日本IBMが日本のメーカー企業を顧客として、ソフトウェア開発の受託ビジネスを伸張させているとの記事。ソフト開発を効率化するIBM独自のノウハウを用いることで、「20~30%の開発コストを削減できる」のだという。
ソフトウェア開発のコストのほとんどは人件費であり、ソフトウェア開発とは組織マネジメントそのものとも言えるのであるから、「日本メーカーのソフトウェア開発の悩み=日本メーカーの組織運営の改善余地」と言い換えてもよいと思う。
そして、20~30%の開発コスト削減余地があるということは、「役割や成果責任があいまいなまま仕事を進める」、「意思決定が引き延ばされる」、「業務品質や生産性の計測がなされない」といった、日本企業のホワイトカラー組織運営に往々にして見られる弱点そのものを現していると言ってもよいかもしれない。
そして、それを解決するIBMのノウハウは、組織運営のノウハウそのものと見なすことができ、単に委託やアウトソースで終わらせず、そのノウハウを取り込むことに価値があると思われる。
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IBMの独自のノウハウとは明白に、メソドロジー(方法論)とかエンタープライズ・アーキテクチャなどと呼ばれる、ソフトウェア工学で発達した領域のノウハウである。それらのノウハウは、ソフトウェア開発の過程を構成する様々な活動や成果物を、専門分野や役割や工程に分類・体系化していくことに基礎がある。
米国で発達したそれらのノウハウは、現在世界的に、ソフトウェア開発やプロジェクトマネジメント分野にとどまらず、デジタル化された世界における「組織運営方法」そのものになりつつあるといってよいと思う。その源泉はもともと、多民族国家ならではの「形式知化」の意思、アポロを飛ばした「エンジニアリング」の意思、そして「マネジメントの理論化」の意思等々にあるが、一度体系ができるとその上に知識やデータが蓄積されてますます豊かなものになっていった。例えば、
- 成果物の雛型が蓄積されるようになった。
- 成果物作成を自動化するためのツールが供給されるようになった。
- 業界標準化、共通言語化が進み、それによって、ますますその利用価値は高まった。
- その共通言語の上に、人的リソースの調達と再配分が、グローバルレベルで進んだ。
- 単一のプロジェクト管理にとどまらず、複数のプロジェクトを統合管理しながら全体最適を図る方法論への拡張がなされ、企業運営の方法論そのものに近づいた。
そしてついに、グローバルに人的リソースを調達し、あるいはインドへ中国へとアウトソースを進めていくための、グローバルマネジメントのインフラとなったと言うことができる。ビジネスそのものがデジタル化、グローバル化した時代を迎え、その有用性はますます際立つようになったのである。
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このようなメソドロジーやアーキテクチャとは、組織に雛型を与える「メタ組織」と言うことができる。毎回新しく組織図を定義したり局所的に微修正を積み重ねていく従来の組織運営と異なり、予めきちんと定義されているプロセスや成果物まで利用できるメソドロジーやアーキテクチャは、デジタル化時代における組織マネジメントの核であると考えることができる。
これにより、組織に参加するメンバーにはどの工程のどの役割のどの作業であるかということをデフォルトで示すことができる。どのようなスキルを必要とし、何を成果物とし、誰にどのような方法で報告を行い、どのナレッジやツールを使うことができるか、ということが予めわかるので、組織運営を他の組織に移植したり、新しい人的リソースを取り込んだり、異なった仕事の進め方を統合することが容易になる。
そしてその応用範囲はソフトウェア開発に限らないことは、IBMがIT以外の業務受託にも注力する姿勢を見せているとことからもわかる。IT企業に限らず、GEのような企業ではM&Aをして企業統合を進める上での100日プロジェクトのメソドロジーといったものを持っていて、日本企業が往々にして3年かけるような企業統合プロジェクトを100日で成し遂げてしまうことはよく知られている。
R&Dなどの不確定性/創造性の高い業務においては一見あてはまらないようであるが、投資対効果の説明責任や安全性の保障が強く求められる創薬開発などではこのようなプロセスモデルの標準化は進んでいるし、それによってM&Aや提携が容易になっている。また、デザイン会社などにおいても、固いプロセス定義には意味がないとしても、組織メンバーの役割パターンの定義だけでも行っておき、役割パターンごとの期待される行動や貢献内容を定義しておくことで、組織のパフォーマンスを高めることができることは、「イノベーションの達人」で見た通りである。
あるいはビールや飲料の開発においてさえ、多くの部門が連携してスピーディに商品開発を行う上ではメソドロジーによる仮想組織の発想は重要になるだろう。
日本で作られたもので、誰でも参照できるそれに近いものがあるとしたら、経済産業省の「業務・システム最適化事業」で定義されてきた「EAアーキテクチャの参照モデル」がそれに近いことになるだろうか。今のところIT周り中心だが、本来、省庁を横断する公的機関の標準業務プロセスモデルや、組織や人材のモデルに拡張されるべきものである。
この考え方の元祖であり、驚くほど汎用的なフレームワークを示しているものが、ザックマンのフレームワーク。そこで言っていることは、5W1Hを段階的に詳細化すべし、ということだけなのだが、それが大きなビジネスになった。一枚のマトリックスであらゆる対象を組織化することができるテンプレートだが、使えるようになるには訓練が必要だろう。
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以上のような背景を考えると、日本メーカーがIBMにソフトウェア開発を委託する場合、それは単にソフトウェア開発を委託しているのではなく、組織運営を委託しているのである、と理解した方がよい。そして、合弁企業を設立するにあたっては、単にアウトソースする発想なのか、プロジェクト運営ノウハウひいては組織運営ノウハウを吸収するチャンスと見なすのか、ということをはっきりさせるべきと思われる。そしておそらくは、後者のための大きなチャンスである。