子どもでもわかる世界論 Q&A Q21
Q21 人はなぜ服を着ているのですか?
A21
わたしたちが日頃当然のこと、自然なことのようにしていることでも、その理由を考えてみるとよくわからないということがたくさんあります。衣服を身につけていることに関してもそうです。
衣服はなぜ生まれたのかについて、「衣服は体を保護するために生まれた」「暑さ寒さから身を守るために、人は衣服をまとうようになったという説」(以下の引用書 P153)がありますが、これは現在のわたしたちの感覚やイメージから推量した合理的な考えにすぎないと思います。太古のまた遙か太古の人々が、現在のわたしたちと同じ考えとは限りません。むしろ、共通性があったとしても大きく違っていただろうと考えた方が良いと思います。このようなことは、人類の二足歩行や言葉の獲得などについても同様に言えることです。
わたしの場合は、ごく普通の人と同様の考えやイメージを衣服について持っているにすぎないので、つまりよくわからないので、専門の人に語ってもらいます。以下に引用した部分以外に、服飾の歴史などについてもう少していねいに語られていますが、その服飾の始まり辺りの部分を中心に引用します。ちなみに、鷲田清一氏は、衣服やファッションの本も何冊か出している、従来の哲学者のイメージからは抜け出た人で、「臨床哲学」を主張されています。山極寿一氏は、長年ゴリラの生態を実地に研究されている人です。
鷲田 本来動物は、基本的にオスがきらびやかなはずです。人類も近代革命が起こるまでは、男の装いのほうが華美だったのです。(註.1)
山極 おっしゃるとおりで、ファッションの起源をたどればやはり男性、要するにオスですね。ゴリラやライオンでも、オスだけが変更不可能な装飾品を身にまとっていますからね。ライオンのたてがみやゴリラの背中の白い毛などは、取り外しできません。それを人は変更可能なもので補った。それがボディペインティングだったり、羽飾りだったり、毛皮を着ることもそうですね。
鷲田 そういうものを身にまとうことで変身する。
山極 変身すると、それまでの自分とは違うものになったような気分になれます。これは大きな認知革命で、おそらくは言語の発達と軌を一にしていたのではないでしょうか。
(『都市と野生の思考』P150-P151 鷲田清一・山極寿一 インターナショナル新書 2017年8月)
鷲田 僕は昔、化粧をどうして「コスメティック」というのかとても気になったことがあって・・・・・・。
山極 それはもしかするとコスモスですか。
鷲田 そう、コスモスつまり宇宙なんです。コスメティックは、宇宙へのあいさつなんです。現代のコスメティックは、他人に自分の姿をよくみせるための行為です。要するに見せる相手は他者ですね。けれども起源としての化粧や装飾とは、宇宙や大自然を相手にしていたはずです。変身して、人間にとっては恐ろしい他の種の生き物になったりして、とてもパワフルになった気分を味わうというか。変身することで、宇宙にあいさつするというか、あるいは挑発するというか。
山極 なるほどなあ。自分が装飾した姿を見せる相手として、誰を設定しているのかが重要なわけですね。
鷲田 衣服が本質的に持っていた意味としては、社会性よりも先に、宇宙や自然、あるいは他の生命との応答があったのではないでしょうか。その延長線上として、権威ある王様と同じ装いをしてはならないという社会的な意味を帯びてくるようになった。
山極 そう考えると、衣服は神との応答性から生まれた可能性がありますね。
(『同上』P151-P153)
このように、人間は、動物のオスと同じように、「変身」して「それまでの自分とは違うものになったような気分」を獲得する一方で、その動物生からさらに飛躍して、「宇宙や大自然を相手にして」「変身して、人間にとっては恐ろしい他の種の生き物になったりして、とてもパワフルになった気分を味わう」ということを考え出したのかもしれません。最初の合理的な説明よりもこの二人の話の方が実際そうだったのではないかとわたしには思えます。では、人はどうして「変身」しようとしたかは、慈愛ももたらすけど、荒々しい猛威も振るう大いなる自然に対して、拮抗しようとする感情や意識がそれを促したのではないかと思います。
先に述べたように、太古のまた遙か太古の人々と現在のわたしたちとは、世界についてのイメージや考え方は大きく違っていたと思いますが、衣服などを身に付けることによって自分が変身したパワフルな感覚を手にするという点は、共通していると思います。
(註.1)
これはヨーロッパを基準に語られているように見えます。わが国の場合や、他の国々は、それと同じだったのか、どうだったのか、気になりました。つまり、鷲田清一氏は、全世界的に見渡し、それぞれの地域をたどって言っているのだろうかという疑問を持ちました。
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