今日は新潟県最北の山として、またその名称に惹かれて▲日本国を予定している。
一旦日本海側に出てから、山形県に入る前に再度内陸部に入っていった。
[早朝から早くも先発者が出発間近だった]
この山は、山名が日本国という壮大な名前であり、その歴史とロマンを強調したメッセージがあちこちで見られた。
[丁寧な登山案内板が有った]
[出発早々に水場もあった]
[森林浴にピッタリの登山道]
[ヤマツツジが咲き出していた]
[里山らしくベンチもあった]
[今日は特に春霞みが強かった]
[奥に見えてきたのが山頂方面だろう]
[蛇チャンも春眠暁を覚えずといった様子でノンビリ]
[東屋のある展望所]
[これといった展望は望めなかった]
[ここの峠は蛇逃峠、そう言えば先ほど蛇チャンがいた]
[チゴユリ]
[ここでもツバキは健在である]
[日本国という名前の由来についての記述があった]
[新緑が気持ち良い登山道を進む]
そうしてたどり着いた▲日本国の山頂は、樹林が多く展望は望めそうも無かった。
[やたらと日本国という名称が目についた]
[新緑が目に染みる]
[樹林に囲まれた▲日本国の山頂]
[以前は朝日連峰まで展望出来たのであろうか?]
[落ち着いた山頂広場]
[展望台が作られていたが、樹林が伸びてか展望は余りない]
[▲日本国という名称の由来についての記述が書かれていた]
[登頂証明書も発行しているらしい]
[展望台でのパノラマ、でも展望は余り変わらない]
[昔のガイド本では朝日連峰が展望出来るとの記述が有ったが、今は望めない]
[学校の集団登山にもってこいの山頂である]
山頂では、後からやって来た山形県の青年と色々話した。
この山は山形県側からも登山道が有るようだが、余り整備されていないらしい。
対して、新潟県側は誇大とも思える宣伝で山里を盛り上げようと頑張っているのが分かる。
5月5日は標高555mに因んで、この山の山開きまで行われるようである。
その後、下山は周回コースを取り、展望の良い東屋から奥に下山した。
道路に降り立つと、リュウキンカや水芭蕉を始め、民家にも色んな花が見られた。
[水場にはリュウキンカの鮮烈な黄色が目立った]
[リュウキンカに映えるように真っ白な水芭蕉も見られた]
[水仙]
[この道は旧の出羽街道に当たるようです]
[かつては小俣宿として栄えた旧出羽街道の宿場だったようです]
民家の庭先には、色んな花が咲いていた。
[奥に登っていた▲日本国を見上げる]
[各家には、宿の屋号が今も掲げられていた]
[郵便局も堂々と日本国麓郵便局]
[最後まで歴史とロマンを強調した▲日本国の山麓風景でした]
まだ時間があったので、車中泊予定の村上市の道の駅「まほろば朝日」へ帰る道すがらに、以前晩秋に登ってブナ林の黄葉が素晴らしかった▲新保岳に寄ってみようと登山靴のまま出発した。
林道沿いには、ぼつぼつ春の花が咲き出していた。
[キクザキイチゲがあちこちに咲いていた]
[カタクリも林道沿いに咲き出していた]
奥へ走っていくと、だんだん林道が荒れてきた。
[旧の登山道は、もう立入禁止になっていた]
この冬は雪が多く、まだ除雪整備が追いついていないようで、倒木や落石で林道が塞がれていた。
登山口までは、まだ3km以上有るようだ。
[この辺りで、落石と残雪で万事休すとなった]
この状態では、引き返すしかなかった。
諦めて一服していると、一台のバイクが奥へ入って行った。
しばらくして戻ってきた山菜取りのバイクの方と話した。
この辺りの出身で、連休で空き家になった実家に帰ってきているらしい。
何時もなら連休には、林道が開通しているが、今年は雪が多く遅れているとのことだった。
残念ながら新緑の▲新保岳は断念し、明日予定の里山▲朴坂山に近い村上市の道の駅「まほろば朝日」へ帰り、温泉に入浴後そのまま連泊で車中泊にしました。