"… 願ワクハ髮ニアリテハ澤トナリ
玄 (くろ) キ鬢 (びん) ヲ頽 (くず) ルル肩ニ刷 (す) カン
悲シイカナ 佳人屡シバ沐 (ゆあみ) シテ
白水ニ従イテ以テ枯煎スルヲ
願ワクハ眉ニアリテハ黛 (まゆずみ)トナリ
瞻視 (せんし) ニ隨イテ以テ閒揚 (かんよう) セン
悲シイカナ脂粉ノ尚 (な) ヲ鮮カナルモ
或イハ毀 (き) ヲ華妝 (かしょう) ニ取ルヲ
願ワクハ莞 (かん) ニアリテハ席トナリ
弱體ヲ三秋ニ安ンゼン
悲シイカナ 文茵 (ぶんいん) ノ代御 (たいぎょ) シテ
方 (まさ) ニ年ヲ経テ求メラレン
願ワクハ絲 (きぬ) ニアリテハ履 (くつ) トナリ
素 (しろ) キ足ニ附キテ以テ周旋セン
悲シイカナ 行止ノ節アリテ
空シク床前ニ委棄セラルルヲ
願ワクハ昼ニアリテハ影トナリ
常ニ形ニ依リテ西東セン
悲シイカナ 高キ樹ノ蔭多クシテ
時アリテ同 (とも) ニセザルヲ慨 (なげ) カン
願ワクハ夜ニ在リテハ燭トナリ玉容ヲ両楹ニ……………。"
「 …。」
「よほど ー 、美しい方だったのでしょうなぁ…。」
皆、少しの間、詩の余韻に浸った。
淵明も静かに酒を飲んでいる。
頃合いを見て "形" が再び語り出す。
「ー どうにも男女の道ばかりは奥が深くて、語り尽くすに及ばぬ。
だが、その中に両者で行う営みがあるが、こればかりは我々にとっても閑却する訳にはいかぬ問題性を孕んでいる。
淵明殿でさえなお、その事に思い詰め、かほどに長文の賦でもってしなければその想いを鎮め難かったという事を想うれば、我々は一度その事と真正面から向き合ってみることをしてみてもムダではあるまい。」
柏木の下、月光の陰の中 ー そこに集いし一同は、秋の夜長の涼風に吹かれながら、等しく形を見つめ、次に彼が何を言わんとしているのかを想った…。
玄 (くろ) キ鬢 (びん) ヲ頽 (くず) ルル肩ニ刷 (す) カン
悲シイカナ 佳人屡シバ沐 (ゆあみ) シテ
白水ニ従イテ以テ枯煎スルヲ
…願わくは髪のときには油となり。
美しき黒髪を撫で肩の上にとかしたい。
悲しいかな 美人はしばしば湯あみして。
白く清らかな水とともに洗い流されるか。
願ワクハ眉ニアリテハ黛 (まゆずみ)トナリ
瞻視 (せんし) ニ隨イテ以テ閒揚 (かんよう) セン
悲シイカナ脂粉ノ尚 (な) ヲ鮮カナルモ
或イハ毀 (き) ヲ華妝 (かしょう) ニ取ルヲ
願わくは眉のときには黛となり。
視線の動きとともに静かに躍ろう。
悲しいかな おしろいはまだ新しいのに。
化粧を落とすたび消されてしまうのか。
願ワクハ莞 (かん) ニアリテハ席トナリ
弱體ヲ三秋ニ安ンゼン
悲シイカナ 文茵 (ぶんいん) ノ代御 (たいぎょ) シテ
方 (まさ) ニ年ヲ経テ求メラレン
願わくは寝台のときはむしろとなり。
かよわき体を秋の三月の間 安らかにさせてあげたい。
悲しいかな 模様のある敷皮に変えられれば。
次の年まで見向きもされまい。
願ワクハ絲 (きぬ) ニアリテハ履 (くつ) トナリ
素 (しろ) キ足ニ附キテ以テ周旋セン
悲シイカナ 行止ノ節アリテ
空シク床前ニ委棄セラルルヲ
願わくは絹のときには靴となり。
その白き足について歩き回りたい。
悲しいかな 立ち居にしっかりけじめがあって。
寝床の前に脱ぎ捨てられたままに。
願ワクハ昼ニアリテハ影トナリ
常ニ形ニ依リテ西東セン
悲シイカナ 高キ樹ノ蔭多クシテ
時アリテ同 (とも) ニセザルヲ慨 (なげ) カン
願わくは昼のときには影となり。
常に体に寄り添いて西へ東へ。
悲しいかな 高い木々には日かげの多く。
時に離れる事を嘆かねばならぬ。
願ワクハ夜ニ在リテハ燭トナリ玉容ヲ両楹ニ……………。"
「 …。」
「よほど ー 、美しい方だったのでしょうなぁ…。」
皆、少しの間、詩の余韻に浸った。
淵明も静かに酒を飲んでいる。
頃合いを見て "形" が再び語り出す。
「ー どうにも男女の道ばかりは奥が深くて、語り尽くすに及ばぬ。
だが、その中に両者で行う営みがあるが、こればかりは我々にとっても閑却する訳にはいかぬ問題性を孕んでいる。
淵明殿でさえなお、その事に思い詰め、かほどに長文の賦でもってしなければその想いを鎮め難かったという事を想うれば、我々は一度その事と真正面から向き合ってみることをしてみてもムダではあるまい。」
柏木の下、月光の陰の中 ー そこに集いし一同は、秋の夜長の涼風に吹かれながら、等しく形を見つめ、次に彼が何を言わんとしているのかを想った…。