富士通総研トップによる「雇用改革」というテーマの最新刊なので購入。本書の価値は、「雇用の質」の改善、という課題設定にあると考えられる。「雇用の質」というキーワード、そしてそれを改善するという課題設定は世の中で既にされていそうで、必ずしもされていなかったことが、そのキーワードで検索してみるとわかる。類似の課題設定として、たとえば玄田有史は、格差社会の本質は「仕事格差」であると喝破したが(『仕事のなかの曖昧な不安』)、差分であるところの「格差」に焦点を当てる前に、「雇用の質」そのものがどのように評価され、どのように高めることができるものなのか、ということに焦点を当てる必要があることは確かである。
本書は、近年の日本の成長軌道の回復が、家計や労働への皺寄せの上に成り立ってきたことをデータで示している。そして、その皺寄せのために成長軌道を維持するために不可欠な人材基盤の維持と再生産が危うくなっていること、そこで、「雇用の質」の改善ということを国家的な戦略課題として設定すべきことを言っている。では「雇用の質」とは何か。
- 「同じ労働力でもはるかに高い生産性を達成することのできるような、雇用のあり方」
そして、「雇用の質」を高めるとは、
- 「同じ労働者でもより高い生産性を上げられるように、仕事の中身や環境条件を整備することである。」
では、「雇用の質」を高めるためにどうしたらいいか。
- 「仕事の見直し、経営手法の改革、制度改革、構造改革、ITの効果的活用などを総合的に組み合わせて推進する必要がある。」
そして「「雇用の質」を高めるさまざまな方策について体系的かつ詳しい提案をしたい」としており、それは、低生産性部門の改革に主な焦点を当てた次のようなものである。
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建設・建築―――価格決定の透明化、そのためのコンストラクションマネジメントの導入と、生産管理の強化
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医療―――診療報酬の見直し、病院経営の近代化・合理化、健康投資産業の推進
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流通業・農業―――流通業については規制緩和と大規模店の参入容易化、農業については農地の集約と農業生産の規模拡大、農家の経営力の強化
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対日直接投資の推進―――戦略的に門戸を開放して先進諸国の優れた経営方式や技術や仕事の仕方などを進んで取り入れること
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ITの活用―――情報技術やそのインフラも重要だが、それ以上にビジネスの慣行や社会カルチャーの変革を本格的に進めること
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地方の再生と人材誘致―――地方の地位がそれぞれのもつ固有の条件を生かして、移り住む人々に対して、十分な生活サービスや生活インフラを整えること
併せて、労働者の能力と生活の質向上の戦略として、
本書の内容は以上。(なお、上記のそれぞれについて詳述がなされているわけではありません。省庁向けのリマインドをイメージしていただくのがよさそうです。)
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さて、「雇用の質を高める」とはどういうことだろうか。次のように考えたい。労働生産性を高め、生産性向上に見合った賃金向上を実現すること。そのために、雇用の中に労働者が能力と意欲を向上させ続ける契機を盛り込むこと。そのように、仕事を再編成・再定義すること。
そうすると、「雇用の質を高める」ための方法とは、
- 労働者一人一人の仕事の「対象」の幅を広げること。
- 労働者一人一人の仕事の「活動」の次元を高めること。すなわち、継続的改善/環境適応に向けての学習ループを組み込むこと。
そのように、仕事を再編成・再定義すること。しかもそれを企業側が行うのみならず、労働者の側から行えるような能力開発とインフラ構築に焦点を当てること。(拙著『多元的ネットワーク社会の組織と人事』を参照ください。)
(「雇用の質」を高めることが急務とされる業界における仕事の再編成・再定義へのアプローチに少しだけ触れた、過去の本ブログエントリ。