思考の踏み込み

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風3

2014-02-04 08:28:55 | 日記
ひとかどの人物ともなればそれだけ他者に与える影響も強い。
人が風に例えられるとき、その者の "力" は並大抵ではない。

しかし人はどんな者であれ他者に影響を及ぼし、関係し合って生きているから誰でも "風" を本来起こし得る。

植芝盛平の句に
"まねき寄せ 風を起こして なぎ払い ー " というものがあるが (下の句は少し理屈っぽいので割愛 ) 彼くらいになれば実際に望めば風を起こせたのではないかと思ってしまう。

まさに "風神" の使いの様な人物だったといえよう。




またはカオス理論における 「バタフライ効果」といった説がある。

ブラジルで一羽の蝶が羽ばたいたことで気流が変化し、テキサスでハリケーンが起きるといったものだが、このような事はあるいは事実かもしれない。



だから一人ひとりが動けば世界は変えられるとかいったことを言いたいわけではない。
気象学や流体力学といった面でみても
"風" は興味深い対象であるとただ思うだけである。

以上のように"風" という言葉からは 詩的なインスピレーションや学術的な興味、人間の心理、人格評論、あるいは絵画的刺激、はては宇宙の始まりにさえ発展していきそうな可能性を内包したものを感じる。

「思考の踏み込み」の出発点はいつもこんな感じの些細な刺激をもとにしています。

今回はどうもその踏み込みも上滑り気味で、もうこの主題はやめることにするが、こうした刺激から発した微風が後に突然まとまった思考として吹き下ろしてくる事がある。




それまで ー "風" は思考のうちのどこかをささやかに吹いていることだろう。










風2

2014-02-04 08:25:21 | 日記
我々にとって風の本質とは何か ー 。

科学的、物理的思考を外して考えてみるとそれは変化を運ぶモノ ー といえないだろうか。

実際風にあたると身体の周辺の気流の変化が起きる。
気温や湿度とのバランスに加えて気流の変化が体感温度を大きく左右することはよくある。

あるいは新鮮な空気が送られることで淀んだ空気が一新する。

こうして風は皮膚や呼吸器に主に働きかけるのだが、その変化は当然心理面にも及ぶ。



そしてこの "風" という概念は実際に自然現象としての風が吹いていなくても心理面に変化を及ぼしたときに用いることができる。

順風満帆、とか逆風とか、風向きが変わる、などと心に変化を及ぼした現象を風を使って表現したりしている。

風の語源を調べると、どの言語でもだいたい "神の息吹" とかいった感じの意味に辿り着く様だが、だとすれば "風" の意味の本質は身体的な変化であるよりは、心に与える変化を表していると考える方が核心に近い捉え方かもしれない。
なぜなら "息吹" 、つまり呼吸とは即心であるから。


または極めて影響力の強い、有能で天才的な人物を評して "一陣の風" と言ったりすることもある。

そうした者は強い求心力と集中力で遠心力を生み、良きにつけ悪しきにつけ周囲を巻き込み、影響と変化を与える。



歴代の大横綱たちが北風や春風、など風に例えられることもそれに似ている。