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もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

バニャバニャ

2010-12-17 22:07:11 | まさか、マレーシア!
今朝、水道代を支払いにアパートの管理事務所に行きました。

奥の方でいつもゲートにいるガードマンと管理事務所の人が座っていて、その横にいつも強気の不動産屋のJ(女性)が大きな声で何か訴えているようでした。ひとしきりがなりたてるとJは去っていきました。

後で何があったのか尋ねたら、アフリカ系の男が駐車場をウロウロしていたとかインド系の外から来た人が誰かの駐車場に車を停めていたと言う訴えだったそうです。

それで犯罪が行われたと言うことでもないのでしょうが、どうもこのアパートはそうしたちょっとの事でけっこううるさいようです。

近所の他のアパートなどガードマンがいるかいないかわからないような所もありますし、何もチェックせずに入れてしまうこともありますが、どう言うわけかこのアパートは厳しいのです。(そう言う意味ではたまたまここを選んだのは正解かなと思っています。)


管理事務所の壁には同系列のアパートの中で"ベストを目指そう"と言うスローガンが掲げてありました。その下には"資産価値を上げよう"とも。このアパートの周囲には同じ系列のアパート、日本式に言えば団地なのですが、それがたくさんあって建物もほとんど同じです。築年数はもう15年ですが中流家庭に人気の、コンドミニアムほど投機目的用でなくて実際に住むための建物なので買った人は貸すにも貸しやすいレベルのもののようです。価格帯は買うにも借りるにもサラリーマン家庭向きです。



水道代を支払った後は銀行に行って定期預金をしました。

ちょっと普通口座に貯まると小額の定期預金をします。外国人なのでマレーシア人より利子はちょっと低いのですが、1ヶ月定期で2.65%。銀行によってはもっと良いところもあるかと思いますが、とりあえず給与の振込み口座を持っている銀行なので簡単にできます。普通預金から定期に移動してほしいと言うと身分証明書(外国人の場合はパスポートなど)を見せるだけで簡単にやってくれます。



シャー・アラムに行ってみました。

シャー・アラムは世界で4番目に大きなモスク、通称ブルー・モスクがあることで有名ですが、そこへ行くのにあまり便利な場所とは言えません。自動車を持っていれば別ですが、電車で行くにもバスで行くにも乗り換えが必要だからです。いくらモスクが大きくても観光地ではないのです。だから1年間隣の街に住んでいてもモスクのあるところまで行ったことがありませんでした。

今日は天気が良かったのでスズキ君を走らせました。かかった時間は30分以内。けっこうすぐでした。

それでなぜ、モスクの写真が無いのかと言うと、(1)検索すればいくらでも出てくるからあえてココに載せる必要がない、(2)大きいだけで建物として気に入らなかったので載せたくない、と言うわけです。写真は撮ったのですが。

今日は金曜日と言うこともあって、お昼のお祈りの時刻が近くなるとみなさんがモスクに出かける姿が見られます。明らかに外国人、多分中東方面から来ているらしき人も多く見られます。女性もきれいな衣装の人が多く華やかです。通りはモスクを目指す車で埋まってしまい動かなくなりました。あんなに大きなモスクなのでお祈りに集まる人数も相当なものなのだと思います。

これが毎週だと思うとすごいです。

今日はシャー・アラムとは違うもう一つの面白い行列を見てきました。スーパーマーケットのマイディン(MyDin)のカート回収の光景です。

一番下の写真はブルー・モスクの近くにあるシャー・アラムの劇場です。

この近所は行政関係の建物が多くかたまっている場所ですが、それらは皆、塩の結晶を顕微鏡で観察したような建物でそれもなかなか日本人には珍しいものです。この劇場だけちょっと違った感じだったので撮ってみました。近所でお店を開いているおばさんによれば最近はあまり使われていないそうです。

今日はご近所観光でした。

スクール・シューズ、今が買い時

2010-12-15 20:52:13 | まさか、マレーシア!
早く帰ったのでマジュマジュでご飯を食べた後にUSJ19のカルフールに水を買いに行った。

この建物はまだ新しい。下から数階分が小さなショッピングモールのようになっていてその上はタワー型のコンドミニアムだ。ショッピングモールに入る店舗も少ないし家屋部分の電気もあまり点いていないのでどちらも人気が無いのだろう。それでも店舗部分は少しづつ入り始めて表はガーデンレストラン風になってきた。

こうして写真にして切り取ってみるとまるで都会のどこかオシャレな通りを写しているように見える。実際は残念ながらそうでもない。一番近いカルフールだから行くだけ。




この時期になるとスクールホリデーの売り出しが多いので靴を仕入れるチャンスだ。年明けの新学期のために学用品とともにこの靴も売り出しになる。学生用なのだ。通常は35リンギット(980円)ほどするのだが、これは15リンギット(420円)で買えた。(ブランドはNorth Star、靴の型番:889-1175、サイズ10。)

安売りでなくてもヨーカドーで買うような値段だと思われるだろうけれど、1リンギットが100円、10リンギットが1000円のような感覚なので15リンギットでも1500円で買った感じになる。

ちなみに前回5月に買ったのは、同じくNorth Starの 型番:889-1179、サイズ11で、値段がバーゲンで25リンギットだった。(記録用)


この靴を何に使うかと言うと仕事場用だ。紐の無いキャンバスシューズをくれるのだけれど履き心地が悪いのと耐久性が悪くてソールが割れるから自分で買うことにした。これが2足目。このシリーズの方がだいぶマシ。

契約書にサイン

2010-12-14 23:02:05 | まさか、マレーシア!
今日、やっと今年の契約書にサインをした。
(野球やサッカーの選手みたいだ。でもそんなすごい事じゃない。)

11月にしておくべきだったが書類が出るのが遅かったので今になった。
契約内容は実質的に前年とほぼ変わりなし。
ただ、記述してある中で一番変わったのは試用期間が無くなっただけだ。
あたりまえだけれど。
後は細々とした変更のみ。


そう言えば、日本だと期限付きの労働契約と言うのは経験したことがない。
派遣や請負だった時にも契約書はあったけれど、はっきりした実際に有効な期限は無かったと思う。派遣だと一定期間が過ぎると正社員化しなければならないような事もあるのでそれが実質の期限になるのだと思うけれども、別にそう書いてあるわけでもなく、"もうそろそろだ、ヤバイヤバイ"ってな感じになるのかと思う。


契約期限がある働き方を日本では"不安定"と考えていて、つまりネガティブな捉え方になる。

でも本当は期限が決まっている方が良いのじゃないかなと思う。
日本だとまともな仕事に就くほとんど唯一の方法は学校を卒業してすぐに就職することだ。1回辞めて再度になってしまうと普通は条件が悪くなる。3回になるともうほとんど再起不能で、同じ歳に卒業して最初の会社にずっといる人とは待遇面でかなりの差がつく。そう考えると我慢が最大の防御と言うことになる。

学生時代には"将来の夢"とか"志"みたいな事でだれでもちょっとは考えるのだけれど、結局我慢することが一番有利って事になるなら夢も希望も小学生の習字みたいなものでどんと焼きの時に燃やされてさようなら。その後は第二の人生まで待つしかない。

もし世の中全ての仕事が期限付きだったら、一度ミュージシャンを目指してやってみてダメだとわかった後にサラリーマンになってみるとか、他の事をやってみることが割合簡単にできるのじゃないだろうか。それにお金がたまってから大学にも行ける。好きなら放浪だってできてしまう。キャリアチェンジがとても楽になるかもしれない。

今の時代商品やサービスの流行の変化がとても激しいので同じ仕事を一生続けていられると言う可能性は低い。それなのにずっと同じを望んでも無理があるし、同じを望めば望むほど周囲から使えない人と見なされるだけになってしまう事だって考えられる。それでも辛抱強く耐えられれば良いけれど、ちょっとあり得ない。

どこかのお役所仕事みたいに丸ごといらないのにそれをやり続けるとなれば社会のお荷物になる。それも耐えられれば良いけれど、時々小泉純一郎氏のような人が出てきて何か言ったらそれで終わり。



学生からいきなり就職をする時に出身大学を見られるけれども、それは結局どの企業もそして誰も明確な人を選ぶ基準を持っていないからで、ちょっと前まで学生で何もしたことのない人をその人の持つ何かで選ぶことができないと言う意味だと思う。だから早くから良い高校とか良い大学を目指してあまり興味を持てないことを何年もかけて一所懸命覚えることをしなければならない。

けっこうくだらない事に大事な時間をたくさん使わなければならないのも人生の一発勝負があるからじゃないだろうか。そんな事より、大学なんて好きなとき、自分のお金ができたときにいつでも自由に行けばその方が良いのじゃないかとも考える。


いろいろ考えると労働契約には短期の期限があった方が総合的には楽なのじゃないかと思うのだけれど。

どう思いますか?
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パソコンのファンが.......!

2010-12-13 23:22:19 | まさか、マレーシア!
先日ファンを交換したパソコンが.......

何でもない。
動いている。
静かに。
ちゃんと。

何時間も電源ONのままで使っていても今のところ何でもない。
ま、ま、まさか、大丈夫なのか?!
用心して1ヶ月様子を見なければ。
1ヶ月は1ヶ月保証なのだ。

もしダメになったらきっとまた同じ修理をするのだろうけれど、部品はどこから来るのだろう。中古の似た機種から取ってくるのだろうか? 次回は(もしあれば)修理が済むまで見ていよう。たった2時間で済むのだから。ビデオに撮って公開しても良いかもしれないな。


マレーシアには(きっと東南アジアだとどこもそうかもしれないが)携帯電話の修理ができる。メーカーやサービスセンターに出せば日本でもできるが、マレーシアではショッピングセンターで小さなショーケースしか置かずに商売している携帯電話修理店がたくさんある。ケースの中には電話の殻とか基盤など細々したものが並んでいるのですぐわかる。

そもそも携帯電話が壊れるものか?、とも思うが、あれほど多くの店で商売が成り立っているところを見ると壊れるのかもしれない。携帯電話の外装を色違いなどに交換するカスタマイズなどもしているようなので壊れるまで待つ必要もないのだろうか? そういえば、KLのスンガイワンプラザ(ショッピングモール)には携帯電話の修理を教えてくれるミニ学校があった。そう言う技術ってのは習っておけばどこでも、たとえば日本などでも使えるものなのだろうか?

飛躍の可能性

2010-12-12 20:35:23 | まさか、マレーシア!
"一発逆転"を期待したいと人は思うものだけれど、そう思うのは上手くいっていない場合だとも言われます。

資格を取ったり結婚したり本を読んだりといろいろありますし、宝くじを買ったりすることもそうです。でもそれは本当に上手くいくのかなあ?、と思うことがあります。


学校で勉強してテストを受けるとその点数が出ます。同時に偏差値と言うのが出ます。偏差値と言うのは同じテストを受けた人の中で自分が平均とどの程度違うところにいるかと言う意味です。今回のテストの点数が60点だったとします。1ヵ月後にまた同じ教科のテストを受けたら今度は75点でした。15点上がったわけですが、15点分だけ1ヶ月で勉強した成果が出たと考えて良いかと言うとそうではありません。2回目のテストの平均点が1回目より上がっていたら実は学力が低下していたって可能性もあるのです。そう言うわけで偏差値が使われるわけです。

細かいことはこのあたりを読むと良いです。
偏差値のお話(←クリック)

テストの成績と人数をグラフにするとこんな感じにかならずなります。横軸が成績、縦がその成績を出した人の人数、中心が平均点です。グニャっと曲がった内側の人数を全部足すと生徒全員の数です。


2回目のテストはどうなるかと言うと、平均点が上がれば中心が右側に行きますし下がれば左側です。この山がつぶれることもあります。でも、学力が同じだったら偏差値はあまり変化しないので全体の中のどこにいるかは点数が変わっても変わりません。テストの点数が良かったとしても学期末の成績の順位が変わっていなくてがっかりと言うことです。ただ、ちょっと他の生徒よりがんばれば自分の位置が変わるのは確かです。

だからみんな"がんばろう"とするわけです。資格とか本を読むとかそう言う、みんなが普通にやることを他の人より"多く"、"効率的に"すると言うやり方です。



それはそれとして、と話を別の方向に持っていくことにします。

上の内容でわかるのは、「がんばれば自分のポジションを有利なところに変更できる」と言うことだけじゃないと思います。それは、全体のポジション構成がテストそのものによって「予め決められてしまっている」と言うことです。または入った学校のレベルは今年も去年も来年もほとんど変わらないとすれば、もう学校に入った時点で自分はこの中のどこかのポジションにいるしかないと言うことです。

これがもし別の学校に転校したらそちらの学校のこの曲線のどこかに入ります。そうなれば元の学校のポジション(偏差値)は役に立たないかもしれません。つまりは、自分のポジションのその外側にある"枠"は自分で決める権利が無いというわけです。

そう考えると"一発逆転"の確立はある程度読めるわけで、それに対して何をしなければならないかもほとんど分かります。宝くじに当たりたいのなら莫大な資本を投下してたくさん買うことしかない(そうすると絶対もうからないから一発逆転にはならない)のですし、安藤忠雄のような建築家になりたいのならまず、安藤忠雄よりもっとたくさん本を読む必要があるのは自明です。(だいたいの人は知っていてもしないし、もうそれをしてどうにかなると言う実例が出てしまっているので方法自体がもう無効かもしれない。)



そんなわけで、いくら何をしても入れ物の形と大きさが決められてしまっているわけですから余程のことがない限りにおいて、それは飛躍には結びつかないのだと言うことです。テストの満点が100点だとすればどんなに勉強しても101点には絶対到達できません。枠組みは自分で決められなくて社会や組織が決めているわけなのです。


ただ、その枠組みを変える方法と言うものも我々は実は知っています。生協という組織は消費者=運営者なので自分でルールつ作りに参加して変更可能です。同じように国や自治体でする選挙などもそうです。ただ、国の選挙のような場合、どう言うわけかあまり"変わらなさ"を我々は求める傾向にありますから変更に成功することは今のところありません。政権が民主党に交代しても、それは民主党が自民党と同じ程度に無難だと思えるようになったから選ばれたに過ぎないわけで、これは何の変更でもないのだと思います。


我々のクセは、環境全体を(自分に変化が有利なようであっても)変えることは好まず、自分のポジションを有利にする事は個人の責任だと考え勝ちなところではないでしょうか。就職難は社会の責任であるのですが、実際に自分に合った仕事が見つからないことや面接をいくら受けても落とされるのは自分の責任だと考えるのです。だから何か努力して資格を取ってみたりするのだと思います。


では飛躍なんか永久にできないのじゃないか?、とも思ってしまいます。ですが、ちょっと思うのは、今の枠がダメなら別の枠を採用している人たちのいる場所に移動してみるってもの手ではないでしょうか、こだわりを捨てて。

建築をやりたい人で安藤忠雄が好きな人はたくさんいます。だから安藤忠雄のようになりたいと思うと安藤忠雄が100点です。自分が一番上手くできてもきっと101点の安藤忠雄にはなれません。けれどもこだわりを捨ててイラクで左右前後対称形(日本だとタブーですが)の建築物を作る事を真面目に目指したらどうでしょうか?(もちろん極端な例で現実味は全然なし。)

お釈迦様の掌(てのひら)がダメなら別の神様にすがるってのはどうでしょう? そのためにはちょっとだけジャンプ(飛躍)が必要ですけれど。

ココナツが芝生に落ちていた

2010-12-12 10:10:46 | まさか、マレーシア!
最近、アパートの芝生の上にココナツがよく落ちている。

敷地内のお掃除は、以前男性で構成されていた会社だったのが今はインド系の女性部隊に代わった。

それにともなってお掃除の仕方もちょっと変わった。男性部隊は芝生に生えた小さな雑草までよく刈っていたし、植え込みのブーゲンビリアもきっちりと角を立てるようにして刈り込んでいたので伸びる暇もなかったほど。

今の女性部隊は通路の掃除が主で植木の手入れはそれほどでもない。だからブーゲンビリアの枝は以前より伸びてしまう。けれどもそれが悪いわけではなくて花はよく咲いている。背の高い木の枝もあまり刈られないのでパームの葉が垂れ下がっているのを見かけるようになったしココナツも落ちたままだ。そのうちに芽が出てくるだろう。それにはちょっと期待する。


ココナツが自然に落ちているのは日本人にとっては珍しいことなのでペンギン家族、じゃなかったキャサリンさんが見ていたら散歩のおばさんが「最近はココナツが高くなって1個2リンギットもするのよ」と声をかけてくれた。ペ:「これは食べられる?」お:「食べられるわよ」。(食べられるのは落ちているのじゃなく、まだ木の上にある緑色のもの。)

そう思うと、あのマラッカの砂糖は1袋5リンギットは破格に安い。こちらにはどこを見ても住宅地で畑の無い都会だからマラッカとは物価が違うのだろう。




今朝は曇っていたけれどこの時間(10時)になって晴れてきた。

ヘソシソ

2010-12-11 21:56:25 | まさか、マレーシア!
KLの伊勢丹にバービー人形が山ほど売られていた。

スンガイワン・プラザからモノレール駅の空中通路をから伊勢丹に入るとちょうどそこがオモチャ売り場。通路を通るとそのすぐ横にクリスマスプレゼント用なのかバービー売り場になっていたのだ。それを見ると、今朝アップしたSalabiancaのサイトの中の写真のバービーはCGでデフォルメされていないように見えた。と、言うことはやはりモデルさんの方がデフォルメされているのか?......

っと、同じ通路をインド系の女性が通り過ぎた。あれっ!顔が小さいし足は長いし細いしバービーと違わないじゃないか!その他にもKLにはたくさんいろいろな人種の人たちがいるけれど確かにバービーと並べても遜色ないプロポーションの人もいるものだ。もしかして、バービーのプロポーションを"極端な"と考えているのは日本人だけなの? (今まであまり意識して見たことがなかった。)

バービー人形売り場のすぐ横にはシルバニア・ファミリー売場があっていろいろなデフォルメされた動物たちが箱に入ってこちらを見ている。キャサリンさんはあきらかにそのなかのペンギン・ファミリーなのだ。やっぱり日本人だけかもしれないと思った。別にだからどっちが良いってわけじゃない。余談だ。




KLの秋葉原、ローヤット・プラザにThinkPadを持って行って音の大きくなっていたファン修理をした。

ThinkPadの修理部品はどんな物でも注文すれば手に入ることになっているので、ローヤットなら修理屋さんもあるしきっと大丈夫だろうと思って持ち込んだ。交換にどの位かかるのかと聞いたら、"2時間"だと言われた。どの位って、普通、"何日"って意味だと思うのだけど、そんなに短いとはびっくり。持って帰れるじゃないか!

そう言うわけで本屋さんに行くなどして待っていたらちゃんと出来ていた。

思ったのと違ってファンのユニット一式交換ではなく、音の出ていたファンだけを交換したのだった。びっくり、メーカーが推奨する方法とは全然違うけれどこれなら安く修理できるはずだ。金額は180リンギット(5000円)。ユニットで交換すると部品代だけでこの2倍近くになる。保証は1ヶ月だそうだ。

帰ってきて恐る恐る電源をONにしてみる。音は静かだ。前もこんなに静かだっただろうか? だけれど排気口から確かに熱風が出てくる。今のところ支障なく使えている。このまましばらく様子をみることにしよう。




こうしてお金がかかることがわかっているのに、どう言うわけか財布の中身を確認しないで出かけてしまうことが多々ある。今朝もバスに乗る直前に財布に小額しか入っていないのに気付いた。キャサリンさんなどはこの全く逆でバスに乗るのにお腹が空くといけないとお菓子を用意したがるし、水も持ちたがる、もちろんお金もちゃんと多めに用意する。心配性のようにも思うが、それで救われることも多いので何も言わないことにしている。



KLモノレールに乗るときに隣にいたマレー人の男の子が"ヘソシソ"とカタカナで大きく書いたTシャツを着ていた。よく自動車に変な日本語のステッカーを貼っている人がいるのでそれと同じようなものだろう。

ただ、その下にも"ゼロから英雄"などと、ちょっと小さめの文字が書かれていた。"FROM ZERO TO HERO"と、英文も併記してあった。なるほど。


で、ヘソシソとどう関係があるのかわからなかったが、モノレールを降りる直前にヘソシソの上にもう1つアルファベットで"HENSHIN"と書いてあったのを見つけてやっとわかった。"ソ"じゃなくて"ン"なのだ。"ヘソシソ"は"ヘンシン"だったのだ。たのし!



KLにユニクロができていたのは以前にその前を通ったことがあったので知っていた。今日、ちょっと様子を見に入ってみたけれど、開店の時のように人がごった返してはいなかった。向いのパビリオンのクリスマスセールにみんな行ってしまったのかな? 壁に日本のナンバー1ファッション・アパレル・ブランドと書かれていたけれど、ユニクロがナンバー1だとは知らなかった。(知ってた?)

ユニクロは無難で安いから買うのかと思っていたけれど、全体に物価の安いKLでも日本と同じような値段(ちょっと高めかも知れない)で売っているからこちらでは高い物になってしまっている。安物から高物へヘソシソ、じゃなくてヘンシン!なのだ。

Barbie プロポーション

2010-12-11 09:11:43 | まさか、マレーシア!
Salabianca(←クリック)

まずは上のサイトを見てみてください。
そこにはバービー人形と実際の人間のモデルさんが並んでいます。驚きません?

普通、バービー人形のプロポーションについては、"極端"とか"非現実的"と言う形容をするのが普通なのでまさかこんな写真が撮れるとはちょと思いもつかなかった。

Salabiancaのこの写真を見るとモデルさんの顔の大きさはバービーと同じだし、肩と膝の位置もほとんど同じ。バービーの方がちょっと細くて腕が短い、モデルさんの足のサイズが大きいのが違うくらいでプロポーションはとても良く似ている。どちらかをデフォルメしているようには見えないのだけれど、巧妙にしているのかなあ?


実はこの写真意外に別ポーズの4枚がマレーシアの新聞の広告に出ていて、見れば見るほど不思議な感覚にとらわれるのです。(Salabiancaのキャンペーンのところをクリックすると出てくる)実際に生でこのモデルさんを見たらバービーみたいに見えて、回りにいる人とは身体の割合がだいぶ違って見えるのかなあ?、とか、ここにいるキャサリンさんをこの横に並べたらどうなるんだろう?、とか.....(キャサリンさんはバービーよりロボコンの人形の方が近いかも知れないとか?)

それにしても不思議な写真です。



ちなみに"Salabianca"って言うのはマレーシアのブランドらしい。(対象はチャイニーズだけなのかな?)

2010-12-10 23:06:48 | まさか、マレーシア!
最近ちょっと生活に余裕。

それは裕福になってきたのじゃなくて、単純に仕事がちょっと落ち着いてきたから。この先はどうなるかわからないけれども。



最近、ニュースで一番の話題はWikileaksですね。

以前から不思議に思っているのは、国と言うものはどうして国民に知られてはいけない事がそんなに多いのかなあ、と言うこと。特に日本のような民主国家を名乗っている国ってのは、国の運営者は国民そのものであるはずだから国が国民に何かを秘密にすると言うのはそれ自体がそもそも矛盾じゃないかなあ? どこでそこに見えない壁ができてしまうのだろう?

マニュフェストなんてのが流行ってるけれども、あれなんてそもそも壁を作る元みたいなきがしてしまう。だって票を入れてもらうために自分の政党を実際より良く見せようと言う、つまり広告なわけだから。大企業は広告費が豊富だから実はたいした事の無いものでもイメージでそれを良く見せる。すなわちそれは実態とイメージを離れたものにしようとする物なわけで、やっぱり壁(溝か?)になる。

どっちにしても詰まらないことに多大な労力を使っているなあと思う。嘘や隠し事ってのは疲れる元だよね。


壁と言えば、中国に万里の長城と言う壮大な壁があるけれども、あれを作るのと近所の国と仲良くする努力をするのとどっちがお得だったのだろう? 今だにある国では国をあげて隠し事とか争い事とか、それも自国民に対してだったり、しているけれども隠し事をしない方針に変えるのとどっちが楽なのでしょうね?

その昔、カレーは辛かったのか?

2010-12-09 22:00:15 | まさか、マレーシア!
ジョホールに行ってきました。

仕事なので写真も撮らず。片道4時間、往復で8時間はちょっとキツい。仕事の内容の方もちょっと拍子抜け(良い方にだけれど)だったので今日はあまり有意義だったとは言えないし。まあ、こう言うこともあるさ。



今、マレーシアではインド風カレーを普通に毎日食べている。

このカレーの辛味を出すためのスパイスである唐辛子は15世紀にコロンブスが南米に到着するまではアジアには無かったはずなので、インドのカレー料理の歴史が紀元前からと古かったとしても今のような味ではなかったはずだなあと、ふっと、思った。(インドカレーばかりか韓国料理だってタイ料理だって四川料理だって唐辛子で辛くしている料理は全部ヨーロッパ人が海を船で渡ったことでそうなったはず。そう思うと辛い料理の歴史はけっこう浅いのだ。)

そう言うわけで、調べてみたら下のサイトにちょっとだけ書いてあった。

☆カレー雑学大百科☆(←クリック)

唐辛子が来るまでは辛味を出すのに長胡椒を使っていたと書いてある。長胡椒って何だと思ったらこれも下のサイトにあった。辛いらしい。

長胡椒(ロングペッパー) -日本胡椒協会(←クリック)

なるほど、唐辛子と出会う前のカレーもやっぱり辛かったのだった。もっと味気ないのかと思ったらそうでも無いってことかも知れない。唐辛子以前の時代のカレーに関する資料などはどこかに無いものでしょうか? 再現してみた人など?

盗まれた

2010-12-08 21:46:30 | まさか、マレーシア!
今朝、3日ぶりにスズキ君に乗って通勤しようとしたら、何がか違う。

何かが違うのはわかるが、一体何が違うかがわからない。一瞬後にやっとわかった。スズキ君の左側の黒くて細長いプラスチックのカバーが無い。無くてもデザイン的には変でもない。だからもともと無かったようでもあり、よくわからなかったわけだ。

反対側に回ってみると右側はある。比べてみると確かにちょっと変だ。比べなければどうってこともないけれど。カバーだけでなくてエンジンの部品でも持っていかれていたら動かないぞ、と次の瞬間思った。急いでエンジンをかけてみたら、それは大丈夫だった。どうもカバーだけの被害らしい。

って、わけでセキュリティの人にも管理人のおばさんにも一応言っておいて出かけた。被害は大したこと無いにせよ、小さな被害のうちに届けだけ出しておかないとこれが大きな被害につながりかねないから。ここは靴が1足なくなっただけでもたいへんな事になるアパートだけれど、それも住人が注意しているのが前提なのだし。通報もこちらの責任なのだ。



明日は朝6時前に出てジョホールに行くことになった。

これは仕事。昨日までのマラッカより遠いじゃないか!

ただ車で連れていかれるので乗り換えが無くて良い。ちょっと退屈かもしれないけれど。




近所のインド食堂のメンバーが大幅に入れ替わっておかずの味の幅が広がった。カレーそのものからちょっとトマト味入りや日本人向けの野菜炒めなど。そのせいかどうかわからないけれど、今夜はお客さんがいつもより多かった。新しく来たメンバーもすぐにこちらの顔を覚えてくれて笑顔で挨拶してくれる。良いじゃないか。



マラッカで買ってきた唯一のお土産は"砂糖"。

たまたま工場(こうば)で椰子の実を割っているおじさんがいたのでそれをどうするのかと聞いてみた。椰子の実など使い道が限られているので聞くまでもない。油かココナツミルクかグラインドした料理用ココナツあたりだろう。

けれど、ここはあえて聞いてみた。話のきっかけだ。

予想に反して"砂糖"だった。

これだよと見せてくれたのが竹筒の中で固めたような円筒状の黒い砂糖。どの市場でもスーパーでも売られているもののようだけれど、ちょっと色が濃いようだ。そんな形の砂糖はさとうきびから作るのが主流かと思っていたし、アイスクリームやかき氷の蜜ではさとうきびから採ったブラウンシュガーの味がしていたから、まさか非効率にも100%ココナツから砂糖を作っているとは思わなかった。

1個の黒い砂糖の塊は5個のココナツから作られるのだそうだ。けっこうたくさん採れるのだな。それにしても手でココナツを割っている割には安いのじゃないか?

そう言うわけで4個入りの砂糖を5リンギットで買ってみた。その時はそれがマラッカとどう関係あるのか知らなかったけれど、すぐ後にかき氷を食べてよくわかった。砂糖の味が全然違う。コクと深みが全然違う。


と言うわけで、さっき買ってきた砂糖を少し欠いて食べてみた。まさにあの味。これは美味いわ。

マラッカ 3日目

2010-12-07 19:17:11 | まさか、マレーシア!
今朝はマレーシアの休日だけれどまだ観光客のいない街を少しだけ散歩する。

ババ・ハウスの裏には小さな公設市場がある。野菜や肉といっしょにすぐに食べられるものも売られている。チマキの中身だけのようなおにぎり状のご飯が美味い。

そこから裏通りを一周して表通りに出る。観光客には全く関係ないが中国の出身地毎の集会場のようなものが多くあり、それにはなんとか州会館と名前が出ている。子供連れで来たりおじさんたちが話をしていたりいろいろだ。奥の方にはご先祖様を祭る祭壇のようなものが置かれていて線香が焚かれている。

こうして長い時間が経過しても混血が進んでも、そして異国の地にありながらも彼らは中国人でありつづけるのだろうか。もし自分がその立場だったら、日本人の一員として同じようなことができるものかどうか? 残し続けられるかどうか?




ババ・ハウスでマラッカ・セントラル行きのバス乗り場を聞く。フロントを出て西側に歩くと三叉路があり、そこからもう少し行ったところにあるガソリンスタンドの向かい側と教えてくれたがバス停らしきものが無い。マレーシアの場合はバス停が必ずバス停らしいとは限らないのでそこでも良いかもしれないし、もしかしたらそうでないかも知れない。

こう言う場合は聞くに限る。そこで仕事をしていた人に聞くと少し戻ったところだと言う。なるほど良く見ると2m四方ほどの古い民家風の屋根だけが細い2本の柱の上に立っている。その下にはなるほどバスの時刻表のような看板が1枚かかっていた。と、間もなく真っ赤なバスが来たので止めて聞くとマラッカ・セントラル行きに間違いない。値段は1リンギット。

走り初めてそれほど経たないうちにもうジャスコが見え、テスコもあり、そのすぐ後にはもうマラッカ・セントラルのバスターミナルがあった。あっと言う間に到着だ。あっけなく余韻も何もない。




マラッカ・セントラルのターミナル横は巨大な公設市場。

せっかくなのでちょっと見ていく。築地のようなプロ用の市場ではなくて、誰でも買えるスーパーマーケットのようなものなので家族連れ出来ている人が多い。オモチャを買ってもらう子供など見ているとどこも同じだなあと思う。高い物の多いショッピングモールなどと比べるとほのぼのしている。




マラッカ・セントラルではバスの客引に連れられてKLまでのチケットを買う。行きは無難なトランス・ナショナル社のバスにしたけれど、帰りはすぐに出発しそうな小さなバス会社を選ぶ。バスはちょっとボロだった。けれどもシートはフカフカで乗り心地が良い。バスも音はうるさいがなぜか振動が少なく高速では快適に眠れた。見た目だけではバスもわからないものだ。



家に帰るとキャサリンさんは休む間もなく洗濯をする。シャツとパンツの換えだけしか持っていってないのでそれほど多くはないが、ごくろうさん。なかなか楽しい旅行でした。また、マレーシアに来てから初めての泊まりがけの旅行でした。






ところで、ババ・ハウスにはフリーWifiがある。部屋によっては電波が届きにくいこともあるけれど便利だった。持っていったのはキャサリンさんのEeePC。キーボードが小さくて文字入力にはちょっと慣れが必要だけれども、軽いと言うのは良いと思った。それに電波のあるところに移動してもバッテリーのことを心配する必要がないのも良い。1日中コンセントの事を忘れていられるのだから。

マラッカ 2日目

2010-12-06 21:48:41 | まさか、マレーシア!
朝食の後でこのホテルを探検してみた。

ガイドブックによるとこのホテルはブラナカン建築と言う様式なのだと言う。"プラナカン"?、はて?、大学の教科書にそんな様式が出ていた記憶がない。ネットで調べるとマラッカ地方のバパ・ニョニャの子孫たちの残した形式を言うとのこと。なるほど、この地方独特の呼び名であれば教科書に出てくるわけはない、と納得。

建築に関しては後ほど建築専用ブログの方に書くことにして、ここでは写真を2枚だけ載せておこう。旅行で訪れたい気分になってもらえるかどうか? そう言うわけで急遽今晩もう1泊することに決定。




ホテルを出て街路に歩き出すと、使い古された表現で言うと、"昨夜までの喧騒が嘘のよう"に静かな普通の街がそこにあった。普通に生活する人がそこに普通にいるだけの街。自転車の前の部分に大きな箱を付けておじさんが何か売っている。おばさんがそれを呼び止めて買っている。近づくと食パン屋さんだった。

おばさんは自分の経営している食堂がすぐそこでしかももう開店しているのにそのパン屋さんのパンが美味しいのだとしきりに勧める。ほうら、こんなに柔らかいんだから、と自分で買ったパンを触らせる。確かにとても弾力のある山型の食パンだ。生地の白さが映えて美味そうなので1斤買ってみた。90セント(25円ほど)だ。

よく焼けているしよく醗酵したパンだった。



先日バスから見えたカンプン・フル・モスクまで歩いてみた。これもタマネギ型の屋根の無いタイプのモスクで以前に見たジョグジャカルタのモスクに似ている。モスクに定型的な様式は無いのだ。



お昼を食べた後、オランダ広場裏手を歩いてみた。フランシスコ・ザビエル教会も月曜日は誰もおらず静かだ。これは南フランスのゴシック様式だそうだがだいぶデコレーションが省かれていてシンプルな建物だ。中身は教科書によくある十字架の周りに回廊があるタイプ。テレビで見るヨーロッパの荘厳なイメージより心を落ち着くける静かな印象。


せっかくマラッカに来たのだから何かお土産を、と言うようなことはあまりしないことになっている。そこでキャサリンさんは15分カットの店で髪を切ってみた。(そんなの別に記念でも何でもないじゃないか。ただ、暑いからってだけだ。)



こうして写真を見直してみると、空がきれいだ。KL近郊とはちょっと違うのかなあと思う。マラッカの夕日がキレイと誰かが言ったのはそう言うこともあるのだろうか?

日が落ちてくると太陽と建物がギザギザに光の模様を作り出す。昼間には目立たなかった建物のデコレーションも夕日の赤と影に模様を写されてまた違った印象で迫ってくる。昼間とは別の意味で古都を感じさせるほんの短い時間。カンポン・クリン・モスクの変わった形のミナレットが路地の奥で夕日を眺めている。



そして最後はお約束の......


明日は早めに帰途につくことにしよう。



追記
プラナカンをブラナカンと記していましたが修正しました。