池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

夢と人格

2021-06-16 15:56:27 | 日記
大川は椅子の背に身体をあずけ、大きなため息をついた。「でも社長に反対された。関係会社は全部プロパーが育ってきているから、外様が来るのを嫌がっているらしい」
「…」
「ものは考えようだと思うんだ。今は一つの会社にずっとしがみついている時代じゃない。割り増しの退職金をもらって、さっさと新しいことを始めた方がずっとトクだという考え方もある。新しい会社で周囲を気にせずのんびり仕事をすることもできるし、自分でビジネスを立ち上げることもできる。オレたちの世代は世間でも会社でも厄介者扱いされが、まだまだ若いし先は長い。要は気持ちを切り替えられるかどうかということだ・・・」
 大川は、潮目が変わったと感じたのか、矢継ぎ早に言葉を畳みかけ、赤城原の説得にかかった。
 結局、赤城原はその場で書類にサインした。望まれない会社にこれ以上居座ってもイヤな思いをするだけだと思ったのだ。書類を受け取ると、大川は、その他の手続きや条件、今後の日程などについて事務的な話をした。
 すべてが終わり、赤城原が重役室を出ていくとき、大川は赤城原の肩を叩き「こんど一緒に飲みに行こう」と声をかけた。赤城原が振り返ると、大川は眉間にしわを寄せたままだったが、口元では笑っていた。微笑みを浮かべていたわけではない。文字通り、ニヤリと笑っていたのだ。
 その表情が忘れられない。
 その意味は、おそらく自分たちの世代しかわからないと赤城原は思う。常に競争を強いられてきた世代にしか。
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