人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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明星食品のTOB騒ぎや、王子製紙と北越製紙の攻防騒ぎを背景に、また来年5月に解禁になる「三角合併」を用いたM&Aの活発化の見通しを背景に、M&Aの特集である。

本特集の中では、投資ファンドに取材して作成したという「売り時企業」の一覧が興味深い。買収コストをキャッシュフローで割った「何年で買収コストを回収できるか」という指標に加えて、定性面から買収の魅力をどのように見るか、というコメントが付加されている。普段そのような視点から企業を見ないので、新鮮に感じる。


さて、企業そのものを売買するM&Aビジネスは、モノやサービスのビジネスに比べて、一件あたりの取引金額が2桁も3桁も大きい。そしてそれを仲介する投資銀行は、ビジネスの食物連鎖の最上位で活動しているかのようなイメージがあり、そしてそのプレイヤーの報酬も巨額であるとされる。

そしてM&Aビジネスは、求められるセンス、スキルやコンピテンシー、経験が、モノやサービスのビジネスに求められる「それ」とはかなり異なるような気がする。それは、総合力が求められる、というよりも、異種のコンピテンシーである印象がある。本記事を読むと、明星食品の永野社長は、3年前に外資のスティール・パートナーズに資本参加されて以来、今日に至るまで、ファンド対策をどうしたらよいかわからなくてほとほと困ってきたようであるが、事業のオペレーション自体に関しては有能な社長なのではないだろうか。会社を買う/守る、ということのセンスは、事業のオペレーションとはどうやら異質なのである。

とはいえ、今後日本企業にとって、また、日本のビジネスマンにとって、「会社そのものを売り買いする」ということについての、センス、スキルやコンピテンシーが求められることは間違いない。

企業やビジネスマンが保有すべきスキルやコンピテンシーのセットを管理対象化し、あるべき姿に移行することを支援することを本業の一つとする私としては、M&Aスキル/コンピテンシーをどのように扱うか、ということが気になっている。それは特殊なものだからといって「目次から外す」か、それとも、今後は不可欠なものだからといって「目次に入れるか」、ということを考えるのである。


「企業の値付け」というところに、その企業に関するすべての情報は帰着してくる。だから、企業を値付けする投資銀行家は最高のビジネスの知識/見識を持っているかというと、必ずしもそういうことではないと思われる。投資銀行家の話を読んでいると、企業トップを相手にする話ばかりでいかにも凄そうだが、よく読むと企業経営についての深い話がそこにあることは少なく、投資銀行家にアドバイスを求める企業トップの側も「資本市場の見方」を聞きたいからなのだ、と思える。

投資銀行家に対する見方や感情には、日本アメリカを問わず、複雑なものがあるようだ。企業自体を売買してお金を儲けるということについて、嫌悪感や抵抗感は昔も今も根強いようである。IBMのルイス・ガースナー元会長がその著書で、IBMの再編を投資銀行が主導しようとしていたことに嫌悪感を示し、またドットコムバブルの主犯として投資銀行を挙げていたことなど記憶に新しい。また少し古いが、傑作映画Wall Street(※)で「我々は何も創り出さない。ただ所有するだけだ。」「お前は創り出せ。」といった名セリフで投資銀行の価値観へのアンチテーゼが示されていたことなども記憶に残っている。

・・・とまあ、他人の見方はいいので、自分自身で投資銀行家の立場に身を置いてみる。例えば私が投資銀行家だったら、例えば明星食品に対して、資本政策や提携政策について何か提案を持っていかなければならないわけだ。・・・そこでは財務を見て、競合他社のことまでは考えると思うが、明星食品の顧客のこと、チャネルのこと、商品のこと、オペレーションのこと、組織のこと、人事のことまでは考えないように思う。逆に、世界のお金の所在の動向、お金が向かっている先などについてマクロ的な話をしないわけにはいかない。マネジメントのコンサルティング提案とは、やはり考えるレベルが違うと思う。


その他いろいろなことを考えてしまうのだが、結論としては、ひとまず次のようになるだろうか。M&Aコンピテンシーは今後企業として保有すべきコンピテンシーとして不可欠であるが、事業のレイヤーとは別のレイヤーであると考えた方がよい。これまでのコンピテンシーに、その新しいレイヤーを加えるイメージ。

  • レイヤー5: M&A、対投資家政策  ・・・ New!
  • レイヤー4: 事業戦略、マーケティング
  • レイヤー3: ビジネスプロセス、オペレーション
  • レイヤー2: 技術開発、商品開発
  • レイヤー1: 基盤技術、技能

ただしここで注意すべきは、上位のレイヤーが下位のレイヤーを基礎にしていること。だから、レイヤーをまたがってコンピテンシーを修得することがコンピテンシー形成の鍵になる。下位のレイヤーを一つ修得させた上で上位のレイヤーを修得していく原則を確立させることが鍵になるだろう。どのように重ねるか、ということにその企業の個性や、その企業固有のコア・コンピテンスが生まれてくる。

トヨタのマネジメントがトヨタ生産方式の完全修得なしには成り立たないようなことがあるし、M&A分野では、RHJインターナショナル(旧リップルウッド)の最高経営責任者のティモシー・コリンズ氏がビジネススクールに行く前に自動車工場に勤めていたことは有名で、「クランクシャフトのラインで経営を学んだ」「自分のアイデンティティはUAW(全米自動車労組)組合員」とどこかで語っていたが、それが、オペレーションの改善機会に着目する投資やM&Aのポリシーにも現れている。そのあたり、M&Aファームやファンドによって独自の色があるだろう。

新しいコンピテンシーのレイヤーを重ねる上では、コンピテンシーの重ね方をどのようにしていくか、ということについて、企業独自の方針を持たなければならないだろう。


もっともコンピテンシーの重ね方が重要になるのは、上位に新たなレイヤーを重ねる、というような場合だけではない。レイヤー1の基礎技能が、レイヤー2の技術開発、商品開発、そしてレイヤー3のビジネスプロセス改善の何よりも強固な基盤になる、といったことは、今後のコンピテンシー開発にあたって、再度意識されなければならないことであると思う。

百万分の一の歯車」で有名な「樹研工業」という会社は、所謂「ツッパリ」「元暴走族」から応募順に採用して、そして結局、社員のレベルは大企業にも負けないくらい高いらしいのだが、その秘密は、本で読む限りは、「最初はコンピュータを使わせず手仕事で、仕事を覚えさせる。具体的には、焼き入れと内面研磨の二つをじっくりとやらせる。」ということにあるらしい。匠の技を身につけておくことがその後で効いてくるとのことなのだが、企業一社一社が、自社にとっての「焼き入れ」「内面研磨」は何か、ということを自問しなければならないだろう。また、企業だけでなくて、ビジネスマンがキャリアを考える上でも。


※映画Wall Streetは87年のブラックマンデー前の85年のウォールストリートを舞台にした話だが、今の視点からもリアルであり傑作である。細部までリアリティを追求して作ってある。政治映画のイメージがあるOliver Stone 監督のこのビジネス映画が何故リアリティに満ちた傑作かというと、Oliver Stone 監督の父親が、Wall Streetで働いていたからで、Oliver Stone 監督自身も証券取引所で働いたことがあるからだそうである。そのあたりのことはDVDだと監督自身のコメントが入るようになっているので、それでよくわかった。コメントトラックも含めて見ることをお勧め。当時盛んに売買されていたというニューヨーク現代絵画とかも背景として沢山出てくるし、見るところが沢山ある。



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