「ここ、ここ! ほらこっちに座れ、馬鹿、向かい合わせじゃなきゃ話が出来ないじゃないか。ヒデジ、お前相変わらず馬鹿だな。 でもほんと久しぶりだなあ! 二十年ぶりか。え? そんなに経ってないか」
威勢よく次々と繰り出す言葉とは裏腹に、彼の細面はまるで何かを恐れるかのように強張り、紅潮していた。
一方でヒデジと呼ばれた眼鏡男も、どう対応していいかわからない様子である。仕切り板やテーブルなどあちこちにぶつかりながら席に着いた。
ぶかぶかのセーターと傷んだ皮ジャンがテーブルを挟んで向き合う。
カウンターに立つ蝶ネクタイの老人は、仏頂面に目を細めて二人を見やった。
店の壁には、黒ずんだ白肌美人のポスター。色褪せて抽象画に変じた静物の絵。棚の上で埃を被るコーヒーミル。日に晒された紫煙。
表通りの喧騒も、この店内までは届かない。
「しょ・・・しょうちゃん、元気だった?」
「ああ、元気じゃねえよ。だって俺もお前も、もう四十五だ。びっくりするな、四十五だぜ? なあ。笑っちゃうよな」
しょうちゃんは長い腕を伸ばし、「ほんと久しぶりだなあ!」と言いながらヒデジの肩を叩いた。そしてもう片方の腕をカウンターから見えるように高く上げた。
「マスター、ホット二つ! お前もホットでいいな?」
「ええと、ぼく、コーヒーはあんまり飲まないんだ。お腹がいたくなるから。ええと、ええと・・・紅茶がいいな」
皮ジャンは呆れたようにセーターを見つめた。 「何だいお前。コーヒー飲めないのか」
「飲めるけど、うん、なるべく午後は飲まないようにしてるんだ」
「へええ。そうか。午後ってなんだ。午前と午後じゃなんか変わるのか。まあいいや、マスター、変更! ホット一つにレモンティー一つ! ヒデジ、お前レモンティーでよかったか」
「ああ、うん」
注文は終わり、二人の会話は途切れた。
(ほら、つづく)
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