人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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最近よく指摘されるように、「産業のビタミン」とも言われるレアメタルの重要性が増している中で、中国の輸出制限など産出国の「資源ナショナリズム」の動きや、資源メジャー主導の企業再編による「囲い込み」の動きが強まっており、レアメタルの将来的な安定確保が日本の大きな課題になりつつあるという。

そして、レアメタル確保にあたっての大きなハードルが「人材不足」であるという。海外でレアメタル鉱山を開発する際に必要な探鉱技術者やリスク評価をする人材を、日本国内では育成できなくなっているという。すなわち、

  1. 現在日本に残る鉱山は(住友金属鉱山が保有する)菱刈鉱山のみとなっている。
  2. 大学も相次いで鉱山関係の学部を廃止している。
  3. 技術伝承が途絶えている。

なお、同じような人材不足とそれに伴う産業存続の危機が、「鋳物」など「枯れている」とされる金属系の技術についても指摘されていることを思い出す。また、資源確保のための人材不足という点については、石油産業において、また欧米でも、同様の人材不足が指摘されていたことを思い出す。


これら、天然資源やマテリアルの分野は、国家レベル、企業レベルのいずれにおいても、細々であってもナレッジと人材を絶やさずに維持すべき分野の一つなのだろう。企業において、そのような、意識的に守り、保持すべき分野は必ずある。

ただし、ナレッジと人材を維持するにあたって、その分野の知識体系や、教育・育成メソッドを、再整理・再構築するということはありうるだろう。すなわち、

  1. 「エンジニアリング」「プロジェクトマネジメント」「ファイナンス」「リスクヘッジ」「交渉」といった、他の分野とも共通する汎用能力と、
  2. 「地質」「鉱物」「金属」といった、対象特有の性質に対するカンや経験知識とに、

知識や教育体系を見直す。

前者の能力は他のビジネスにおいても磨くことができる。

後者の能力に関しては、おそらく、「才能」というものがある。「鉱物」とか「植物」とか「動物」とか、人によって特有の、明らかに適性を発揮する対象がある。人の個性や才能は何らかの対象に関連づけられている。日本にも伝統的に、鉱脈を探す「山師(・・・本来の意味の)」がいた。「山師」の血筋を引く者、鉱物や地面の磁力へのセンスに身に覚えがある者は名乗り出よ、ということになろう。

(なお、例えば、ハイエクの経済思想の背景(世界の複雑さや進化などへのセンス)には、ハイエクの父親が研究していたという植物の生態へのセンスがあるような気がしてならない。経済学者である前に、その資質の本質が、代々引き継ぐ植物学のセンスかもしれないのだ。)

知識体系を再構築するにあたっては、普遍的なメソドロジー化できる部分と、そのような対象に対する固有のセンスを磨く部分とを切り分けて、モダンな体系にする必要がある。



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