その夜、私はホテルの部屋で正式に結婚を申し出た。
A子はいいんですかと問うたが、私の目を見てすぐにありがとうございますと応えた。
ほんのり頬を赤らめていたが、それは夕食のお酒のせいばかりとは言えなかっただろう。
遊びつかれた弘樹は食事中からこっくりし始め、布団に寝かしつけてから久しい。
私達は互いに引き合うように寄り添い、A子の肩に手を回した。そのときだった。
「あれ、弘樹!」
A子が素っ頓狂な声を出した。
A子の視線の先に弘樹が寝ぼけて立っており、首筋をポリポリかきながら備え付け金庫の前でパンツを下げていた。
「お父さんトイレ、トイレ」
私はとっさに立ち上がり、トイレはこっちだと言いながら弘樹を抱えてトイレに走った。
金庫の前からトイレまで、ヤカンで水をまきながら走ったような跡がついた。私はなぜかグランドの線引きを思い出して笑い出した。
A子もタオルで始末しながらつられて笑った。
弘樹はまだ寝ぼけていたが、A子にパンツを履き替えさせてもらうと安心して寝息を立て始めた。
私達家族の初夜はこうして更けていくのだった。
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