楽器歴を教えてください。

ピアノ。ドラム。

ピアノ=まず幼稚園から、ヤ○ハ音楽教室に通ってました。音楽教室の先生って、なんであんなにヒステリーな人が多いんだ~・・・!!!少しでも音が揃わないと幼児相手に、泣く、叫ぶ・・・。コワカッタヨ~!!!(でも、うちの次兄の奥さまもピアノの先生なのですが・・・。岡田奈々似の明るいヒトです・・・。)
やな思ひ出→「ルルちゃん、おしっこ我慢してるんでしょ?」と聞かれ、幼児に芽生えたばかりのプライドが許さなくて、「そうです。」と言えず、ずっと我慢・・・。しかし我慢しきれず、他の幼児の前で見事におもらしをしてしまった・・・。頭の中が真っ白になった。世界が終わったと思った。ひそひそと「我慢してたんだね~・・・」という周囲の幼児のささやき声が人ごとのように遠くに聞こえた・・・。世の中の先生方!!幼児の自尊心を甘く見ないでください!!!でも、先生は優しくおトイレでお世話してくれました・・・。(厳しかったのは音楽に対してだけだったのかな?)
その後、小学生になってから、個人宅のピアノ教室に籍を移す。
しかし学校での学級委員長業での、独裁政治にて手腕を振るう?ことにはまりこんでた私はロクに練習をせず、ピアノの先生にも呆れられる。
結局6年間で、バイエル→ツェルニーくらいまでしかいけず、発表会で、自分よりも幼い子たちより、幼稚な演目しか弾けないことにプライドが傷ついた(←じゃあ、練習しろよ~!)
中1頃に、ピアノ教室はやめる。
その後、なぜかNHKの「大人のためのポップス講座」の教則本で「ラブ・ミー・テンダー」を練習。初恋の人の家で披露するが、初恋の人は、シューマンのなんたらかんたらを弾けちゃうような、私とは比較にならない上級者だった・・・(汗)負けた~(T_T)

ドラム=20歳の頃、ふと思い立ち、ロッキン・オンのバンドのメンバー募集に応募。
「ヴェルヴェットアンダーグラウンドのコピーをやります。」との・・・。
歌は音痴で歌えないので、では、ドラムで・・・。
スタジオに入る時は緊張して、一杯ひっかけないとやってられませんでした・・・。
一杯ひっかけて、だいぶ陽気になってからスタジオに・・・(←「学問ノススメ」のたけし似)
ツインギター、ベースレス。
リードギター?のHさんは、中野のレコード屋の店長さんで、10歳年上。ヴェルヴェットのコピーをやるといって、メンバーを募ったくせに、あまりヴェルヴェットはお好きではなかったようで、突然、ストゥージースのサーチ&デストロイのフレーズを狂ったように弾いたりするので、みんな困った顔をしてました(^_^;)
サイドギターのTさんは、2歳年上の4AD好きのシューゲイザー。Hさんが、「Tくんって練習しないんだも~ん。」と私にグチを言っていた。どうやら同棲中の彼女に手を焼いていて、それどころじゃなかったらしい・・・。
ボーカルのS嬢は3歳年上、通称弁当屋のNICO。なぞの多い人だった・・・。

そんなこんなでしたが、なんとなく居心地が悪く、「ルルさんってシド・バレットとか大江慎也っぽいよね~。」とかそんな風に思われてるのもイヤで(新派の方ごめんなさい。)「やめる」と告げて、電話で、「何でそんなにやる気がないんだ!」と説教されるも、脱退。

〈おまけ〉
ギター=長兄に17歳くらいの時教わる。The Whoの「My Generation」だけ弾けるようになった。
ベース=次兄に19歳くらいの時に教わる。メスカリンドライブの「(GIVE THEM A)BIG BREAK」だけ弾けるようになった。
(どっちも今は忘れてると思うけど・・・。)

Q2:あなたがその楽器を始めたきっかけはなんですか?
あわわ。。。上に書いてあります・・・。

Q3:もっとも影響を受けたミュージシャンは誰ですか?(複数回答可)
モーリン・タッカー→真似できそうだったから。 

Q4:あなたが楽器を演奏していてよかったなぁと思ったときのことを教えてください。
自分は今男前かもしれない。と思ったその瞬間。

Q5:もし生まれ変わったらどんな楽器をやってみたいですか?
マグマのクリスチャン・ヴァンデのように、空気椅子でマッチョなドラムを叩きたいです。

Q6:あなたのメイン楽器パートでソロを弾く(吹く)ときの手癖は?
手癖が生まれるほど練習しませんでした(T_T)

Q7:楽器の目標
照れないで、自分の言葉のように自由に楽器を操れたらいいなと思います。その前に練習!!!ですね・・・汗

Q8:回す人
どなたか、持ってってくらさ~い・・・m(__)m

oceanさま、こんなに情けない私でごめんなさい~~(T_T)
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小説(無題)

2006-01-30 16:40:16 | 小説
 それは、いつか会ったことがある少年の顔だった。

 彼女と僕が出会ったのは電車の中。
 僕の20歳の最後の日と21歳の誕生日のはざまに彼女と出会った。
 
 いつか会ったことがある少年の顔だった。


 
 僕は、島で生まれた。
 
 根拠も理由もない、傲慢な意味なき自信に満ち溢れた、嫌味な子供だった。

 それは、四方八方からその場所を取り囲む、のん気にも、不気味にも見える、凪
いた海のせいだったのだろうか・・・?

 とにかく、毎日僕は、海を見ていた。

何も動かない、何もやってこないように見えるその海は、外側から僕の自信を支えていた。

 四兄弟の内の、いくぶん年の離れた末息子だった僕は、家の中の、上にいる男たちの権力におびえながらも、その分外ではその権力に守られ、強く出ることができた。
 根拠のない自信とは、そこらへんから生まれたのだろうか?

 僕は、狭い島の中の、極小な少年の社会の中では、自信に満ち溢れた権力者だった。
 友人はいなかった。でも僕は、権力者の立場にいるだけで満足だったから、友人はいらなかった。


 彼は、ハードルの選手だった。
 小鹿のような、しなやかな肢体。向かい風をうけながら、空気を動かしながら、ハードルを乗り越えて、走りぬけていく。
ゴールに着いた時には、満足げな笑顔を浮かべた。
あふれんばかりの笑顔。少しの屈託も感じられない。
一体なんで、あんな顔ができるんだ?

 僕は、生まれて初めて、他人に羨望と嫉妬を覚えた。
 そして、生まれて初めて、家族以外の人に、興味を持った。

 彼は、権力などには、全く興味がない風(ふう)だった。
 ただただ感覚的に生きているように見えた。

 走る、越える。
 走る、越える。

 僕は、教室の窓から、ただ彼を見ていた。
 彼の体は、羽がはえてるかのようだった。
 ハードルを跳び越えるその瞬間、空にとけこむかのようだった。

 美しく、完璧な瞬間だった。



 中学2年生になったくらいから、僕自身を囲んでいた頑丈な外枠は、しだいに周囲ととけ始めていった。
 ハードル少年B(ビー)に興味を持ったことをきっかけに、学校の中に居る、他の人物にも興味を持ち始めたからだ。
 いろいろな人がいる。人は、個人個人いろいろな特性を持っている。ひじょうに興味深い。
 自分とはちがう、他人の中の世界に、興味をもち始めた。
 その内、友人すら出来始めた。これは、悪くなかった。案外。
 時間が止まったかのような、小さな島の中の、小さな子供たちの社会。(少し先の未来に来るであろう、学歴社会、競争社会の中のしのぎをけずる争いなどは、凪の中の海の遠くに見える、ぼやけたユーラシア大陸みたいなもんだ。)その中で、ひまつぶしをするには、一人よりも、多勢の方がすごしやすい。
 とにかく、僕にとって、この時期は、ものすごく楽しかった。

 Bはある時僕に言った。
 渡り廊下を、友達と談笑しながら歩いてる時、ポンと肩に手を置くやつがいた。
振り返ると、Bだった。
 ヤツは、例の屈託のない笑顔を浮かべながら、僕に言った。
 「君、丸くなったよね。その方がずっといいよ。」
 どうやら、彼も、僕を見ていたらしい。


 僕は、18歳の時に、その島を出た。
 何もかもが、飽和しはじめたからだ。
 家族の中も、島も、すべてが狭くるしかった。
 Bは、その島に、残った。




 僕は、20歳の時に、彼女と出会った。
 正確にいうと、20歳から21歳に移りかわるその間・・・。
 僕の視界に、彼女が映った時、ハッとしたのは、彼女がBに似ていたからだ。
 彼女は僕を見た。一瞬、目を見開き、口元をキュッとしめ、緊張したようだが、すぐに表情を崩した。
 「○○くんだよね!話は聞いてるよ!今日は、イン?アウト?私の方はアウト。人とケンカしてきたばかりなんだ!」
 たたみかけるように、一度に話し始めた。

 僕は、彼女の崩れた表情に、興味を持った。

 ところで、元権力者の僕の元にも来るべくして来る競争社会のことだが、僕にはくだらない争いのように思えたので(島育ちだし、本土のことは傍観的にみる。なんつって。)自ら、枠の外に出ることにした。僕はそんなことには、興味がない。
 東京に出てくれば思うことだが、このスバラシイ世の中は、何をしても生きていける。
 何でも受け入れてくれる」、スバラシイ都市、トウキョウ。
 出てきてよかった!あんな、小さくて息苦しい孤島から!
 スバラシイよ!人生ってスバラシイ!
 ただただ、アホウみたいに素晴らしい時期だ。10代から20代にかけて見た、桃源郷みたいに素晴らしい時代。(あぁここは、おぼろげに見えた、ユーラシア大陸?イヤ、僕はそれをさけて来たから逆側だね。ってことは、ここは、オージーか!?ドロシーがたどりついた、オズの国?!)
 モゥ、大陸さえ転がせそう。僕は、はしゃぎまくってた。調子に乗りまくってた。
 大学生だったし、島の実家が裕福なので、何も心配はなかった。

大学の授業が終わると、夜はクラブに行ったり・・・遊びまくってた。
学校に行かないで年上の友達と音楽バナシしたり?さすがトウキョウには、音楽にかなり詳しい奴等が集まってくるね。

 僕が音楽を聴き始めたのは、中学生の頃だ。
 その頃、日本ではYMOの全盛期だった。
 僕は、一番仲の良かった次兄の影響で、クラフトワーク、ディーボ、トーキング・ヘッズなどを聴いていた。同時に長兄がプログレッシヴロックを聴いていた影響で、キング・クリムゾン、イエス、ジェネシス、ピンク・フロイドなどの有名どころを聴いていた。あと、一番影響を受けたのは、フランク・ザッパだな。
 これだけでも、わかるでしょ?僕がサラブレッド並の偏屈人間として培養されたこと。

 僕が行ってたクラブは、80Sのニューウェーヴ、ネオサイケから、90Sのジャンク、オルタナティヴ的な音楽を中心にかけていた。(あとノイズなんかも・・・)
 それらは、僕のもろ好みってわけじゃないけど、なんか新しい世界って感じで、クラブの空間そのものに高揚した。
 
 彼女も、そのクラブに来ていた。
 週一回くらい、そのクラブで顔を合わせることになった。
 彼女は、ソニックユースとか、マッドハニー、昔の音楽だったら、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか、ストゥージースが好きだと言っていた。
  
 ソニックユースがかかると、彼女は音楽に合わせて踊り出す。
まるでハードルを跳び越える時のBの姿のようだった。森の中で、猟師から逃げまわる小鹿のようでもあり、音楽から追い立てられているようでもあった。

 僕は、島から出て来た、ダサい大学生だったけど、それもキャラクターだという自信はあった。だって僕は頭がいいし、島での元権力者という実績もある。正統な戦いをしなくても、ニュートンやアインシュタインやコリン・ウィルソンみたいに、中島らもや、フランツ・カフカやフィリップ・K・ディックみたいに、いずれは、伝記にもなる人間に成れると信じてた。

 その時のことを考えてみろ!
 今は、まだ、その序章なんだ!



 そのうち、彼女は、そのクラブのDJと恋に落ちた。


 わかってる。競争社会は幻想だと思ってるけど、人はとかく、その幻想にまどわされやすいものだ。
 王道の競争社会は、避けて通ったけれど、他の道でも競争なんてある。いくらでもある。

 彼(DJ)は、僕が一目置く存在だった。年は同じだったけれども・・・。
 見てくれがかっこいいってわけじゃない、きっと。少し、母性本能をくすぐる容姿っていうの?
 背は低いし、痩せてて、中性的な雰囲気で・・・。黒ずくめの“うすい”印象・・・。彼女はそういうところに、魅かれてたんだと思う。

 でも、外見の印象なんて、意味がないよ。
 彼は、故郷の××では、いけてない、さえない類だったかもしれないけど、ここ、トウキョウでは、同じ幸うすい人種が、集まってくるから、(僕を含めて)そこが重宝がられる。土着が意味をなす、故郷の土地がらとは違って、ここトウキョウでは、うつろいやすいのが魅力、消えやすいのが魅力、浮き足立ったのが魅力。
(しかし、彼女には、彼の故郷でのありようが透けてみえなかったのか?やはり、女っていう生きものは、愚かだ。思慮が浅い。ほんと、憤懣やるかたない。)

 彼(DJ)は、僕の友達だった。僕が彼を認めたのは、音楽の知識量が膨大だったからだ。僕は脱帽した。彼を認めた。それが一時的なものでもね。
 まぁ、未来の偉伝の為に必要なのは、目の前に仮想敵国を作ること。それが地道な努力かもしれない。トウキョウでは、常に二番手でいること。それが追い落とされない為の賢人のやり方だ。

 しかし、僕は落ち込んだ。
 東京に出てきて、はじめての挫折感だ。

 彼女なんて、すぐに征服できそう」だったのに。
 だって、彼女は、僕の島の友人にそっくりだったから。
 彼は、僕を見ていた。

 彼と彼女なんて、同じようなもんだ。
 一体どこが違うんだ?同じような容姿で、同じような身のこなし。

 しかし、彼女は僕を無視しているかのようだ。
 初めて会った時は、あんなに、おびえて、あんなに僕をみつめていたのに・・・。



 ある時、彼女から電話があった。どうやら、彼(DJ)に、振られたらしい。
 僕は、冷たくあしらってやった。

 女なんて・・・愚かだ。
 容姿は同なじだが、島にいるBの方がずっと美しい。高尚だ。完璧だ。ずっと、尊い。

 女なんて、大嫌いだ。
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ダンナさまが熱を出した 犬のカーミング・シグナル

2006-01-10 14:06:38 | わんこ
天変地異が起こり、地面が割れ、バスが空から降ってくる夢を見ました。

リアルでした。山に避難しました(もっと危ないんじゃないかな~?山崩れとか起きたりして・・・。夢だけど。)

ダンナさまの熱は昨日から下がらず、38度まで上がりました。
前回風邪を引いた時に病院でもらった、風邪薬、抗生物質を飲みました。
これから、熱さまシート、ドリンク剤、ポカリスエットなどを買って来ます。
どんどん熱を発散して、水分も不足していくので、とにかく水分を補給しないと・・・。

「ラバーソウル」と「マーズアタック」は、ダンナさまの熱が下がるまで、おあずけ・・・。
後日、感想を書きますね・・・!


ダンナさまのやっているミクシーで、(私は、やっていません。あのシステムでは、自由なことあまり書けないと思うけどなぁ・・・。どうなんでしょ?)“いぬたま”で検索したら、閉園式のことを書いてる人が何人かいました。

その中で、ひとりの女の子が、印象的でした。

その子のことを覚えています。

閉園式の日、人の輪とは、離れた所で、ベンチに座り、ビーグルのレモンちゃんをダッコしていました。

私が「レモンちゃんもばいばいね・・・。」とレモンちゃんに声をかけ、ふと、女の子の顔をみると、つけまつげを付けた、魅力的な瞳が涙に濡れてました。
ただただ、まっすぐに、泣いていました。
胸がつまりました。

ミクシーでのその子は、ボンテージファッションが印象的な28歳の女の子。
重度のうつ病で、いぬたまでアニマルセラピーを受けていたそう・・・。
(いぬたまってそんなこともしてたんだな・・・。すごい・・・!その子の他にも、何人かのひとが受けていたそうです。)
パジャマ姿でかつぎこまれたこともあるそう・・・。
最初、私と同じで、ワンコのことを、怖いと言っていた彼女は、小さなワンコをひざにのせた時、そのちいさな呼吸に、鼓動に、とめどもない愛を感じたといいます。
そして、いぬたまに通うたび、症状が、良くなっていったと語ってました。

その子の、彼氏が、レモンちゃんをかかえる彼女を撮っていたようで、レモンちゃんをかかえながら、涙を流す彼女も載ってました。


私も、ワンコに出会ってから変わったと思います。
優しくなりました。
そして、ワンコを通じて、人間のコミュニケーションにおいて大切なことを学ぶことが出来ました。
ワンコは、相手が興奮しすぎているときに、落ち着かせようという本能が起きるそうです。対人間でもそう。飼い主が、忙しく、カリカリしているときに、わざわざ、ノロノロと行動したり、あくびをしたりしても、飼い主は、犬に対して、イライラしてはいけない。「それは、あなたを落ち着かせようとしているのです。」だそうです。この一連の行動のことを、“カーミング・シグナル”というそう・・・。興味深いです。犬の癒し効果って、ここからくるのでしょうか?私の大好きなチャールズ・シュルツの“スヌーピー”を思い出しました。空想癖により、飛行機乗りになったり、宇宙飛行士になったりする、タイプライターで小説を書いている夢想家のこのワンコは、登場人物が泣いていたりすると、いきなり、ちゅーーーーーっっ!!!って、チュウをしたりしますよね。私は、20代半ばくらいから、スヌーピーみたいな人間になりたいと思ってきました。(ちなみに、スヌーピーのモデルになったのは、レモンちゃんと同じ、ビーグル犬です。)


長くなってしまいました・・・。
これからの人生、また、多くの別れを経験すると思います。
その人たち、(動物たち、森羅万象)の姿を目に焼き付けて、その残像と共に生きる覚悟をしたいと思うのです。あなたたちに出会うことで、私は変わることが出来たから。
ずっと、忘れません。私が生きている限り・・・。

(自分の体内に取り入れ、小爆発させて、細胞を攪拌して、一体化して、〈もしくは、科学反応を起こし、元の自分とはちがう素晴らしいものに変化して〉共に生きるようなイメージです。〈BGMは、ソニック・ユースによる、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲“ヨーロピアン・サン”のカバー〉←謎&ドン引き)

最後に・・・。柵の外の鳩が大好きで、鳩が通ると、一心不乱に走りだして(「ハトしゃん・・・!」って感じでした。)とても元気だった、いぬたまに居た、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのアキちゃん・・・、あなたが亡くなったと聞き、すごくショックを受けました。悲しいです・・・。
私たちは、あなたのことが、大好きでした・・・。
ずっと、あなたのこと、忘れないからね・・・!
安らかにおやすみなさいね・・・。

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