長島音楽教室~守口メイプルパーク

守口メイプルパークのピアノ教室です。
リトミック・絶対音感指導も行っています。

入院生活

2009-10-23 16:38:54 | ピンクリボン運動
その2「凝り性」の続き)

2003年6月下旬から入院生活が始まりました。
教室の方は、7月は早めの夏休みと言う事でお話し、皆さん、幸い快く承諾して下さいました。
家の方は、中3・小4の娘、夫、父に任せるしかありません。

入院病棟は、乳腺外科と形成外科の階でした。
乳がんの人だけでも20人はいて、順々に手術を受け、リハビリ、抗がん剤、として行くわけですが、先にする人を送り出し、した人が次の人にアドバイスし、励まし合い、心強いものがありました。

部屋割は、初めにアンケートがあり、それを基に決められたようです。
私のいた4人部屋は看護師詰所やロビー・給湯室から一番遠くの奥の部屋でした。
どうも、元気&ボジティヴ部屋だったみたいです。
病状、各先生の事、毎食の献立、自分の事、家族の事、好きな俳優さんの事、他の部屋のこぼれ話、話題も笑い声も尽きません。
私は一番年下だったので、子育ての事なども色々教えてもらいました。
リハビリも皆で励まし合ってしました。
朝、体操をしようと言う事になり、私が「チャンチャーチャ チャチャチャチャ♪」とラジオ体操第1の歌を口ずさみ、皆で「おいちにっさんしっ」としたり・・・。
お一人が着替えて遠くまで散歩して来て(元気~)、向こうの方に蓮池があったとのこと。
翌日、私も別の部屋の少し若い人と早朝5時に(真夏でしたので)待ち合わせて、その池まで散歩に行ったりしました。
術後はその位の方が回復が速いと言う事で、よく動きました。

しんどかったのは、やはり抗がん剤でしょう。
吐き気や、白血球の値が極端に下がったり、髪が抜けたり・・・。
でも、これも先輩が色々教えてくれたし、清掃の方も快く始末して下さって何とか耐えることができました。

1回目の抗がん剤を終えた頃、既に8月になっていました。
娘のコンクールで一度、日帰り帰宅はしましたが、流石に家のことや教室の事も気にかかります。
アレルギーがあるので、先生はもう少し様子を見ようと思われていたようですが、退院する事にしました。

(その4へ続く)