日本で自前で技術開発し、日本の工場をマザー工場として作り込みを行い、そしてそれを世界に展開する・・・という、日本の製造業の伝統的な勝ちパターンではもはや立ち行かない、という特集。技術の調達先を世界に広げないと先端を走れないし、物の作り込みにあたってはマザー工場を中国に置くことも可能になっている。
そこでの最大の問題は、技術・知的財産に対する考え方をどうするか、ということになる。すなわち、松下やシャープの事例で有名になった、「国内拠点で高度に作り込んだ技術を、製造装置や半導体の中に封印してしまい、ブラックボックス化した上で外に出す」という戦略では、長期的に技術の優位性を保てるかどうかあやしくなっている、ということである。自社開発に固執することなく、技術を買うことを考え、一方自社技術もオープンにして世界から更なる貢献を募る・・・そのようなアプローチの方が、技術の価値が高まることを示す事例が続々と出てきている模様である。
もっとも、その時には、「製品の輸出」ではない新しいビジネスモデルが必要になる。それは、単に付加価値の源泉をブランドやサービスに移すということだけではなく、本号でリップルウッドの戦略として紹介されているような、同業企業を積極買収してグループ化して傘下の企業間で提携を進める「M&Aによるビルドアップ手法」なども含まれることになる。
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もちろん、ブラックボックス主義かオープンソース主義かという二律背反で物事が決まるわけではなく、ある技術情報は厳重に秘匿すべきであろうし、ある技術情報は特許という形で固めてオープンにすればいいだろうし、最初から無償で公開して問題ない技術情報もあるだろう。それどころか、徹底的にオープン化して広めることでデファクト化してしまう戦略もあることは良く知られている通りである。
メーカーの技術に限らず、情報やアイデアを、誰に対して、どれだけ、どのような条件で、出すか/出さないかの判断のセンスは、知識社会における、最も重要なセンスになると言ってよいのではないだろうか。
- 何を特許にし、何を隠すか。
- 論文にどこまで書くか。
- 工場見学でどこまで見せるか。
- 同業者との会話でどこまで話すか。
- ・・・
そして、正しい答は一つであるとは全く限らない!以前なら、「仲間内ではオープンに知恵を出し合い」「競合には警戒して隠す」という原則で通用したが、何しろ今の時代、関係は入り組んでいるし、情報伝播のスピードがスピードだから、何にしてもすごく気を遣う必要が出てきていることは確かであろう。身近なところでは、次のようなことも含めて。
- 同僚にどこまで話すか。
- SNSにどこまで書くか。
- イントラにどこまで出すか。
- ウェブサイトにどこまで出すか。
- ・・・
バランスはたいがい中間にある。必要なものを、必要な時に、必要なだけ、必要な相手に公開する。そして、いつ誰に何を公開したかは後からトレースできるようにしておく。日頃の居場所がSNSに落ち着くようなものか。その意味では、SNSというのはよくできた仕組みであることに気づく。
このような観点から、興味深い事例として紹介されているのは、液晶技術の産学官連携プロジェクト「フューチャービジョン(FV)」のあり方である。集まって知恵を出し合うのであるが、丼勘定ではなく、
- 500人の参加者をデータベース管理し、貢献度を厳格に評価
- 貢献度の尺度を予め定義
- 貢献度に応じてプロジェクトの利益に与ることができる仕組み(ライセンス料の算定方式)
- 誰が発明者なのかを特定するために会議もビデオで撮影して保存(だから皆発言し目に見える貢献をするようになったという)
- ・・・
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いずれにしても今後は、会社のカルチャーや人それぞれの個性に応じて漫然と「原則オープン主義」「原則秘匿主義」のいずれかで行くということでは、もはや立ち行かないだろう。センスを磨く必要がありそうだ。そのためには、自分が保有するアイデアや情報をポートフォリオにして、どれをどのような方法で出す/出さないの方針を考えておく必要があるだろう。例えば次のようなポートフォリオが考えられる。
軸A: モノ(成果)を出すか。
- 出さない。
- 限られた相手に出す。
- 世界に思いきり広く知らしめる。
軸B: モノの中身(技術、プロセス)を見せるか。
その2軸の組み合わせの中に次のようなパターンがあることになる。秘伝のタレとパブリックドメインの間のスペクトルということになる。
- その店だけの限定商品の秘伝のタレ
- 請われれば金をとって教える
- 差別化用の商材として限定供給
- 来る者は拒まず、行列のできる賢人
- ブラックボックス化して売る
- 協同開発組織 = フューチャービジョン方式
- 学会のディスカッション
- 知財として広範に利用する
- オープンソース、パブリックドメイン