長生き日記

長生きを強く目指すのでなく良い加減に楽しむ日記

526 『青い丘が待つ』

2017-09-24 23:44:32 | 日記
江川美恵子第一歌集 角川書店2017年6月刊
かりん中堅の江川さんの歌集。若いころの恋の歌から四十代で夫を亡くされた悲しい歌、その後を生きる息子娘との生活の歌が多いがさらにダンスや能、絵画などの広い関心と活動の歌が広がっている。作歌の方もこれからの希望があふれているのだろう。青い丘から見える世界を詠ってほしい。

飛び切りの笑顔は君の目の中でピチャピチャはねる魚だったとき
裏切った人も淋しかっただろう ヒマラヤ杉を見に行ったね
息切らし登る山なら君のこと思わずという思い方する
半年が限度の介護休暇なり そんなに持たぬと主治医は言えり
「いません」と答えればちょっと留守のようで戻るようで死こそ夢のよう
夫死して十五年の日々始まりと今あるほかはおぼろにかすむ
あっさりと「署名してね」と頼まれる「瓦礫処分場反対」断る
この人も教員のにおいさせている哀しむ理由などないのだが
サンプルの生などあらず鰓呼吸あぶくを吐かず哲学のごと
やめるかダンス 揺らぐほど蔓草のようにからまるリベルタンゴは
表向きできぬ抗議を夢の中で存分にしてずるいなわたし
うれしそうに棕櫚竹くれると言う父に即座に要らぬと言ってしまえり
話らしい話もせずに老いゆくわれら好きだった歌今頃知って
シャラ、シャラと貝殻みたいな音立てて父の遺骨はさよならと言う
アッシリアの戦士のレリーフ弓握る意志くきやかな親指の爪
人って小さい ことがうれしいブナ林のみどりの光ジグザグに降る
鴎外がエリスを忘れしそののちの哀楽の楽くらくら想う
萩の葉より黄蝶二つのこぼれ出て二つの黄蝶に濃淡のあり
恋多き女にあらず恋深き欅は風の音(ね)こぼしつづける