Pixysのポジティブライフ

困難に立ち向かうアラフィフの日常
働いて働いて働いて働いて、たまに旅に出る

未来について思うこと

2006-12-30 00:15:16 | 難しい話
FBI超能力捜査官ジョー・マクモニーグルが書いた本を手に入れた。「2010年までに東京でテロが起きる」という未来予知を聞いたからだ。実際に未解決事件を次々に解決に導いてる人だから、変な霊能力者よりよっぽど説得力がある。本当に起きるかどうかは別として、その場に居合わせないようにしたいものだ。
その本を開いて最初に驚いたのは、その予知の数。すごい量の未来を予言している。しかもかなり近い未来から、千年後の未来まで、全く予想もつかないような予言もある。いい事も悪い事も書いてあった。けれど地球や人類の未来がまだそこにあって、良かったと思った。

私は「チーム・マイナス6%」のチーム員であり、普段から意識して地球温暖化をストップしたいと思って生活している。けど、環境問題を真剣に考え始めたのは、子供が大きくなってからで、それまではそんな事、これっぽっちも考えてなかった。子供がだんだんと成長してくると、自分の未来を話し出す。こんなお仕事をしたい、こんな人と結婚したい、こんな大人になりたい・・・。
その時にふと思った。「ああ、この子の未来は私の未来でもあるんだ。」
子供が大人になり、子供を作ればそれは私の孫だ。その孫がまた子供を作れば、それは私のひ孫になるんだな・・・って。すっごく当たり前な事だけど、最近になってやっと気がついた。この子の未来が、自分の孫の未来が、地球温暖化によって海に沈み、なくなってしまうかもしれない・・・。その頃はどうせ自分は生きてないだろうから別にいいや・・・という、ひとごとではなくなっていた。この子が大人になった時、自分のひ孫が大人になった時、自分の子を守るために逃げ惑うような世界だったら、そんなかわいそうな事はない。この子を産んだ時点で、私の未来はその先に繋がってしまったんだ。

そう思った時、自分は何か悪い事をしたような後悔した感じがした。だから放ってはおけないと思う。出来ることから何とかしなきゃと思っている。

ジョー・マクモニーグルの新刊は、その感じを思い出させてくれた。西暦3000年にも世界がある、人類がいるということ、何だかほっとした。自分の未来は自分の力で変えていけると思う。けれど、過去→現在→未来は、一直線には向かっていないという。それは人間が生きて刻んでいる時であって、空間はそう進んでいないのかもしれない。よくわからないけど、あっちいったりこっちいったりして調節しながら宇宙は存在するのかもしれない。だったら1000年後、穏やかな世界がそこにある事を信じられる。そうして宇宙が存在するために生かされているのだとしたら、何があっても怖くない。自分や家族が幸せになる方向にただ進んでいくだけだ。なんとなくずっと前からそんな感じが私の中にはあるから、私は死を恐れないのかもしれない。
感想はここまで。まあ、興味のある方は本を買って読んでみてください。






アレルギーの対策思案中

2006-12-29 00:17:28 | 美容や健康の話
アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎。何年も前からこの2つの症状に悩まされてきた。先日、首が回らなくなった時のキッカケが「くしゃみ」だったので、同時にアレルゲン検査をしてもらっていた。今までずっと花粉症なのはわかっていたけれど、ちゃんと調べるのは初めてだったから、結構ワクワクしてその結果を待っていた。驚いたのは、スギ花粉よりも数倍、ハウスダストとヤケヒョウダニの測定値が高かったこと。なるほど、掃除をしたり衣服の入れ替えをしたり、風が強い日はくしゃみが止まらなくなってしまうのは、ハウスダストだな。
「そのヤケヒョウダニというダニは、主にどこにいるんですか?」と質問を先生にしたら、「私もよく調べたことはないのだけど、やっぱりお布団の中とか畳とかじゃないかな」と言っていた。うっ・・・こわいよ・・・。

だからと言って、毎日お布団を干すことは仕事をしている状況では不可能。せめて枕に新しいタオルを巻いて寝ることにする。掃除は小まめにしないとね。それから、「ストレスをためない」「規則正しい生活」をって・・・うーん、これはちょっと難しい。自分のだけのために生きてるわけじゃないからね。

対策はそれでいいとして、症状を緩和するには、甜茶やハーブティー、お茶類は好きだからこれはいけるな。シソの葉、最近では、腸内環境を整える乳酸菌類の摂取での対策がいいって話をよく聞く。血行が悪いのも症状を悪化させるのだって。つまり首がまわらないのと、くしゃみは関係なさそうで、実は深ーい関係があったのだった。
食べ物には好き嫌いがないので、対策はまず食べ物から取り組もう。特に注目の善玉菌を増やす食材には、私はうるさいほう。発酵食品、つまり臭いものほど体にいいというわけだ。乳酸菌類あげるときりないけど、納豆、味噌、キムチ、ヨーグルト・・・などなど。大好きだから苦じゃないし。

サプリメント派なら、特に植物性の乳酸菌は絶対にお勧め。First Brand 植物性乳酸菌サプリには、4粒にヨーグルト約2.4リットル(2,400億個)相当の乳酸菌が配合されているらしい。更にヨーグルトなどの動物性乳酸菌よりも、植物性乳酸菌の方が過酷な環境にも強いといわれている。お腹の中にはもともと善玉菌と悪玉菌がいて、常に壮絶な争いをしていて、善玉菌が多いと健康なお腹だって事はみんな知ってる。便秘や肌荒れも防げるし、腸内環境がよくなれば血液の成分もよくなる、当然血流がよくなってくる。アレルギーと首が回らないのを同時に改善してくれそうだな。また、そこから流れた血液が他の細胞にもいきわたる、言うことなしだもんね。だから私は乳酸菌には特にこだわるのだ。

ここの乳酸菌は、加熱処理してあるから、胃酸なんかにまけないそうだ。でも広告では、善玉菌のエサになるていっても細菌は目に見えない物だから、なかなか信用出来ない事もあるけれど、
植物性乳酸菌サプリ『ヴェリレア』トライアルパック
があるから、ちょっと安心して試せるのがいいね。価格がリーズナブルな上、毎日のお通じに結果がでるか楽しみじゃない。
黒いのはダメ、黄色いのが健康なお腹の証拠だって。

アレルギー対策から乳酸菌にまで、今日はいろいろな健康の話でした。










始まった!

2006-12-27 00:22:23 | 舞台やダンスの話
ダンス好きのうちの子が、ボチボチ本気になり始めた。一日10回ほど踊っている。
年明け早々、ダンスパーティの予定が入っている。曲にノリノリのその顔は実に楽しそうだ。
「うまくなくてもいいじゃん」とつい思ってしまう・・・けれども最近、はたで見ていても驚くほど上達したと思う。それは、踊りが・・・というよりは、HIP HOPの曲や動きに、体が馴染んできたという事だと思う。ずっと覚えが悪くて振り付けがなかなか入らなかった時のことがウソのように、今は振付けられてその場ですぐに踊れるようになってきた。だから細かい所もビデオでチェック修正できる余裕も出てきた。
私にはダンスの技など細かい事は指示することはできないけど、客の目線や受け側の感覚的な観たい部分はわかる。表現としてGoodと思った時には、「キャー!かっこいい!」と声援を送っている。そんな時の彼は曲に集中し、全身全霊で踊っている感じがする。手も足も顔も、どこもかしこも、力強く自由で、実に楽しそうだ。つい一緒に踊り出してしまうと、「お母さん、気持ち悪いからやめて・・・。」と言われてしまうのだけど、そんな風に見ている人を踊りの輪に引き込める事が、一番大事なような気がするよ。私がオーバーに踊れば、子供も更に力が入る。そのうち二人でノリノリになって踊りまくっているから。

「これもお母さんの肩こり防止のリハビリだから許してね。」と背中の痛みをこらえ、レッスンに付き合う日々なのでした。





長寿の国沖縄、ステキ!

2006-12-25 22:53:53 | 美容や健康の話
首が回らなくなって数日たった。背中の痛さを解消するため、一日何度も体を伸ばすけど・・・なんだかな~、効果がないみたい。今日は時間があればリハビリマッサージにいこうと思っていたけれど、仕事が長引いて時間がなくダメだった。
この血流の悪さを何とか解消せねば・・・と考えていたら、以前、会社の同僚のYさんがお昼休みに毎日、酢を飲んでいたのを思い出した。

子供の頃から酢を飲むと体が柔らかくなるとか(笑)、肌がつるつるになるとか聞かされて「飲め飲め」言われてきたけど、「すっぱくって飲めないよう~」というイメージだった。最近になると、おいしいといわれる黒酢やリンゴ酢などいろんな種類の飲み物が並びはじめ、今度はどれ飲んだらどうなのか全くわからなくなった。わからないなりにやっぱり自然なものに手が伸びる。
「そっかー!酢でお肌も血液もさらさらだな~。ムフッ。」というわけで本日のお勧めはここ。

双葉インターナショナル沖縄もろみ酢「CoQ10さらら」に今回は注目!

私はあまり健康食品を好んで食べたりしないほうだから、体のためにとるのはもっぱら自然のものばかり。沖縄もろみ酢「CoQ10さらら」は沖縄伝統の「泡盛」から生まれた天然発酵物。こういうのにやたら弱いのだ。更にうわさのコエンザイムQ10とL-カルニチンが大量に加えられているという、言わずと知れた超魅力的なクエン酸飲料である。乳果オリゴ糖も含まれていておなかにもやさしい。これならばきっと血流を良くし、全身の疲れを癒すに違いない。シークヮーサー果汁がきっと沖縄ならではの味を演出していて、考えているだけでも、つばがジワーァで、沖縄民謡などが聞こえてきちゃうのだ。

ふっ・・・いいもの見っけた。面倒なリハビリなくして、これ飲むだけで首が回るようになったりとか・・・するといいなぁー。お正月は日本酒の代わりに、沖縄もろみ酢で一杯どうだい?

首が回らない

2006-12-24 23:36:37 | 笑える話
最近ずっと書いていなかったのは、実はかけなかったわけがある。首が回らなくなってしまったのだ。私はひどい花粉症でこの時期、年末でどこもかしこも工事だらけ。日によってはくしゃみが一日中止まらない日がある。数日前、くしゃみをしたとたんにグギッと首が右にむかなくなってしまった。痛いのは首というよりは「背中」で、電気が走るような感じの痛みがあり、整形外科で診察を受ける。レントゲンをとるが骨には異常はなく、首や肩のコリからくるものと思われた。
数日後、再度病院にいくとマッサージが行なわれた。マッサージ自体、本格的なのは初めてで、「痛かったらやだなー」と思いながらいってみたが、医者の方が首をかしげてしまった。
「何でだろう?何でこんなにまな板みたいに硬いんだろうな。今まで見たことない背中ですよ。」「へっ???」私だって、そんな意見聞いたのは初めてで、自分の背中が、人と違うなんてこと、今まで考えた事がなかったわけで・・・。
ただ、背筋は人並み以上だとは思ってたけど・・・・。
その医者が言うには、どうやらマッサージになってないらしい。間接はものすごくやわらかく、開脚もブリッジも普通以上に軟体なようなのだ。だから訳がわからないらしい。つまりストレッチをしても、効いているのかいないのか、判別できないということらしい。ただ、左の背中の筋肉より右の筋肉が大きく盛り上がり発達しているようだ。筋トレはもうやらないほうがいいとのことだが、それほどやってはいない。腹筋や腕立てをたまにやる程度だしな・・・。

そんなこんなで数日過ぎたら、シップだけで痛みは少なくなった。ただ硬さは変わらないから、血流が悪くリハビリは続けて必要なようだ。
「精神的なストレスからきているのでは?」と聞かれたけれど、ストレスを感じたことがないので、何がストレスなのかよくわからない。もともと嫌なことはないタイプでストレスを受けているという認識がない。また肩がこるなども多少は当たり前なことで、特に痛みを感じたり辛いと思ったことがないのだ。とんとんすればすむ程度のものだ。
パソコンのやりすぎなんだろうとも思うが、仕事なのでやらないわけにもいかないし、それも辛くはないのでなんともいえない。首がグギッとなってしまった原因が私にはよくわからないのだわ。しかも痛いのは首でなく、背中なので更に訳がわからず、ここ数日、とりあえず首を回して過ごしていた。
首を回しても何も感じないので、効いているのかは不明だが・・・・。













祖母のお見舞い

2006-12-17 00:41:52 | 美容や健康の話
静岡県磐田市。そこが祖母の家のある町だ。東名高速から見る富士山は何回めだろう。富士山を眺めるには一番の季節。くっきりと雪をかぶった姿は、そのまま絵でみる富士山そのものだった。

祖母が骨折をしたという事で地域の総合病院に入院していた。
最初、祖母は、主人(孫にあたる)を見て、「あんた誰だね?」と聞いた。それでも「ちょっと待ってな、今思い出すから。」としばらく考えていた。年齢も年齢だからボケてきているという話は聞いていたが、一時的に記憶が飛んでいるようでもある。困ったなと思っていると、看護婦さんがやってきた。「リハビリやろうね」「やだやだ、痛いからー」「今日やらないと、明日はもっと痛いよ。」そんな会話の後、ベッドに横になって、足を数回動かす。「あーーーー!!」と祖母は叫び声をあげて痛さに耐えていた。痛々しく見ていられなかったので、帰ろうとしたとき、看護婦さんが祖母の耳元で「面会の方、お帰りになるそうですよ。」と言った。祖母は、私達のほうをチラッとみると「埼玉の・・・・」と言って「あっ!!!」自分でも驚いたようにあんぐり口を空けた。病室中一斉に、「思い出したっ!?」という空気が流れる。リハビリのあまりの痛さが刺激となって、脳を霞めた「埼玉」という文字。祖母はそこから何かを必死に探り出そうとしている。それはなつかしくて暖かい大事なものだという事はわかっていた。だから「すぐ終わるからちょっと待ってな、もうすぐ思い出すから。」と言った。

祖母は主人の名前を言う、おしいけどちょっと違う。耳が遠いので、主人が紙に自分の名前をひらがなで書き見せた。「あー!」と思い出し始めると次から次へと記憶がよみがえってきたようで、子供の顔をじっと見て、「この子はうちの宝じゃ!思い出してよかったよー、会いたかったよー、ワァーワァーワァー・・・・!」と大きな声で泣き出してしまった。思い出せたことが本当に嬉しかったようだ。思わずもらいなきした。何度も書くが私はお年寄りが泣いてるのにはめっぽう弱い。手を握って「おばあちゃん、またくるからがんばってね。」というとしばらく手を握ったままはなさず、今まで辛かったことをしゃべり続けた。「うれしいよ、もう死んでもいい。」周りから笑いがこぼれる。

91年間、ずっと健康できた祖母。旦那を戦争で亡くしてからも気丈に一人で生きて来た。私には姑代わりだが、尊敬できてすごく大好きなおばあちゃん。足さえ骨折しなければ、病院に入ることなく一生を全うできたに違いない。
立てなくても歩けなくても、もっと、もっと生きててほしい。
生きていればまたいつでも会えるから・・・ねっ。


田舎へ

2006-12-14 23:48:39 | 笑える話
次の日曜、静岡にある主人の田舎へ急に行くことになった。主人の祖母が、足を骨折して入院してしまったそうだ。もう90歳近いはずだから、ちょっとぶつけただけでも骨はやられてしまうのか・・・。

祖母は、そんな高齢とは思えないほど、いつもとても元気だった。腰が痛いというくらいで、今まで病気をすることもなく、タバコをがんがん吸いながら、ねっころがってテレビを見ているような人で、一人暮らしも長かった。とにかくいつも元気で長寿の道を歩んでいる。そんな人が病院に入っちゃったのか・・・・と思うとびっくりだ。足を痛めてしまったのなら、高齢なら骨が治ってもリハビリ終了までに時間がかかって、しばらく病院から出られなくなってしまう。病気でなく骨折で入院だなんて本当に悔しい。本人もきっとそう思っているに違いない。
でも、実はそうでもないのかもしれない。あの元気な祖母の事だから、周りの人達とにぎやかにやっているのかもしれない・・・そうとも思える。

ただ、「タバコは病院では吸っちゃだめだからね。」と言って来ようと思う。
祖母にとっては、禁煙が一番、しんどいのかもしれないなー。

2006-12-11 00:01:33 | 笑える話
何だか今朝は特に疲れたようで、朝、目がさめてもなかなか起き上がる気になれなかったので、2度寝をし、ぼんやりと夢の中にいた。

私はほぼ毎日夢を見る。そしてその夢を毎朝覚えている・・・ていうか、朝、夢の続きが見たくてもう一度、寝て続きを見る時がよくある。夜中に夢を見ていて途中で起きてしまっても、その結末が気に入らない時や途中で気持ちが悪い時も、続きを見る。夢をコントロールできるほうだと思う。そうしないと起きたときにすっごく気分が悪い。
例えば、夢の中に怪獣が都市に現れて、海へおびき寄せている途中で目が覚めてしまったときなどには、「いかん、まだ退治してない。町が破壊されてしまう!」と朝から真剣に思ってしまうのだ。・・・そこ、笑うな。

人にそのことを話すと、「そんなバカな。」と言われるが、毎朝夢を見るのは間違いなく、そのことで「私は狂っているのかもしれない」と小学生の時に思い悩んだこともある。夢占いもやってみるが、夢をコントロールできちゃうのであんまり意味がないような気がする。
今まで生きてきた時間の中で、「今日は夢を見なかった」という日がほとんどない。くだらない日常でも、推理サスペンス物でも、タレントが出てくるものでも私には普通の事で、映画やドラマのようにそれを毎日楽しんでいると言っても過言ではない。

ちなみに大好きな「木村拓哉」が夢に出てきたとしても、夢の中では恋人同士だった事が一度もない。同じ職場の同僚だったりして、もともとそこに当たり前にいる相手となり、普通に会話している。そんな木村拓哉を「結構かっこいいじゃん」と普通に思っているだけなのである。ぺ・ヨンジュンは韓国語を話しているし、私も夢の中では韓国語を話している友人同士。そしてちゃんと意味がわかる。これも不思議な話だが、大好きなタレントとは恋仲にはなりたくない傾向があるらしい。

ああ、スマップのメンバーと一緒に島を探検している夢も見た事あるなぁ。その時は、スマップと私が普通の探検隊の仲間だったので、朝起きて「うわっはっはっはっ!」と、いきなり笑っちまった・・・。

やっぱヘンかしら、わたし。



映画を観て

2006-12-06 23:24:32 | 泣ける話
朝早くから映画を観にいった。今やっている映画はどれも見たいと思っていたのだけど、全部見ることもできないからさんざ悩んだあげく、韓国映画にした。日本の映画が今年何年かぶりに外国映画の興行成績を上回るかもしれない・・という話を聞いていたので、最初は邦画を見ようと思っていた。ドキュメンタリーの「めぐみ」阪神大震災を映画化した「ありがとう」小説が映画化された「手紙」や「暗いところで待ち合わせ」キムタク主演の「武士の一分」ももう公開されていたし、他にもたくさん見たかった。じゃ、なぜ気が変わったのかって?他にも用事がたくさんあるので、早い時間から始まる映画でないとみられない。それと日本の映画は見逃してもテレビでも一年以内にやるから結構すぐに見ることができる。あと思いっきり泣きたい時には韓国映画を見るな。今回見たのは、「サッド・ムービー」という映画だった。別段、チェックしていたわけでもなく何となくこの映画を選んだ。
なんでこんなに泣けるんだろうと思うほど泣けた。私はお年寄りと子供がワーワー泣いているシーンにめちゃ弱い。だからテレビドラマの「ちびまるこちゃん」でもかなり泣いたけど・・・。(笑)

内容は一言で言えば、他の映画と変わらない「愛する人が死んでしまう」話なんだが(恋人同士だったり、母子だったり)、そんな単純なものではなく“生きている時のお互いの関係”の方が多く表現されている映画だと思った。死ぬかもしれない時になってからでないと気がつかないいろんな事、自分には何もできない無力感、死の意味もわからない子供が母を失うとき、ただ別れたくない事を感じる瞬間。鏡に映しているような映画で最初から最後まで泣きっぱなしだった。そのうちにちびまるこちゃんのように、おなかの中に泣き虫が住みつき、しゃくりあげて止まらなくなるくらいだった。いつもなら「あー!良く泣いた!すっきりした。」と思うところだが、そうとも思えずしばらく放心状態で座っていた。

人の数だけ死がある。だから私が今まで会ってきた人全員といつか必ず別れる時がくる。けれど、実は人の数以上に愛はあるんだって事に気がついた。命は一つだけれど、愛は一つでなくたくさんあっていい。たくさんあるほど辛い別れが多くなる。・・・という事は生きている方が、死ぬことよりもずっと苦しいに違いない。愛情深い人ほど生き地獄を味あわなくてはいけない。やはりこの世は試練か。そんな結論におちついた。