池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

昭和・歌・坂道(14)

2019-02-21 15:00:17 | 日記
久子は、その地蔵に見とれた。不思議な感じがしたからだ。祠と土手の一角だけ、周囲の風景から切り離されているように見える。ジグゾーパズルに、まったく無関係なピースを埋め込んだようだ。

その中心にいる地蔵菩薩の石像がある。つるりとした石の表面も赤い前掛けも、妙に生々しかった。
その地蔵の切れ長の目が、まっすぐ久子に向かっている。久子に向かって何かを言おうとしている。そう感じられた。
恐怖でも畏敬でもなく、久子はその場で足を止めた。ほんの一メートル程度の距離をはさんで、久子と地蔵は対峙した。

その時、大型のトラックが峠道を過ぎ去り、砂埃を巻き上げた。ほぼ同時に、姉とその友人から再び叱責された。

「ぼやぼやしていると、本当においていくからね!」

道は下りで、歩きやすかった。さっきとは反対に、道幅が次第に狭まり、杉並木の古い通りに入ると、ちらほらと家屋が見える。その頃には、遠くから太鼓の音や歓声が耳に届くようになる。目的の神社に近づいているのだ。

角を曲がると、その数十メートル先に、鳥居とその背後の大きな森とその周囲に集まった群衆が目に飛び込んできた。たいへんな人出だった。おそらく、久子たちのように、周辺の町や村から集まってきたのだろう。幼稚園児から中学生や高校生と思しき男女まで、いろいろな年齢層の人間がいる。多くの大人たちは、そろいの浴衣を身に着けていた。

三人は、おそるおそる人混みの中に入っていった。太鼓がリズムを刻み始めた。笑い声や呼ぶ声、拍手、怖がる赤ん坊、いろんな音が届いてきた。

ちょうど子供御輿が始まるところだった。浴衣の裾をまくりあげたおじさんが、三人に御輿の綱を持たせてくれた。大きな内輪を持った人が先導して、周囲にあわせてかけ声を発しながら神社の近くを練り歩いた。

御輿に参加した子供たちにはお菓子と飲み物が配られた。三人はそれを食べながら、祭り会場をぶらぶらした。他の子供たちのやる金魚釣りや輪投げを眺めた。そのうち、レコードが大音響で流され、婦人会の踊りが始まった。

人出が増えて、さらに騒々しく、窮屈になってきた。人ごみの中を右へ行ったり左へ行ったりするうち、時間が過ぎる……

そして、突然、久子は自分が迷子になったことに気が付いた。



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