のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 二 部  六、新月の夜  (地下牢 )

2014-12-08 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

地下牢

 

 「畜生、出せ、出すんだ!」カルパコは牢の鉄柵を揺さぶって叫んでいた。

 「うるさい、お前はすぐに首切りの刑だろうよ。それまでの辛抱だ。」衛兵が悪態をついて立ち去った。」

 牢の前に一本だけ灯された燭台が唯一の灯りだった。その灯りは罪人の為にあるのではなく、牢の番人が作業するためのものだった。物の腐ったような匂いが立ち込めていた。カルパコの叫びは地下に空しく響くだけだった。カルパコは自分の体力が続く限り牢の鉄柵を揺り動かし、叫び声を上げた。しかしやがてぐったりして冷たい土間に崩れ落ちた。

 どれだけ時が経っているのか分からなかった。あれから看守が一度入って来ただけだった。手に粗末な食べ物を乗せた盆を持っていて、牢の小窓からそれをカルパコに渡した。その食べ物に手をつけないまま、気が遠くなるような時間が経っているようにも思われた。カルパコの他には誰もいなかった。牢はカルパコの向かい側にもあって、横にずっといくつも並んでいるようだった。ちょうど通路を挟んで横一列に並んでいるのだ。斜め向かいの牢の中には白いものが見えていた。暗闇の中でよく分からなかったが、目が慣れてくると壁に手を吊られて垂れ下がった骸骨だと分かった。しかしその骸骨には首がなかった。そんな骸骨がその横の牢にも入れられているようだった。しかしカルパコの入れられた牢の鉄格子からはそれ以上は分からなかった。そしてその通路の奥は闇に溶け込んで見えなかった。

 「グッグワー、ズズズズ、」奇妙な音が闇から聞こえた。

 カルパコは息を飲んだ。聞き覚えのある音だった。確か、図書館の地下室でもこの音が聞こえた。

 「こ、ろ、す  こ、ろ、す  こ、ろ、す 」

 何だ、この声は、カルパコは恐ろしさのあまり、両耳を塞いでうずくまってしまった。しばらくすると声は次第に小さくなっていった。すると不意に気味の悪い声がすぐ間近で聞こえた。

 「憎いか、憎め、憎め、ふおっ、ふおっ、ふおっ、ふおっ」うずくまったカルパコの上から不気味な声が聞こえて来たのだ。

 カルパコが顔を上げた。そこには、ステッキをついた骸骨が立っていた。ろっ骨には勲章がいくつも吊り下げられていた。それが揺れる度に牢獄のわずかな灯りに輝いた。

 「何ものだ。さては魔物、」

 「お前の好きなエミーという女は王子のものよ、ふおっ、ふおっ、ふおっ、」

 「何だと、」

 「悔しいか、口惜しかろう。憎かろう。哀れよのう。ふおっ、ふおっ、ふおっ。」

 「化け物め、消えろ!」

 「ふおっふおっふおっ、そう怒鳴らなくてもよかろう。力を貸そうと言うておるのじゃ。」

 「力だと。」

 「女を取り返したくはないのか。その憎しみは嘘なのか。お前の怒りはまがい物か。」

 「何だと。」

 「悪いのは王子だ。その王子を憎む勇気もないのか。哀れな奴だの。」

 「王子からエミーを取り返せるというのか。」

 「お前次第だ。」骸骨がステッキをカルパコの方に向けた。

 「どうしろというのだ。」カルパコの心が揺れた。

 「お前の仲間が新月の夜、この城に現れる。」

 「なぜお前がそんなことを知っているんだ。」

 「ひょっひょっひょ、調べはついておるのじゃ。お前はその時にここから出されるだろう。」

 「本当か。」

 「わしに分からぬ事はない。」

  「お前は一体何ものなんだ。」

 「わしはゲッペル、覚えておくがよい。」

 「ゲッペル、」

 「驚いているようじゃな。お前の考えている事は手に取るように分かるぞ。」

 「何だと、」

 「ふおっふおっふおっ、今、王子についている宰相はわしの子孫。」

 「何だって、するとエミーが黄泉の国で遭ったというのはお前か。」

 「あ奴はわしに逆らった。黄泉の国をけがしたのだ。本当なら処刑に処する所だが、しかしお前に免じて許してやろう。どうじゃ、わしの力になるか。」

 「断ったら?」

  「愚かなことじゃ。お前はここから出る前に、ここであのようになる。」ゲッペルは牢に吊るされた骸骨を指さして言った。

 「お前は王子に女を取られたまま、惨めに死ぬのだ。この世で最も哀れで愚かな男としてな。ふおっ、ふおっ、ふおっ、ふおっ。」

 「恨みを晴らす気はないのか。男になるのじゃカルパコ。」

 「俺にどうしろというのだ。」

 「わしと契約を結ぶのだ。」

 「契約?」

 「お前の望みどおり、王子を殺して、お前に女を取り戻させてやろう。その代わりお前はわしの言うことを一つだけ聞けばよい。」

 「一つだけ?」

 「そうじゃ。条件のいい契約じゃろうが。ふおっふおっふおっ。」

 「その一つとは何だ。」

 「よく聞くのじゃ、奴らは新月の夜、黄泉の国に入る。もちろんお前も一緒にな。その時お前は、連中をわしの指示する場所に誘導するのじゃ。それだけでいい。どうじゃ。」

 「本当にそれだけか。」

 「これでも黄泉の国の将軍じゃ。嘘はつかぬ。どうじゃ、お前の恨み晴らしてみぬか。」

 「しかし、」

 「煮え切らぬ奴だの、王子に女を取られるのも当たり前だなふおっふおっふおっ。」

 ゲッペルはカルパコを見限って立ち去ろうとした。ゲッペルがゆっくりと歩き、地下牢の隅に隠れようとしたとき、カルパコはとっさに声を出した。

 「待て!」

 「どうした、もうお前には用はない。勝手にのたれ死にするんだな。」

 「何!」

 「それともわしと契約を結ぶかの。どうだ、これが最後だ、よく考えて返事をするんだな。しかしいつまでも待つわけには行かぬ。」

 「分かった。」

 「そうか、良い決心をした。誉めて使わそう。二言はないだろうな。」

 「ない。」

 「ならばその証しに、お前が持っているその黄色いふだをこちらに渡せ。」

 カルパコは一瞬しまったと思った。とんでもないところに足を踏み入れる事になるのではないのかという思いが頭をよぎったのだ。しかしその思いは一瞬だった。エミーに対する激しい感情の前に、カルパコの理性は訳もなく掻き消されてしまったのだ。

 一つの流れがカルパコを動かしていた。カルパコの黒い部分がむくむくと頭をもたげて動き出し、カルパコのすべてを飲み込もうとしていたのだ。カルパコは自分の首につけている黄色いふだを外して恐る恐るゲッペルに渡した。

 「よし、これで契約成立じゃ。エミーはお前のものになろう。ひょっひょっひょ。」そう言ってゲッペルは黄色いふだを二つに引き裂いた。

 「これでわしの指示が直接お前の頭に届くじゃろう。よいか、これより、お前は、お前の頭に浮かぶ考え通りに動くのじゃ。それがわしの指示と思え、よいな。」

 「分かった。」カルパコの心は黒い霧に包まれてしまった。

 「ひょっひょっひょ、それでいい、それでいいのじゃ。だがもし、契約に背けばエミーもろともお前の咽をこの手でかき切る事になろうぞ。分かったな。」

 そう言うとゲッペルは姿を消した。地下牢に再び静けさが戻って来た。憎しみの力が一層大きく広がり、闇の部分が更に増していた。カルパコの心はその闇の中に完全に消されてしまった。

 

 

 

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