た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

断片2019 (3)

2019年02月13日 | 断片

 「ここ、ここ! ほらこっちに座れ、馬鹿、向かい合わせじゃなきゃ話が出来ないじゃないか。ヒデジ、お前相変わらず馬鹿だな。 でもほんと久しぶりだなあ! 二十年ぶりか。え? そんなに経ってないか」

  威勢よく次々と繰り出す言葉とは裏腹に、彼の細面はまるで何かを恐れるかのように強張り、紅潮していた。

 一方でヒデジと呼ばれた眼鏡男も、どう対応していいかわからない様子である。仕切り板やテーブルなどあちこちにぶつかりながら席に着いた。

 ぶかぶかのセーターと傷んだ皮ジャンがテーブルを挟んで向き合う。

 カウンターに立つ蝶ネクタイの老人は、仏頂面に目を細めて二人を見やった。

 店の壁には、黒ずんだ白肌美人のポスター。色褪せて抽象画に変じた静物の絵。棚の上で埃を被るコーヒーミル。日に晒された紫煙。

 表通りの喧騒も、この店内までは届かない。 

 「しょ・・・しょうちゃん、元気だった?」

 「ああ、元気じゃねえよ。だって俺もお前も、もう四十五だ。びっくりするな、四十五だぜ? なあ。笑っちゃうよな」

 しょうちゃんは長い腕を伸ばし、「ほんと久しぶりだなあ!」と言いながらヒデジの肩を叩いた。そしてもう片方の腕をカウンターから見えるように高く上げた。

 「マスター、ホット二つ! お前もホットでいいな?」

 「ええと、ぼく、コーヒーはあんまり飲まないんだ。お腹がいたくなるから。ええと、ええと・・・紅茶がいいな」

 皮ジャンは呆れたようにセーターを見つめた。 「何だいお前。コーヒー飲めないのか」

 「飲めるけど、うん、なるべく午後は飲まないようにしてるんだ」

 「へええ。そうか。午後ってなんだ。午前と午後じゃなんか変わるのか。まあいいや、マスター、変更! ホット一つにレモンティー一つ! ヒデジ、お前レモンティーでよかったか」

 「ああ、うん」

 注文は終わり、二人の会話は途切れた。

 

 

 (ほら、つづく)

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