池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

眠る女

2020-11-01 09:13:52 | 日記
部屋では、女が一人、ソファに座ってぼんやりとしている。
ノックの音がして、家政婦が部屋に入ってくる。(もう仕事が終わりの時間なのに)とぶつぶつ独り言を言っているが、女を見ると口を閉ざして微笑みを作る。
「どうです、奥さん、少しは気分がよくなりました?」
女は、無言でうなずく。
「そりゃそうですよね、六年も眠っていたんだから、あはは・・・でも、奥さんの目が覚めて本当によかったわ。旦那さんも少しは元気が出てきたみたい。以前は、ずっとこの部屋に閉じこもってめそめそしていらしたんですよ。自転車に乗ろうなんて考えつくだけでも、たいした進歩だわ」
「私たち、貧乏になったのね。ブドウを買うのにツケを頼むなんて」
「ああ、さっきの話、聞いていらっしゃったんですね。いや、ちょっと現金がなかっただけで・・・これで、旦那さんが仕事に精を出すようになれば、すぐに風向きは変わりますよ。今の世の中のスピードを考えてください。昨日まで金持ちだった人が今日は乞食、食うものもなかった人が急に金回りがよくなる。旦那さんだって、チャンスが回ってきますよ、きっと。これまで、さんざん苦労してきたんですから、全部なくして・・・」
そこまで言って、家政婦は急に口を閉じる。息子二人のことについて、まだ女は知らされていないかもしれないと思ったからだ。
女は、それに気づかず、頭はお金のことだけを考えていた。悲し気にぽつりと言う。
「全部なくしてしまったのね、私たち・・・」
その言葉を聞いて、家政婦は顔を歪める。
「旦那さん・・・お話しになったのですね?」
「ええ、全部話してくれました・・・」
「全部お聞きになったんですか・・・そうですか」家政婦は、彼女の言葉を誤解した。「本当にお気の毒です・・・でも、生き返らせるわけにもいきませんしね」
女は、はっと顔を上げる。
「生き返らせる?」
「私なんか、子供が欲しかったけど、結局できなかったし。最初からいないものと思えば・・・」
「子供?」女は頭が混乱する。「誰の子供?」
家政婦も頭が混乱する。
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