人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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組織・人事の問題を経済学的に考える。・・・この領域は20年来、飛躍的に発展してきたと言われる。(菊澤研宗教授の新制度派経済学についての解説: http://homepage3.nifty.com/kikuzawa/sakusaku/3_1.htm )

新しい経済学のアプローチを組織・人事の問題に適用した包括的な教科書が、スタンフォード大学の先生による次の2つである。特に前者が、教科書としての配慮にも優れた綿密なものとして名高い。(私がほぼ全章に目を通したのは前者のみ。)

  1. 組織の経済学: ポール・ミルグロム、ジョン・ロバーツ: NTT出版 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4871885364
  2. 人事と組織の経済学: エドワード・P. ラジアー: 日本経済新聞社 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532131618

これらの教科書の問題意識、取組みのアプローチ、そして達成したとされる成果については、それぞれの書籍から引用するのが早い。

  1. 「学生や経営の実践家たちは、伝統的に、組織の実際の形態についてよく知ろうとする。しかし、彼らが観察する事実をまとめ、理解するには、何らかの画一化された強力な枠組みが彼らには欠けている。このことなしでは、逸話もしばしば一般的な意見の基となってしまう。理論・・・は、経営環境の本質的かつ有用な理解には必要である。本書で示したように、経済学はそのような理論を構築するのに唯一強力な道具であり方法を提示する。」 (組織の経済学 P.660)
  2. 「・・・変化を理解し、将来に備えるためには、人的資源にかかわる慣行を理解するためのフレームワークを持っていることが必要である。本書はそのような枠組みを提供している。」(人事と組織の経済学 序文ページ)
    「人事の専門家はまるで最低のマネジャー業であるような取り扱いをよく受ける。・・・それには理由がある。最近まで、人事上の決定に関して依拠すべき体系的な規範が存在しなかったのである。人事問題は厳格に取り扱うにはあまりに柔らかで人間的にすぎると常にみなされてきた。・・・しかし幸いなことに、過去20年間で事情は変わった。」 (人事と組織の経済学 P.1)

私達は、これらの学問的知見や枠組みを、組織・人事運営の実務において積極的に参照し、用いるべきだろうか。


私達が、これらの学問的知見を用いて実務において達成したいことは、次の1~4であると言える。

  1. 制度や施策によって解決すべき課題を、より明確に定義すること。
  2. 制度や施策の合理性を、より明確に検証すること。それにより、
  3. 制度や施策の目的を、より確実に達成すること。
  4. 制度や施策設計にあたっての一般原則を導き出すこと。

上記1~4のために学問的知見を活かすためには、その学問的知見や枠組みが、私達が対応しなければならない課題のどこまでをカバーしているか、すなわちどこまで有効か、ということが明確でなければ困る。ほぼ全ての課題をカバーしていることがわかっているのであれば(あるいは適用可能範囲が予め明確にわかっているのであれば)学問的知見の体系的目次、索引やデータベースを探しにいくに値するが、探しにいったところ何が使えるのかわからず右往左往してしまい、あげくの果てに「ああ、その問題についてはまだ学問では何も言えないんですよ。」と言われてしまうようでは使えないのである。その意味では、実務に用いるためには、「体系」こそが全てである。

しかし、新しい経済学は、実務で用いるに十分な体系化にはまだ成功していないのではないか、と思わざるをえない。体系化の切り口には以下の1~4の4つが考えられる。そして、実務の観点からは、1の視点からの体系は要らないが、2~4の視点からの体系は欲しい。しかし、上記2つの教科書は、1の視点からの体系は当然十分で、2もかなり十分なのだが、3の視点からの体系化は弱く、そして4の視点はほとんどないのである。一言で言えば、まだソリューションにはなっていないのである。

  1. 定理からスタートする。
    (例: コーディネーション問題、プリンシパルエージェント問題、インフルエンスコストの削減問題、資産と権限の配分問題、・・・)
    ・・・ ミクロ経済学の体系には「公平性」という超重要ファクターの抜けがあるようなので論外。
  2. 対象の伝統的な「静的な体系」からスタートする。
    (例: 採用、昇進、解雇、インセンティブ、評価、・・・)
    ・・・ 一見良さそうだが、既にある実務慣行の後追いの説明になってしまう。
  3. 対象の「動的な体系」すなわち「課題の体系」からスタートする。今起こりつつある変化をモレダブリなくとらえ、主要な課題に対して、仮説でいいので経済学的視点から処方箋を与える。
    (例: 年功型から選抜型人事への転換にあたっての注意点、雇用保障・最低賃金保障にあたっての注意点、・・・)
    ・・・ これがあればありがたい。
  4. 組織・人事の導きの星となる包括的な原則や方針を導き出す。
    (例: WinWinのナッシュ均衡を実現する組織文化を重視する、レントシーキング活動を最小化するプロセスと基準の明確化を重視する、・・・)
    ・・・ 経済学の洞察がきっかけになるとしても、それだけでは十分性や妥当性は担保されない。


高橋伸夫教授の「虚妄の成果主義」という有名な本がある。同書には批判も多い。しかし、たとえ同書が、「成果主義」という言葉が世の中で負のイメージと共に独り歩きしているのを逆手にとって新味のない反動イメージをセンセーショナルにぶつけただけの本であるとしても、あるいは、同書の主張が経済学的視点からは周知のことまたはナンセンスにすぎないとしても、同書は経験則に基づいて、人事のほとんどの領域を考えるにあたって参照することのできる「人材マネジメント方針」の案を提示している点で、「使える」のである。(上記分類で言えば4の視点をカバーしているのである。)次のような方針案。

  • (高橋方針案) 従業員の働きに対しては仕事の内容と面白さで報いるような人事システムを復活・再構築すべきである。

そしてその方針案は、判断の拠り所として使えるという点で、経済学が提示する次のような方針案よりも、何倍も有効と言えるのである。

  • (経済学方針案) 「合理的な経済人仮説」に基づく合理的な人事システムを構築すべきである。ただし、「合理的な経済人仮説」には「公平性の希求」という社員が重視するファクターが抜けているので、その点は別途考慮しなければならない。


いずれにしても、組織や人事の領域にも綿密でロジカルなフレームワークが必要なことはもちろんなので、組織や人事の経済学をどのように用いるべきか、もう少し考えてみたい。



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