SOHO@軽井沢

仕事の話はほとんど出てきませんが、軽井沢でSOHO生活してます。

別所温泉へ

2008年11月30日 14時18分43秒 | 信州の寺社
9月の最初の3連休の日、別所温泉へ行った。
中軽井沢からしなの鉄道に乗り込む。車内にはなぜかカメラバッグと三脚を持っているひとが多い。車窓からはカメラを構える人の群れ。思い出した。この日はしなの鉄道を湘南色の列車が走るんだった。何も気にしないで乗ったが、ひょっとして今乗っている列車が湘南色か?と確認したらそうではなかった。この列車の何本かあとに走るらしい。
オレンジとグリーンのツートンカラーの列車を最近では「湘南色」と言うが、埼玉県の真ん中で育った自分にとっては高崎線と東北本線の色だ。子供の頃からなじみの色で、ある意味懐かしい。(結局、湘南色のしなの鉄道は見なかったが)

上田駅で上田電鉄に乗りかえ。この小旅行の目的のひとつは上田電鉄に乗ることでもあった。上田駅と別所温泉駅を結ぶ単線。田んぼの真ん中の線路をのんびりと走っていく風情を味わってみたかったのだ。


上田駅に入ってきた列車。最近になって池上線のお古を買った車両だという。

映画「男はつらいよ」第35作「寅次郎恋愛塾」で寅さんが居眠りしながら列車を待っていた無人駅がこの路線の舞田駅で、その駅も見てみたかった。(このページで知りました)

舞田駅の待合室の建物を車窓から眺め、別所温泉駅に到着。



レトロな看板がうれしい。



駅を出ると、予想に反してひとけがない。
もっとにぎやかなところだと思っていたのに。



道を折れると向うからにぎやかなおばちゃんの集団がやってきた。
人は、いるようでほっとする。



まずやるべきことは腹ごしらえ。
そば久という店に入った。普通の民家を改造したような建物。



店の前には朝取ったという野菜が置かれていた。
持っていっていいと書かれているので、ナスを少しいただいていった。

そば久

雪の日のイルミネーション

2008年11月24日 22時19分31秒 | 日常
正直言って、この時期に日本を覆うクリスマスイルミネーションは少々食傷気味で、ここ数年は正月のテレビ番組のような扱いに自分の中でなっている。(ついこの間までやってたのに、またやってるのかよ、という。。)

と思ってはいるものの、夜、車で外出したついでに始まったばかりの軽井沢のイルミネーションを見に行った。(あくまでついでで)



今シーズン最初の雪道ドライブ。ああ、雪の中の運転は楽し。
昨シーズンは雪の日に左折で曲がりきれずにオーバーランが1回(どこにもぶつからず)。
今シーズンも安全運転でいこう。



旧軽ロータリー。



ツリーの根元に鹿が2頭。



同じ鹿。



3枚とも同じ場所から撮影した同じ鹿。
他に見に来ていた人はいなかったけど、それでも鹿はけなげに首を左右に振っていた。

密蔵院

2008年11月22日 16時24分16秒 | 軽井沢の史跡
諏訪神社からそれほど遠くない場所の下発地の集落にある密蔵院。



お邪魔させてもらった。(勝手に)



立派な本堂があり



立派な鐘楼があった。



さほど広いわけではない境内にはびっしりと草花が植えられ、その間には二十三夜講の石碑などが置かれている。



おや。二宮さんとはお珍しい。



道路沿いには道祖神の石。

密蔵院

初雪

2008年11月20日 23時13分57秒 | 日常
浅間おろしが激しく吹き荒れた昨日の午後、風に乗ってきた雲のせいなのか今シーズン最初の雪が降った。強い風で横殴りの雪が一時、激しく降ったが、積もるほどにはならなかった。
2日前にスタッドレスタイヤに交換したばかりでちょうどいいタイミングだった。
ただ、この時期、自分は良くてもまだ交換していない車も多いので注意が必要だ。

http://www.shinmai.co.jp/news/20081120/KT081120FSI090002000022.htm

今朝、浅間サンラインでトラック6台がからむスリップ事故。
6台とも夏タイヤのままだったという。
大型トラックが夏タイヤのままで軽井沢を通過しているとは、背筋がぞっとする。この時期、あまり幹線道路は走らない方がいいのかも。

諏訪神社

2008年11月16日 18時48分29秒 | 軽井沢の史跡
前回、古墳か?と紹介した場所のすぐ近くにある諏訪神社。
諏訪大社の本拠地から近い信州は諏訪神社が多い。



さすが諏訪の神様。立派な両部鳥居が立っていた。



本殿はこのあたりの神社によくある装飾のほとんどなく屋根もまっすぐな建物。



鐘は手作り風で地域の人の愛情を感じさせる。



鳥居の隣には諏訪大社の神紋に使われる梶の木が植えられていた。



それほど広いわけではない境内には稲荷神社と



神様不明の鳥居が立っていた。



神社の前はこんなのどかな景色が広がる。

諏訪神社

古墳?Part2

2008年11月10日 22時53分29秒 | 軽井沢の史跡
以前、古墳小僧の悲しい(?)性としてこんもりと盛り上がった地形を見ると古墳か?と思ってしまうという話を書いたが、今回はその第2弾。

9月の真ん中の連休の日、自転車を駆って行ってみた。



この時期、このあたりの集落の入り口にはこういう旗が立てられる。
集落の入り口の道の両脇に石の柱が立っていて、軽井沢に越してきた頃は、何だろうかと疑問に思っていたが、こういう旗を立てるためのものらしい。



現地に到着。鳥居が立っているが、神社名が書かれているわけではない。
かつて古墳だったところが長い年月を経て、古墳だったことも忘れられてしまってもその場所が祀られ続けられているところは珍しくはない。
この土の盛り上がり方や社名のない鳥居はかなり古墳くさい感じがする。



では自転車を降りて行ってみましょう。



鳥居をくぐって、こんもりと盛り上がった土の上に上がってみると、祠が2つ置かれていた。



祠の裏に回ると四角い石のようなものが埋もれている。
立っていた石が倒れたのだとすると、ちょうど墓石の形。
見ちゃいけないものを見てしまったかな。
お騒がせしましたと、心の中で念じて、そそくさと退散することにした。

村野藤吾展

2008年11月09日 18時08分22秒 | 日常
この日、東京に行ったもうひとつの目的は松下電工汐留ミュージアムで行われていた「村野藤吾ー建築とインテリア」展を見に行くことだった。



建築家・村野藤吾は重要文化財指定された広島の世界平和記念聖堂や大阪の新歌舞伎座、読売会館、横浜市庁舎、現在のウェスティン都ホテル京都、箱根プリンスホテル、新高輪プリンスホテル、京都宝ヶ池プリンスホテルなど多くの建物を残した。いずれも独創性が高く大胆で繊細な曲面を多く用いた癒される感じのするものとなっている。内装や家具も本人がデザインし、建物外観も合わせていずれもが見ていて心地よく、楽しい気持ちになってくる。

この展示で驚いたのは38歳のときに村野建築事務所を開設しているが、たくさんの仕事をこなすようになるのは60歳以降だったということだ。世界平和記念聖堂が62歳、新歌舞伎座が67歳、箱根プリンスに至っては87歳で、93歳で亡くなる前日まで仕事をしていたというからものすごい。自分もまだまだこれからなのだなと思わせる。
一番最後の仕事は亡くなった後の1990年に完成した横浜プリンスホテルだが、これは2006年に閉鎖され、解体されてしまった。建物の宿命と言うしかないのか、何とも空しい。



松下電工の建物の隣には旧新橋停車場の遺構があった。あとで行ってみよう。



松下のショールームで家電や照明を見ているうちに、すっかり夜になってしまっていた。
昔、汐留は何もない場末という言葉がふさわしいような場所だったころから知っているが、いまはすっかりここもビルだらけの都会的な雰囲気となった。ここから新橋停車場の遺構が発掘されたということは知っていたが、実際にここに来るのは初めてだ。
ちなみに、ここにビルが建ったことで海からの風が遮られ、東京の気温が数度高くなったと言われる。



このホームや線路は復元したものだが、地面に埋まっている本物の遺構もガラスを通して見ることができるようになっていた。



さっきまでいたビルを見上げる。

大師線

2008年11月07日 22時31分05秒 | 日常


以前と変わらないレトロな参道を抜けて



大師前駅へ。



この駅には駅員はいない。



大師前駅では切符を買わずに電車に乗る。
始発駅である大師前駅を出発するとすぐに車内アナウンスがある。
「次は終点、西新井」

この大師線は大師前駅と西新井駅の2駅の間を往復しているだけの路線なのだ。
このアナウンス、西新井に引っ越した頃は違和感があってなかなか慣れなかったな。なんでもう終点なんだと。

ちなみに切符は西新井駅で買う。西新井駅で降りるとまず切符売り場があり、そして改札がある。ここの改札が大師前駅の改札代わりになるという仕組みだ。

西新井大師

2008年11月05日 22時31分26秒 | 日常
以前住んでいた場所から歩いて5分のところにあった西新井大師。
殺風景な足立区の中では、ほとんど唯一のオアシスのような存在だった。



本堂は耐震補強工事のため、中に入れなかった。



見上げればうろこ雲。



住んでいたときは気がつかなかったが、弘法大師の両親の像があるのを見つけた。



さざえ堂といえば会津のものが有名だが、実は西新井大師にもある。
さざえ堂とは中に二重らせんの階段があって、建物内に入った人は階段を上って最上階に行ったあと、戻ることなしに別の階段で降りられるという構造になっていて、その階段のらせんがさざえに似ているのでさざえ堂と呼ばれる。

写真の赤い建物がそうなのだが、西新井大師のは中身は無くなっているということだ。



塩地蔵。
江戸時代からの信仰で、特にイボ取りに効果ありとされる。願い事のある人はここから塩を取って持ち帰り、かなったらお礼として倍の塩をお返しする。



仁王門の仁王さんもお元気そうだった。



西新井大師の門前。
秋分の日のこの日は普段静かな門前も賑わっていた。
夕方、ここを通ると1日の商売を終えたお店の人が、お寺に向かって深々と頭を下げる姿をよく見たものだった。

西新井大師