池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

昭和・歌・坂道(15)

2019-02-22 15:53:54 | 日記
人混みの中をすり抜けて方々を探したが、姉とその友人は見あたらなかった。泣き出したいのを我慢しながら、鳥居の前に立っていたが、いつまでたっても見えるのは知らない顔ばかりだった。
気が抜けたように、その場にしゃがみ込むと、どっと涙があふれた。

「どうしたの?」
顔を上げると、手拭いを首にかけた浴衣姿のおばさんがいた。
「迷子になっちゃったの?」
久子はうなずいた。

「こっちへいらっしゃい」
おばさんは久子の手を引いて、人と人の間をかいくぐっていった。連れていってくれたのは、役員のテントだった。奥のテーブルには祝い酒が並べられており、手前のテーブルには、中央にマイクが置かれている。マイクの周囲にはチラシやノートや筆記用具が並べられているが、誰も座っていない。

「あら、誰もいないわね」
おばさんは、周囲を見て、近くで飲み物のケースを運んでいたねじり鉢巻きの青年に声をかけた。
「ねえ、あんた・・・会長や役員は、どこに行ったか知らない?」
「たぶん、神輿のところにいると思いますよ。さっき、急病人が出たんで」
「この子」と、おばさんは久子を指さした。「迷子になっちゃったみたいなの。放送で親御さんを呼んでくれる?」
「ええ、でも……」
やや太めの青年は、真っ赤になった顔をタオルでごしごしこすりながら、おばさんのそばへ寄ってきた。
「オレも、すぐあっちへ行かないといけないんで……」

青年は、久子の顔を覗き込むようにしながら言った。
「お嬢ちゃん、ちょっとここで待っていてくれる? すぐに戻ってくるから」
「頼んだわよ」
おばさんは、急ぎ足で去る青年の背中に言葉を投げた。そして、久子の方を向き、ぜったいここから動かないでねと念を押し、立ち去った。

おばさんから言われた通り、椅子に座って、誰か来るのを待った。ぼんやりと炎天下の外の光景を見ていた。急に空腹が襲ってきた。もう昼をだいぶ過ぎている。姉が自分を見つけてくれることを、でなければあのお兄さんが早く戻ってきてくれることを、心の中で何度も祈った。

しかし、誰もテントには戻ってこない。自分に注意を向けてくれる人すらいなかった。

久子は、一人で帰る決心をした。立ち上がり、テントの外へ出た。




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