長生き日記

長生きを強く目指すのでなく良い加減に楽しむ日記

8 メノポウズ

2015-09-27 22:11:42 | 日記
「今日俺は更年期だから機嫌が悪い」と言ったのは英会話の教師であった。僕が四十歳前後でまだ多少世界に乗り出す気分があったとき、国際学会の発表前に飛び込んだ小さな教室で、教師はベトナムでグリーンベレーだったという(本当かどうかわからないが)米国人だった。はじめメノポウズというから怪訝な顔をしたら、男だってあるんだ、male menopauseっていうんだ、としばらくその話題になった。生理的な問題はわからないが、心理的な更年期はいつなのだろう。僕の場合、ここ20年くらいずっとそんな気がする。もしかすると、死ぬまでそう思い続けるのかもしれない。
 その英会話教師は、乱暴だったが話題が豊富でなかなか含みのある教え方をしてくれた。僕のしゃべるsuggest サジェストは伝わらないから、サグ・ジェストと言えというので、本当のところよくわからないがそんなものかと以来そうしてきたものだ。数回行ったのだが、教室のあるビルの管理人を殴って警察に引っ張られたとかで会話勉強はうやむやに終わってしまった。僕の英語発音力は本当にひどいようだ。


7 『タイガーリリー』

2015-09-25 00:10:56 | 日記
尾崎朗子第二歌集 ながらみ書房 2015年9月刊  かりんの中堅というか中軸の一人というか、いつもしっかりした尾崎さんの歌集である。僕が短歌をはじめて歌会というものにはじめて参加した8年ほど前、「熊谷から来た渡辺です」と言ったのを<熊谷さん>と記憶してくれた。そのすぐ後に第一歌集の『蝉観音』を上梓され、上手だなあと感心したものだ。それなのにそれほど世評に取り上げられなかったのが意外で残念だった。なかなかうまくいかない恋の歌とか、それでもひりひり生きる姿勢の歌が多かった。今度の歌集でもその基調はあるものの、全体として丸く骨太な感覚の歌が多くなったように感じる。もちろんこの期間でより悲しみが増えた部分もあるとはお察しするが、人生の誠実な客観視力が強くなったのだろうか。もちろん前歌集でも、強い人であることを感じさせてはいた。医療書籍?関係の仕事を続けながら(転職はしているようだが)、お母さんと一緒にペットの小鳥や小さな植物をルーペで観察して前向きに生きておられる。表題は、ピーターパンに登場する元気な少女の名だそうである。良い題である、もちろん各歌、それらの配置も。僕にほんの少し関係のある歌を入れてくれて嬉しい(人事関連ではない)。写真の色がうまく出ていないが銀色の部分のある美しい装丁である。

恫喝のやうに降る雨帰らねばならぬ一つ家まだわれにあり
ひと一人愛しとほせぬわが未熟残して逝けぬと母は嘆きぬ
その翅に頬打たれたら痛からうアサギマダラは旅をする蝶
ちさき脳発熱させてわれに寄る人語覚えてしまひしインコ
四度目の転職をしてにこにこと感じのよいふうな人になりゆく
ていねいに窓の結露を拭ひたれば硝子もわたしもすこし温もる
太閤と酌み交はさんと宵ざくらまだまだ会社やめられないから
腰高窓明るき医局に骨の鬆の入りゆくしくみを図解されをり
死を継いで生きる思想の実践はつらくはないか 鳳仙花はづ
バッシングののち〈純愛〉といはれたる樋口可南子と糸井重里
ふくらかにししむら冷えて中年のかなしみのごとある鏡餅
釘隠とふ日本の知恵企業にもありてわたしを笑顔に隠す
ごりごりと肩甲骨をまはされて修復されゆく翼竜のわれ
「ご家族はこれだけですか」と問ふ医師に「はい」としづかに頷く母子
触れたなら静かに背(せびら)見せるでせう近くてとほい男ともだち
骨壺を揺すれば雲母の白よりも脆き小鳥の骨が鳴くなり
月あかりだけを頼りにさたうきび畑の道を蛇行してゆく
反論はできないけれど会議前トイレに眉根をよせる練習
麦門冬湯(ばくもんどうたう)白湯に溶かして飲む母を連れ去るやうに秋深まりぬ
十倍のルーペにわが肌見てをればおほき地獄の穴がほつほつ
蝉の一生奪つてしまふセミタケの企(たくら)みわれにもあつたのだけれど
世は躁の時代に入れど多幸感知らぬわたしは凝とはたらく
時刻表に鎖されしままのわが時間植物園の半券褪せて
真夜中に降る雪のやうしんしんと介護する手といつかなるらん




6 だいぶ抜けてしまった

2015-09-19 21:42:23 | 日記
前回からかなり経ってしまった。と日記は義務ではないのに思ってしまう。ちょっと忙しかったり、孫が来て相手をして日記より楽しかったり、毛虫?に挿されて首が腫れあがったり、などなど。世では安全保障関連法案の採決を巡って賛否両派の対立やデモで大騒動だったのでそれなりにいろいろ考えたが、考えただけ。いやいや・・・。


5  今どきの政治談議

2015-09-09 22:25:50 | 日記
 今日は久しぶりに床屋さんに行った。すぐうつらうつらする方なので床屋政談はしなかった。(すこし承前)デモがやや盛んにおこなわれている現在、それは55年前の日米安保を対象としたデモや48年ほど前の大学闘争(人によっては紛争)デモと比較されて話題になっているようである。
前者の時僕はまだデモに行くほどの歳でなくまた8月から病気入院だったので参加感はほとんどない。後者の時は当時の学生らしくかなりかいくらかかの参加感がある。池上氏が、今となってはあの盛り上がりはなんだったのだろうか、不思議だと語ったそうだが、それはわからなくもない感想である。僕の場合、いわゆる学園闘争・大学解体ではなく「大学運営臨時措置法」いわゆる大学立法に反対する動きの一連における活動だったが、大学解体論につながる風潮の影響は少なからずあった。大学とは何か、資本主義と社会、科学が社会?人?を幸せにしているか、ずいぶん話し合った。それを今ここに簡単には書けない。<今となっては>集団ヒステリー的要素もある青臭い青年の夢想動きだったかもしれないとも思う。しかし、僕らはそんなことでいくらか行動し、その騒動が終息を迎えるのを悟ったとき、それぞれが上記の夢想につながる人生の進路を考えたのだった。仲間(?)の多くは理科系だったが、職場(教員や研究者など)で日常での政治活動を行うようにしたり(このタイプは民青の人が多かったかな)、大学をやめて市民活動家や環境問題につながる地方公務員を目指したりした(反民青はこちらが多かったかな)。僕は後者の方に近かったが、大学はやめず先端科学に行きつきそうな専門を変えて、もう少し人間の生き方と関係しそうなマクロな分野に転じることにした、というのはそれほどこじつけではなかったと思う。直接人の役に立つとかを考えないでもよいかなとも思った。以下省略
 最近のデモ的政治対立をながめると、情報が溢れすぎており、あっち側がこう言った、こっち側はどうだ、いやその裏情報はなどなど、国際・自衛問題を離れた両世論たたき合い合戦が目につきすぎる。こういうヒステリックな場ではどちらも勇み足、短視野的な修辞が出てもいるようだ。その問題と原発問題、経済問題もごっちゃである。憲法学者でないから言わないと言った気もするが、今回の提案の仕方は憲法違反のように感じるが、それはともかく国際軍事枠組みへの参加云々をいう自民的言い方も分かる気がする。放射能汚染排水がコントロールされているなどとしゃあしゃあ言った安倍総理はダメな人だとは思うが、あのスタンドプレーが強くて気にいる人がいることも分からないではない。シールズとか言う若者ばかりが引き合いに出されるが、ああいうのに加わってはいない普通の若者がどのように青臭く考えているのだろうか、そしてそれをどう自分たちの将来にひきつけようとしているのか。


4  学者の・・・

2015-09-07 18:17:26 | 日記
 先日、「ワタナベ先生は・・(先生じゃないのでセンセイって呼ぶなっていっているのに!)・・どの単位の『反対する学者の会』に参加しているのですか」と言われた。現在の安保法制に反対する会のことだな。いろいろな分野や大学組織で会ができているのだろう。「僕はそういうのに参加していません」と答えた。なぜ反対活動しないのか、などといわれて面倒くさいやり取りになるのは困ったなあと思ったが、幸いそっちに発展しないですんだ。今も直接の態度表明は書かなくてよいだろう(私的日記だぜ)。
「学者の会」とかに参加し、前面に出ないまでも名前を連ねている人は知り合いにもかなりいるのかもしれない。もし僕がまだ現役でそういうのに誘われていたら少し悩んでお断りしていたかと思う(隣近所的付き合いってのもあるしなあ)。法制や憲法、国内国際情勢について専門的に勉強・研究してきた方ならわかるが、生物学生態学陸水学的なことをちょっとやってきただけの人間としては、そういう課題で「学者の会」参加は出来ない。そういう学者ではないのだもの。そもそも「学者」として何か特権・目立ちたがり的ネーミングが気に食わない。
 アゲハ蝶や蚕、昆虫ホルモン、湖の水質と生き物、などには少し解説的なことは言えるが、その専門の学者ですとはなかなか言えない。現在の先端的に進んだ面については不勉強だから。では何ならその道の学者ですと宣言できるかというとすべて怪しい。とくに生態学というのはxx(植物とか動物とか、森林とか海洋とか・・のそのごく一部の面)の生活のことならすべて知っていますとかではなくて、<そこいら辺がごちゃごちゃしているのをどう整理してみることは出来るかもしれません>といった分野だから。 
 「反対する会」にもどる。いま、這い這いを始めた孫がウチに来ている。おじいちゃんとしては抱いて歩いてむにゃむにゃ言って可愛がっている。ずっと楽しく暮らしていってほしい。困難な時にもめげないで正しい道を歩んでほしい(正しいとは何か?・・)。戦争法案反対!九条を死守せよ!と叫ぶのが、このふうちゃんを上記の希望に進める手立てとして大切だとも思えない。