実家にある、私が子供の頃使っていたピアノ。
毎年の調律を欠かさず、実家へ行くたびに何かしら弾いています。
少し小さく最高音もAなのですが、昔の物なので良い材木を使っているそうです。
部屋がコンパクトな木造ということもあり、とてもいい響きがします。
私は一番初め3歳の頃、兄や従兄弟たちとお寺のオルガン教室に通っていました。
お堂にずらりとオルガン(電気だと思います。さすがに足踏みではなかったような?)が並べられ、大勢の生徒がバラバラに弾いていて、先生が回って来ては〇を付けて行くというレッスンでした。
テキストは大きくて分厚い「幼児のバイエル」。
(今、気付きました!大きな本でなく、私が小さかったのじゃないかな)
”どどれどどれみど”みたいな曲を、無味乾燥に次々弾いては〇を貰っていました。
どんどん先まで弾いても先生がなかなか回ってこないので、退屈だったのを覚えています。
年長さんになって、母がピアノの先生を探して連れて行ってくれました。
そこで本物のピアノに触れ、弾きたいと思いました。
兄と一緒に習い始めてしばらくして、家にこのピアノがやってきたのです。
「こどものバイエル」「メトードローズ」「こどものヘンデル」・・・
新しい楽譜を貰うたびに、最後まで読んで弾けるだけ弾かないと気が済みません。
この趣味?習癖?はずっと続き、小学校では学年が代わって始業式から帰ったら、いつも貰った教科書を全部ゴロゴロ寝転びながら読んでいました。
特に音楽の教科書は最後まで歌ったり弾いたり、しまいに忙しい母を捕まえて二部合唱を強要したりしていました。
母も、歌が好きなのでよく付き合ってくれました。
メロディを歌ってもらって、二部を付けるのが面白くて嵌っていました。
その時もピアノで音を取ったり、伴奏したり。
ピアノの先生は、絶対音感やソルフェージュをしてくれて、それがとても楽しかったし、身に付いたのです。
ですから、私も小さな生徒さんには絶対音感、そしてソルフェージュを必ずしています。
楽譜も、難しくても頑張って読むように指導しています。
継続は力なりです。
その後、音大進学までこのピアノは私の友となりました。
悲しい事も、嬉しいことも、皆知ってるピアノ
レッスンの帰り道、ソナチネの素敵な部分を頭の中で繰り返しながら歩き、家についたら急いで弾いたっけ。
初めてショパンの曲~ワルツをする事になった時は、やった~と思ったなぁ。
シューベルトの即興曲3番は、母が亡くなった頃に弾いていて今も聴くと思い出す。
音大生となり、新しいピアノを割引きで購入でき、このピアノは玄関に置かれることになりました。
それからは、玄関で近所の子供さんに教えたりしていました。
そんな思い出がいっぱいのピアノ。
どなたか生徒さんが引き継いでくれたらなぁ・・・と思い、順番にお声かけしていました。
そして、ついにお嫁入り先が決定。
電子ピアノでは行き詰まりを感じていた、と喜んで下さってこちらも嬉しい限りです。
末永く、大切にしてやってください
何か、名残惜しいなぁ。