Blog満賊亭

少欲知足をモットーに日々の満足を追求していくブログ

旅の記録5 ラオス ルアンパバーン→ルアンナムター→ムアンシン

2005年05月14日 | 海外(パッカー篇)

 サバイディーボー?(ラオス語でお元気ですか?)
皆様、お久しぶりです。下痢に悩まされながらも楽しく旅を続けております。心配して下さった方、ありがとうございます。現在、ラオス北部の町、ルアンナムターのくそ高いネットカフェから書き込みしています。ここ一週間は当初の予定を変更してラオス最北部の町ムアンシンというところに滞在していました。ムアンシンは少数民族の宝庫の町でこれといった見所は無いのですが、茅葺屋根の家々や広大な田園風景、満点の星と蛍に魅了され、また素晴らしい人たちとの出会いが有ったので、すっかり長居してしまいました。これもまた旅の楽しさかもしれません。そしてゆっくりと流れるムアンシンの時間の流れも自分の旅のスタイルを見直すきっかけになりました。本来ならルアンパバーンからヴィエンチャンまで飛行機で飛び、そこからベトナムのハノイに行く予定でしたが、チケットを捨ててこれから中国に向かおうと思います(笑)自由な旅こそ、長期旅行の醍醐味のひとつ…そんな気がします。

今後の予定
 大理(ダーリー)→麗江(リージャン)→昆明(クンミン)→河口→ベトナム

中国語、ぜんぜんわからないんだけど筆談で済ませます(笑)
ムアンシンでの出来事はネット料金の安い中国で更新したいと思います。1分5円なんだけど、こちらの飯は一食だいたい50円なのでめちゃめちゃ高く感じてしまうのですよ。

それでは、また!

◇◇◇ 追記 ◇◇◇

5月3日【ルアンパバーン 晴れ】
 ルアンパバーン初日に出会った50代のおやっさん(以下、マサのおっちゃん)に夕刻再開する。飯を一緒に食うことになり、旅のスケジュールについて話したところ、なんでもムアンシンに向かうとのこと。自分が当初予定していたコースとまったく同じで、日程的にもどうにかなりそうだったので一緒に行くことになる。この夜にマサのおっちゃんに会っていなければ旅の目的地はもちろんのこと、出会う人も全然違ってくるわけだから縁とは不思議なものだ。

朝食 フランスパンサンド★★★3000Kip (1000Kip=約10円)
昼食 なし
夕食 フライドライス★8000Kip


5月4日【ルアンパバーン→ルアンナムター 晴れ】
 朝5時起床。マサのおっちゃんと合流し、バスターミナルへ向かいウドムサイ経由ルアンナムター行きのチケットを購入。8時半から19時まで休憩をはさみながら未舗装の悪路を延々走る。ラオスの山深さといつ終わるとも知れない道路工事、それに従事する現地の人たち(女性含む)・・・。マサのおっちゃん曰く、
「日本の重機があれば効率はいいが、安かろうが数多くの労働力を必要とするスタイルが今のラオスには必要かもしれない」
なるほど、そんなものか。昔、センバコキが「後家殺し」といわれたのと同じものだろうか・・・。そんなことをぼんやり考えていると、山を抜け盆地にでた。突如広がった田園風景は日本のそれとおんなじ。驚きと感動を味わいながら無事、ルアンナムターに到着。

 チャーリーゲストハウス(一泊30000Kip)に落ち着き、夕飯をマサのおっちゃんと食う。マサのおっちゃんは博識で英検一級も持っている不思議な人だが、酒癖が少々悪く、隣で飲んでいたオーストラリア人と北朝鮮問題について話し始めてしまった。自分も付き合ったがサバイバル英会話で必死なのに政治話なんてできるかい!饒舌に語るおっちゃんをうらやましくもうらめしくも思いながら23時まで付き合う。0時就寝。

朝食 フランスパンサンド★★★3000Kip
昼食 練乳フランスパンサンド★2000Kip
夕食 鶏肉のバジル炒め★カオニャオ★12000Kip


5月5日【ルアンナムター→ムアンシン 晴れ】


◆写真:ムアンシンゲストハウス◆

 ムアンシンまでソンテウ(軽トラの乗り物)で2時間で到着。座席の狭さに閉口したのと、下に座っていた現地のおっちゃんが途中でガンジャ(非合法の草ね)をやりはじめる。ムアンシンは少数民族で有名なところだが、ガンジャの産地としても有名で、それ目当ての旅行客も少なくないらしい。

 マサのおっちゃんの案内で「ムアンシンゲストハウス」という日本人の定宿にたどり着きチェックイン。出迎えてくれた宿の主と思われる男性(日本人)は実は常連の客でノブさんという。物静かでラオスの情報をいやな顔ひとつせず教えてくれた。そのほか、芸術家風の日本人女性と中年のおっちゃんが宿下のリビングにおり、雰囲気は良さそう。バックパックを部屋に置き、リビングで記帳を済ませたところで中年のおっちゃんに声をかけられた。このおっちゃんも常連の客で俗称トラさん。親切にも少数民族の村を案内してくれるという。マサのおっちゃんははやくもビール片手にご満悦の様子。2時間後、トラさんの村案内にマサのおっちゃんも着いてきたが、ビールを4本近く空けていたので足取りがおぼつかない。大丈夫か?

 トラさんはいくつもなじみの村々を持っており、ゲストハウスに来た日本人を連れながら現地の人たちの作る織物を進める傍ら、村の人たちの健康状態も診てあげている。持ち合わせの塗り薬を塗ってあげたり、風邪薬を上げたりと、村の人々からの信頼も厚いようだ。タイダム族の村で織物を見せてもらい、ここで半ズボンを作ってもらうことにした。草木でグレーに染めた綿生地はとても涼しげ。夕方にはできるという。寸法をとってもらっている間、マサのおっちゃんがタイダムの子たちの服の痛みがひどいのに気づき、服を買ってあげる約束をしているようだ。

 その後、ロロ族という村に向かう途中でマサのおっちゃんがダウン。近くの民家で休むと言うので帰りに拾うことにした。ロロ族の村までトラさんに4箇所ほど村を案内してもらったが、道々話を聞いているうちに当初の親切なおじさんのイメージが徐々に崩れてきた。ちょっと食えないおっちゃんだ。あとでガイド料でも請求されるのではないかと不安に思いつつ、ロロ族の村に到着。他の民族の家は高床式だが、ロロ族は中国系の民族らしく、地面を床とするのが特徴。村の入口にため池があり、子供達が無邪気に泳いでいる。「サバイディー!」ラオスですれ違う人からは挨拶が自然と返ってくるのでとても気持ちがいい。この村でもトラさんの問診がはじまる。あるお母さんの胃の具合が悪いらしかったが、トラさんは明日ヴィエンチャンに戻るらしく、明日この村に胃薬を届けてくれと頼まれた。躊躇したがお母さんの具合が悪そうなので引き受けることにした。


 帰りにマサのおっちゃんを探したが見当たらない。大人だから大丈夫だろうとタイダム族の村に戻り、ズボンの出来具合を確かめる。いい感じだ。ただ、Kipの持ち合わせがなかったので明日、お金を払うことにしてもらった。タイダムのお母さんが
「服買う約束はどうなったの?」
とトラさんに聞いていた。マサのおっちゃんが居ないのでトラさんから
「明日マサのおっちゃんを引き連れて村へ行き、服を買いに市場まで行ってやってくれ。約束だから絶対守ってくれ」
と頼まれる。・・・ヤレヤレ面倒くさいことになってきたなぁ。

 その後、タイダムの子供達としばらく遊んでゲストハウスに戻ったが、夜20時を過ぎても帰ってこない。宿主のパパママはじめ他の宿泊客も心配しはじめる。ゲストハウスの入口でおっちゃんの帰りを待つこと1.5時間、千鳥足で現地の兄ちゃんに連れられてマサのおっちゃんが帰ってきた・・・かと思ったら宿を通り過ぎていく。あわてて呼び戻し、宿へ連れて行く。現地の兄ちゃんが「20ドル払え」としきりに言うのが気になる。おっちゃん、酒代でも踏み倒したのか?

 宿主のパパが間に入ってくれて、マサのおっちゃんが近所で開かれていたパーティに引き込まれ、ラオラオという強いお酒の回し飲みに捕まってしまい酔いつぶれたことが判明。20ドルは高すぎると宿のパパが交渉してくれ20000Kipで現地の兄ちゃんは引き下がってくれたが、その間もマサのおっちゃんは
「正当な対価なら払ってもいいが20ドルとはどういうことだ・・・」
とひとりゴネまくる。その様子を見て、トラさんが
「服を買う約束を覚えているか?」
と問い詰めると、マサのおっちゃんは覚えていないと言う。これにトラさんが激怒。夜中なのに口論が始まってしまった。間に入り怒るトラさんをなだめマサのおっちゃんを諭しその場はどうにか収まったが、マサのおっちゃんが再びビールを買いに出かける姿をみて皆んなあきれ返ってしまった。このあとマサのおっちゃんは皆から冷たい目で見られることになる。部屋の中をブンブン飛ぶコオロギ数匹を気にしながら0時就寝。

朝食 フランスパンサンドイッチ★★3000Kip
昼食 なし
夕食 カオランナー(中華丼。ムアンシンの裏メニューらしい)★★★7000Kip


5月6日 【ムアンシン 曇のち雨】

 6時起床。トラさんを見送った後、村へ行く時間になったのでマサのおっちゃんを探すが居ない。しばらく探したが見当たらないのでひとりで行くことにした。お代を払った後、タイダムのお母さんから「服を買う約束はどうなったの?」みたいなことをジェスチャーで示された。・・・正直こういう展開は覚悟していたのでトラさんから教えてもらったラオス語「スースワ パイタラ ダイボー?」(服を買いに行く、OK?)を伝え、タラート(市場)へ行くことになった。

 確か赤ちゃんの服を買うはずだったけどなぜか付いてくるのはお母さんと子供2人。道々名前を伺う。お母さんはポー。民族衣装をきちんと着たやさしそうな人だ。上の女の子はロー、真っ黒に日焼けしたやんちゃそうな12歳。下の女の子はトゥ。タラートについて予算の30000Kipを伝え一緒に服を見るが、なぜか手に取るのは上の女の子ローのスカートばかりだ。お母さんはジェスチャーで「ローの服を買いたい」ようなことを言っている。ローもしきりと上目使いでねだるしぐさをする。まぁ、服を買う約束が守られればいいかと承諾したが、選んだ服の値段をローに紙に書かせたら6500Kip。なんだそんなに安いのかとOKし、店主に金を払うおうとしたら首を横に振る。どうも値段が違うらしい。「タオダイ?」(いくら?)と尋ねると電卓で65000Kipと打ってきた。「おい、一桁違うじゃねぇかよ。ダメ、無理」とローに言うが、この服がいいと譲らない。・・・結局5000Kipだけまけてもらい60000Kipでスカートを購入。たかが日本円で600円ほどじゃないかとお思いかも知れんが、宿代2泊分はでかすぎる。ぶつぶつ言いながらもローから「コープチャイライライ」(本当にありがとう)と満面の笑みで言われてしまえばもう何もいえまい(苦笑)

 村に寄ってくれとお母さんとローに言われたが、胃薬を届けなければいけないので後で寄ると伝え、2Km離れたロロ族の村へ向かう。村で昨日会ったお母さんを探すが見つからず。お母さんの家に行き旦那さんらしい人に薬を持ってきたことを伝える。小さな子供がイスを持ってきてくれ、何人にも囲まれながらごくわずかなラオス語と身振り手振りで話すが、どうやら畑仕事にでているようで戻りが夕方になるようだ。でっかい竹筒の水タバコをふかしながら旦那は言うが、胃の痛い奥さんを働かせていいのだろうか。薬を置いていこうとも思ったがちゃんと伝わるかわからなかったので出直すことにした。(夕方6時にも行ったが結局会えなかったので薬の用法用量を説明し置いてきた。後日訪ねた時にちゃんとお母さんに渡っていたので安心した)

◆写真:胃薬◆…気分は「はじめてのお使い」だ


 タイダムの村へ戻り、日本から持ってきた細長い風船で子供たちと2時間程遊んで宿へ帰る。リビングでマサのおっちゃんがビールを飲んでやがる。服の件について話したところ、マサのおっちゃんは「おれもちゃんと約束を守るぞ」とタラートへ行き、ピンクのスカートがついた赤ちゃん服を買ってきた。おっちゃん、赤ちゃんは男の子だってば・・・。夕方再度タイダムの村へ行き、赤ちゃん服を届けた。ローからスカートを買ってくれたお礼と刺繍の入った綿の肩掛けカバンをもらう。聞けばローが作ったとはにかみながら言う。なかなか可愛げがあるなローは。その後もしばらく村で遊んでいたが、ローたちの家は皆高床式で上は一間で大体10畳ぐらいか。下に織り機と皆が集う空間がある。台所は別棟で共同。親戚単位で利用しているようだ。ローが作っていた茎野菜の唐辛子炒めを味見させてもらう。辛くておいしいが、夕食はこれだけらしい。しかも食べる日食べない日もあるらしい。ちょっと切なくなる。

 夜から雨が降り出した。晩飯は宿向かいの料理屋で裏メニューのカオランナーを食う。ふと外を見るとローたちが傘をさしてこちらを見ている。どうやら料理屋のテレビを見に来たらしい。大盛りのカオランナーを複雑な思いでほおばった。22時就寝。ムアンシンの夜はとてもはやい。


5月7日~5月8日 【ムアンシン 雨】
 朝から雨。5時半に起き、朝市にでかける。雨の中トマト、キューリ、白菜などの野菜が所狭しと並ぶ。ムアンシンではこの朝市のみで一日の食材を調達しているようで、昼過ぎると市場は閑散となる。ココナッツと米を混ぜてタコ焼器で焼いたお菓子と揚げ春巻きを買って帰る。一日中雨が降り続いたのでゲストハウスのリビングで芸術家肌のユーコさん、物静かなノブさん、少数民族とすっかり仲良しになったナオ君たちとのんびり旅の話やラオスの話で終日盛り上がる。8日の午後に日本人チャリダーのヒロシが到着。なんでも日本から自転車で中国に渡り、これからラオスを南下し、最終的には欧州まで3年かけてチャリで行く予定らしい。旅では時折り化け物バックパッカーに出会うが、彼はその中でも最高レベルだ。彼らと雨の中、旅や人生、会社の話などを語ることで、自分の旅に対する認識が大きく変わっていくことになる。そう思うと旅行者には嫌われる2日降り続いた雨は貴重な天の恵みだったのかもしれない。

---続く---

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