今日のSSが最強に長い。描写細かくしすぎだ;SSなんだから省けるとこ省かないとな。というわけで、明日の分とかはちょっと反省して短くなってたりする。
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04:子供たちが笑うなら
カッサンドラが次々と焼き上げるスコーンを大きめの皿に並べつつ、タンブルブルータスは首を傾げた。今日は何かあったのかと。
彼の視線はずっと、同じ模様を持った小柄な彼女に向いていて、その彼女はお昼前からかぼちゃを蒸しては裏ごしをして、時には細かく刻んだりしながら今に至る。
「ハロウィンはいいわね、タンブル。子どもたちが来るのが楽しみだわ」
「ああ、そうだな」
そうだった、とタンブルブルータスは胸のうちで独りごちた。今日はハロウィンとかいう日で、どうりで街中猫も人もみんなそわそわと落ち着かないわけだ。
小柄な身体でくるくるとよく動いては、おいしそうなスコーンを焼いているカッサンドラだって例に洩れず楽しそうにしている。
「タンブル、ひとつ味見してくれない?」
「いいのか?」
「ええ。子どもたち向けだからあなたにはちょっと甘いかもしれないけど」
タンブルブルータスは、ちょっと迷って最初に焼きあがったスコーンに手を伸ばした。焼きたてのおいしそうにスコーンはほくほく湯気を立てているけれど、熱いに違いない。冷めているほうが幾分か甘さも和らぐ。
「どう?おいしい?」
彼がスコーンを手にとってから口に運び、飲み込むまでを見届けてカッサンドラが口を開いた。
「すごく、うまい」
さっくりとした歯ざわりにほっこりとする優しい甘さ。パンプキンの色や風味も生かされているし、ダイス状になったオレンジ色の実が混ぜ込まれているのがちょっと嬉しい。
タンブルブルータスの反応に満足したように、カッサンドラは最後のタネを焼きにかかった。
「カッサ」
いつものように低い声で、いつものように短く、タンブルブルータスはタネをオーブンに入れて一息ついた彼女を呼んだ。
いつものように呼ばれて、カッサンドラは振り向いた。だいたい表情で分かる、彼は今何か言いたいことがあるのだろうと。
「なに?」
毛並みについた粉を払いながら、短い問いを返す。
「その・・・どうしてだ?」
何がどうしてなのか。タンブルブルータスの言葉はいつも少なくて、必要な部分さえ削り取られている。考えていることをうまく言葉に置き換えられないせいだと、カッサンドラはわかっているけれど。
「どうして・・・私がこんなに楽しそうなの、ということ?」
「それも、あるが」
言いよどんでいるのか、言葉を選んでいるのか、タンブルブルータスの視線はふらふらと彷徨っている。
カッサンドラは静かに微笑んで、いい具合にあら熱の飛んだスコーンを手に取った。
「私が小さい頃は、確かにハロウィンなんて意識したこともなかったしできる状態でもなかったわ。街は荒れていたし、冗談でもお菓子がほしいなんて言えなかったもの」
カッサンドラが淡々と話しながら、その手にそっと力を込めればスコーンは簡単に割れてくれた。まずは、見た目は上々の出来。ほんの少し、笑みを深くして再び口を開いた。
「いつからだったかしらね、ハロウィンにお菓子を口にできるようになったのは。でも、あなたも知っている通り私はもらう側ではなくてあげる側だったわ」
「カッサ、俺は知っているんだ。もらう側になってみたいって、言ったことがあっただろう」
「そうね。でも、一度でもあげる側に回っちゃったらもうもらう側に戻れない気がしたの」
割った半分のスコーンは皿の上に載せて、手に残った半分をまた半分にする。橙色のかぼちゃのかけらがころりと零れてテーブルの上にはねた。
「そんな思いをしているのに、どうして私が楽しそうなのか聞きたいのでしょう?」
「・・・ああ、そうだ」
半分の半分になったスコーンも皿に置いて、カッサンドラは手の中に残ったお菓子を見た。誰が最初に来るのだろうか。シラバブだろうか、コリコパットかもしれない。みんな目を輝かせてやってくるに違いない。
そして、手渡されるスコーンを見てもっともっと笑顔になってくれるなら、それはこの上ない喜びなのだ。
「幸せなの、子どもたちの笑顔を見られるのが。ハロウィンの思い出って、ちょっと苦いものだと思っていたわ。でも、どんなに思い出を辿っても、幼い子たちが嬉しそうに笑ってくれたことばかりがよみがえるの」
「子どもたちが笑ってくれるから、それでいいと?」
「ええ、そうよ。ハロウィンにお菓子をもらいに行ってみたかったことは事実。でも、それが叶わなくたって私は今こんなに幸せでいられるの。子どもたちには、いつかお菓子をもらえたことが幸せだったって思ってほしいし」
ふわりと微笑んで、カッサンドラは自ら作ったスコーンを漸く口に運んだ。
「うん、我ながら上出来ね」
「店を開ける」
「あら、猫のお菓子屋さんなんて誰か買いに来るのかしら」
「俺が専属の顧客になろう」
どこまで冗談でどこまで本気か分かり辛いタンブルブルータスの真顔。カッサンドラはおかしそうにクスクスと笑った。
初めてのハロウィンの思い出は、幼い弟猫や妹猫の笑顔。その次も、幾度目かわからないハロウィンの思い出も少年少女たちの笑顔。
子どもたちが笑ってくれるなら。今日という日もまた、明日には幸せな思い出になるだろう。
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子供たちが笑うなら
カッサンドラ/タンブルブルータス
若い猫の中ではカッサンドラが最年長。素敵なお姉さん。
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04:子供たちが笑うなら
カッサンドラが次々と焼き上げるスコーンを大きめの皿に並べつつ、タンブルブルータスは首を傾げた。今日は何かあったのかと。
彼の視線はずっと、同じ模様を持った小柄な彼女に向いていて、その彼女はお昼前からかぼちゃを蒸しては裏ごしをして、時には細かく刻んだりしながら今に至る。
「ハロウィンはいいわね、タンブル。子どもたちが来るのが楽しみだわ」
「ああ、そうだな」
そうだった、とタンブルブルータスは胸のうちで独りごちた。今日はハロウィンとかいう日で、どうりで街中猫も人もみんなそわそわと落ち着かないわけだ。
小柄な身体でくるくるとよく動いては、おいしそうなスコーンを焼いているカッサンドラだって例に洩れず楽しそうにしている。
「タンブル、ひとつ味見してくれない?」
「いいのか?」
「ええ。子どもたち向けだからあなたにはちょっと甘いかもしれないけど」
タンブルブルータスは、ちょっと迷って最初に焼きあがったスコーンに手を伸ばした。焼きたてのおいしそうにスコーンはほくほく湯気を立てているけれど、熱いに違いない。冷めているほうが幾分か甘さも和らぐ。
「どう?おいしい?」
彼がスコーンを手にとってから口に運び、飲み込むまでを見届けてカッサンドラが口を開いた。
「すごく、うまい」
さっくりとした歯ざわりにほっこりとする優しい甘さ。パンプキンの色や風味も生かされているし、ダイス状になったオレンジ色の実が混ぜ込まれているのがちょっと嬉しい。
タンブルブルータスの反応に満足したように、カッサンドラは最後のタネを焼きにかかった。
「カッサ」
いつものように低い声で、いつものように短く、タンブルブルータスはタネをオーブンに入れて一息ついた彼女を呼んだ。
いつものように呼ばれて、カッサンドラは振り向いた。だいたい表情で分かる、彼は今何か言いたいことがあるのだろうと。
「なに?」
毛並みについた粉を払いながら、短い問いを返す。
「その・・・どうしてだ?」
何がどうしてなのか。タンブルブルータスの言葉はいつも少なくて、必要な部分さえ削り取られている。考えていることをうまく言葉に置き換えられないせいだと、カッサンドラはわかっているけれど。
「どうして・・・私がこんなに楽しそうなの、ということ?」
「それも、あるが」
言いよどんでいるのか、言葉を選んでいるのか、タンブルブルータスの視線はふらふらと彷徨っている。
カッサンドラは静かに微笑んで、いい具合にあら熱の飛んだスコーンを手に取った。
「私が小さい頃は、確かにハロウィンなんて意識したこともなかったしできる状態でもなかったわ。街は荒れていたし、冗談でもお菓子がほしいなんて言えなかったもの」
カッサンドラが淡々と話しながら、その手にそっと力を込めればスコーンは簡単に割れてくれた。まずは、見た目は上々の出来。ほんの少し、笑みを深くして再び口を開いた。
「いつからだったかしらね、ハロウィンにお菓子を口にできるようになったのは。でも、あなたも知っている通り私はもらう側ではなくてあげる側だったわ」
「カッサ、俺は知っているんだ。もらう側になってみたいって、言ったことがあっただろう」
「そうね。でも、一度でもあげる側に回っちゃったらもうもらう側に戻れない気がしたの」
割った半分のスコーンは皿の上に載せて、手に残った半分をまた半分にする。橙色のかぼちゃのかけらがころりと零れてテーブルの上にはねた。
「そんな思いをしているのに、どうして私が楽しそうなのか聞きたいのでしょう?」
「・・・ああ、そうだ」
半分の半分になったスコーンも皿に置いて、カッサンドラは手の中に残ったお菓子を見た。誰が最初に来るのだろうか。シラバブだろうか、コリコパットかもしれない。みんな目を輝かせてやってくるに違いない。
そして、手渡されるスコーンを見てもっともっと笑顔になってくれるなら、それはこの上ない喜びなのだ。
「幸せなの、子どもたちの笑顔を見られるのが。ハロウィンの思い出って、ちょっと苦いものだと思っていたわ。でも、どんなに思い出を辿っても、幼い子たちが嬉しそうに笑ってくれたことばかりがよみがえるの」
「子どもたちが笑ってくれるから、それでいいと?」
「ええ、そうよ。ハロウィンにお菓子をもらいに行ってみたかったことは事実。でも、それが叶わなくたって私は今こんなに幸せでいられるの。子どもたちには、いつかお菓子をもらえたことが幸せだったって思ってほしいし」
ふわりと微笑んで、カッサンドラは自ら作ったスコーンを漸く口に運んだ。
「うん、我ながら上出来ね」
「店を開ける」
「あら、猫のお菓子屋さんなんて誰か買いに来るのかしら」
「俺が専属の顧客になろう」
どこまで冗談でどこまで本気か分かり辛いタンブルブルータスの真顔。カッサンドラはおかしそうにクスクスと笑った。
初めてのハロウィンの思い出は、幼い弟猫や妹猫の笑顔。その次も、幾度目かわからないハロウィンの思い出も少年少女たちの笑顔。
子どもたちが笑ってくれるなら。今日という日もまた、明日には幸せな思い出になるだろう。
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子供たちが笑うなら
カッサンドラ/タンブルブルータス
若い猫の中ではカッサンドラが最年長。素敵なお姉さん。