フランスのギュスターヴ・フローベール(1821-1880)の原作、伊吹武彦訳(岩波文庫2007年4月5日第68刷改定発行)を読んで・・・。
フローベール35歳、1856年(今から151年前)に完成した作品と言われています。
フローベールは当時、フランスの片田舎でひとりの夫人が自殺した事件に着目し、取材と調査を徹底的におこない、フローベール自身が悩み苦しみ呻いて、世に出された作品と言われています。
フローベールは、モーッパッサン、ゾラに影響を与えた大作家でした。弟子のモーッパッサンに、毎日同じ通りで同じ時刻に風景を文字でデッサンをしなさい、と教えモーッパッサンは師の教えをまもり、作家の観察力と表現力に磨きをかけ、大文豪と評されるまでになった、との逸話は有名です。
シャルル・ボヴァリーとヒロインのエンマとの出会いは、ドラマチックなものではありません。
エンマの父がシャルルの患者で、往診しているうちに、シャルルがエンマにひかれ
エンマの父もシャルルが気にいって、エンマもシャルルが嫌いでなかったので、結婚しました。
シャルルはエンマを限りなく愛し、誇りに思っていました。
一方、結婚生活もしばらくするとエンマは「ああ、なぜ結婚なんかしたんだろう」と後悔します。
「エンマは、別な廻りあわせで、他の男に出会う道はなかったものかと考えた。そして実際は起こらなかったそういう事件、そういう違った生活、そういう知らない夫を想像しようとした。世間の男はいまの夫のような人ばかりではない。自分の夫になった人は、美男子で、気がきいて、品がよくて、ほれぼれするような人だったかもしれないのだ」(上巻70ページより)とシャルルへの失望を顕著にしていきます。
エンマの夢と現実はしだいに距離をひろげ、ますます夫を疎ましく思い、病的なまでに夢をおいつづけます。
エンマは家事を投げ捨て、自分の殻に閉じこまるようになります。夫は妻が病気になったと思い著名な医者に診てもらい、妻が気の病と所見がだされたのを契機に転地をします。
転地先で、エンマは青年レオンに逢います。レオンは法律家になるべく修行の身でした。
エンマに恋心がめばえ、その心が膨張していきます。エンマとレオンが抱擁し熱いキスする寸前まで進展したのですが、レオンはエンマと別れ、法律の勉強のために都会へ行ってしまいます。
夫シャルルはエンマとレオンの関係を疑っていませんでした。シャルルはレオンに好感さえ持っていました。
レオンが去ってしまったエンマの心に空洞ができてしまいます。
ロドルフは、エンマのいる村の土地を買い、地主としてエンマの前に現れます。
ロドルフは大金持ち、大邸宅をかまえ、独身で、おんなたらしでした。
ロドルフはエンマに会い、いいおんなだとビッビットきます。よし、ものにしよう、だが、エンマは人妻、しろうとおんな、夢中になられると、手を切るのが大変、と思案をめぐらせ、エンマをものし、夢中にさせ、手を切るまでのシナリオを考え、よし、これでいこう、ときめ実行していきます。
転地してからエンマは娘を出産します。その娘を里子にだします。
エンマはロドルフにひかれていき、夢中になります。そして、ついにかけおちの約束をします。
その日、そのときがきたとき、ロドルフはかけおちできない理由を書いた手紙を作男に届けさせ、旅にでました。
手紙を読み、気が動転してしまったエンマの目前を、ロドルフは馬車で駆け抜け、疾風のように去っていきます。
エンマは気絶してしまいます。
気がついたエンマは、心配して声をかけるシャルルも、里親からもどっていた娘がははの首にすがりつこうとして両手をひろげて近づいてきても、顔をそむけ「いや、いや、・・・誰もいや!」といって、また気絶してしまいました。
ロドルフは、はじめからエンマの気持ちを考えていませんでした。ロドルフにとってエンマとの別離はシナリオどうりのものでした。
夫シャルルは、意気消沈し無気力状態の妻エンマに何とか元気になってもらおうと思案の結果、エンマを都会の劇場へ連れて行き演劇を観せ気分転換を計れば、道が開けるのでは?
エンマは都会の劇場でレオンと再会します。爆発的にエンマの恋心に火がついていきます。二人の距離はあっというまになくなり、都会のホテルでの熱烈な逢引が重ねられていきます。
エンマは経済観念の希薄な女性でした。
ロドルフやレオンに贈り物の波状行為を楽しみ、レオンとの逢引にはエンマの村とレオンの都会との間を馬車で往復しなければなりません。ホテル代もエンマが喜んで負担しました。
エンマの借金は8000フランに膨れあがり、法的に差し押さえらることになりました。
そのなかに、シャルルの診察室も入っていました。差し押さえられれば、シャルルが仕事ができなくなります。
エンマはレオンに金の工面を頼むのですが、レオンはエンマの期待にこたえることができません。
エンマはかっての恋人ロドルフに会う決心をします。
エンマは最悪の場面を考え、ロドルフに3000フランで身を売ろうとします。
金の話を聞いたロドルフは、胸のなかでエンマを軽蔑します。ロドルフは、少しの金もだしません。エンマをきっぱり拒絶します。
エンマは、人生に挫折し、狂ったように破局へ向かいます。
エンマは、大量の砒素を服用し、自殺します。
シャルルは、何故、差し押さえられるのか、何故、妻が服毒自殺なのか、理解できません。
シャルルは、エンマの死体を着飾り、心残りのないように、おくりだそうとします。
シャルルは、偶然、エンマの遺品から、ロドルフやレオンがエンマにあてた恋文を発見し、内容を確かめます。
シャルルは、放心します。無気力状態におちいります。そして、急速に衰弱していきます。
シャルルは、中庭の椅子に座ったまま眠るようにして死んでしまいます。
シャルルが娘に残したお金は、一切合切含めて12フラン75サンチームでした。これは娘が叔母のところへいく旅費にあてられました。
娘は叔母に引き取られました。叔母は貧乏でした。娘は叔母のところから生活費を稼ぐため綿糸工場へでるようになりました。
夫と娘より、いいおとこを求め、恋に夢中になって挫折し、夫と娘の生活をドン底に突き落としてしまったエンマの生き様は、夫と娘からみると、竜巻のようなものでした。
一方、エンマのようなおとこもやまほどいます。おんなに夢中になり、家族をドン底に突き落とし、行方不明になってしまうおとこたち・・・。
作者のフローベールは、「ボヴァリー夫人は、私だ」と、言ったそうです。
フローベールは、「ボヴァリー夫人」で夢を追い求め、挫折した人生を表現しました。その見事なまでのリアリズム手法に脱帽します。