今回は、男女の心理学から始めよう。
カナダの心理学者が行った実験で、「吊り橋理論」というものについてである。
独身男性を集め、二つのグループに分け、揺れる吊り橋と安定した普通の橋のどちらかを渡ってもらうという実験を行った。
その際、橋の真ん中に若い女性がいて、男性にアンケートを答えてもらった。その時、彼女は「結果が気になったら、あとで私に電話を下さい」と言い、電話番号を教えた。
その後、揺れる吊り橋を渡ったグループの男性については、ほぼ全員から電話があった。これに対し、安定した橋の方からはわずか一割くらいの電話しかなかったということである。
これは、男性が揺れる橋でのドキドキ感と恋愛におけるドキドキ感を勘違いしたからだそうだ。
これはいろいろと応用できる。
例えば、デートにドキドキ感を共有できる場所を組み込むわけである。 お化け屋敷やジェットコースター、急な岩登りのある登山もいいかもしれない。
このドキドキ感について説明すれば、人間は緊張するとアドレナリンというホルモンを大量に出して、警戒態勢に入る。それは、危険から素早く逃げたり、敵と戦ったりするためである。心拍数をあげ、血中の酸素濃度を高め、素早く運動するためである。それがドキドキの正体である。
人は恐怖によって緊張するし、人は魅力的な人の前でも緊張する。脳はこの緊張状態の違いをうまく認識しない。ただ、心拍数が上がったという事実だけを認識するのである。
また、この実験のもう一つのポイントは、心拍数があがりドキドキすることと感情の間に関連性があることである。吊り橋の恐怖と心拍数、魅力的な人に対する好意と心拍数などである。
ところで、体には自分の意志とは関係なく、自律して体をコントロールしようとする機能がある。
例えば、走ったら意識しなくても心臓が勝手に激しく動いたり、暑くなったら自然と汗が出るような機能である。このように、自律して体を恒常的に維持しようとする機能を、恒常性維持機能(ホメオスタシス)と呼ぶ。
もう少しくわしく言うと、外部の環境の変化に合わせ、体温を一定に保とうとしたり、血液中の水分、塩分、糖分、酸素を適切な量に保とうとする機能である。
問題は、このホメオスタシスは、現実の環境の変化のみならず、仮想空間である変性意識状態でも働いてしまうということである。
例えば、映画を観ていて緊迫した場面になると、心臓が激しく鼓動したり、呼吸が荒くなったりする。また、過去の恥ずかしい出来事を思い出し、冷や汗を流したりする。
洗脳はこれらの体の機能を利用して行われる。
洗脳といえるかどうか分からないが、さっきの吊り橋の例で考えれば、意図的に女の子を吊り橋に誘いドキドキさせる。次に、お化け屋敷に誘いドキドキさせる。その次は、ジェットコースターという感じである。
そうすると、女の子は実際は別な理由でドキドキしているのであるが、それを恋愛と勘違いしてしまう。
このように、ホメオスタシスによって、人の感情をコントロールするわけである。
この洗脳もしくは詐欺に関することは、十分注意しなければならないことであるから、もう少し突っ込んで考えてみよう。
例えば、霊を利用した洗脳である。
日本では仏教が伝来する以前から、先祖の霊をきちんと祀らないと祟られるという考え方があった。この深く日本人の深層意識にある考え方を利用するわけである。
つまり、インチキ宗教家やシャーマンはこう言う。
「あなたは最近お墓参りをしていませんね。先祖の霊が怒っています。私がその霊を鎮魂します。その代わりに、500万円の仏壇を買ってください」と。
私たちは霊に対する恐怖心から、簡単に変性意識状態に陥る。インチキ宗教家たちは、それをうまく利用して、心拍数や呼吸、汗などの体の変化を起こし、霊の存在を信じさせるわけである。
また、オレオレ詐欺も同じ原理である。
彼らが語るウソ話、例えば、息子が事故を起こしたとか痴漢をして警察にいるとかのインチキなストーリーによって、変性意識状態に陥る。そして、その身内の危機にドキドキさせられ、行動をコントロールされるのである。
仮想空間である変性意識によって、人間の脳は飛躍的に拡大した。 それによって、さまざまなことを想像できるようになった。しかし、それによって他人に行動を簡単にコントロールされるようにもなった。
その変性意識状態では、究極的には、自分の命すら投げ出してしまうこともある。それが、自己保存本能の低下である。
それについては、次回説明しよう。