長くなった「ひとこと感想」その3。
長目のメモが残っていたので一応そのまま書くと・・・
「なんせ“地下”なので、暗いし、人の見分けはつかないし、そこに至る途中はカメラが揺れて、切り替えが早すぎる?のか眩暈が起きそうだし・・・と最初は困ったけれど、そのうち主人公ソハとその妻の、ごく普通の庶民の“情”を感じ始めると、登場人物たちの苦しみ、哀しみ、戦時に生き残るための苦闘(としか言いようがない)がなんだか身近なものに見えてきて・・・」
「上映会場でのアンケートにも書いたのだけれど、戦争、ホロコースト、何より“地下水道”(要するに下水道!)を“体験”させる映画だと思った。人々が、ただその時代を生き延びるために一生懸命になっているのが、今の私の眼から見ても、特別な状況、特定の場所に限定されたものというよりは“人間”そのものの姿に思えてきて、時代を超えた普遍性を(少なくとも私は)感じた」
「昔、ワイダ監督の『地下水道』を観たとき、外に出られると思ったのに鉄格子が現われて絶望する、胸の痛むシーンがあったと思うけれど、この映画では逆に、主人公がそのことで救われる場面があってちょっと嬉しかった」
個人的に今も記憶に残っているのは、ソハが金を取らず(取れず)にユダヤ人を助けることになってしまうシーン。「人には言うな。俺がタダでユダヤを助ける奴だなんて、人に思われたくない」というソハの言葉に、一瞬ギョッとした自分を思い出す。ただ単に、「ユダヤ人に好意的な人間だと思われると我が身が危ない」というだけじゃないモノを、その時感じたのだろうと思う。でも・・・何に驚いたのか、実は今でもヨクワカラナイ。「金が全て」とでもいうような、「路上で育った」ソハの確固とした哲学?に、一瞬ブン殴られたような気がしたのかなあ。
(それにしてもソハの奥さん、ほんとに素敵~♪ 彼女の前にいるときは、ソハもただの善良なオジサンに見えて、なんだか微笑ましかった(^^))
最後に、記憶がオボロ~で他の映画と混同してるかもしれないけれど・・・
エンディングで「ユダヤ人を助けるために努力したことで、戦後イスラエル政府から感謝された人々」が相当数(何千人だったか何万人だったかも忘れた)いたことが明かされる。私はそれほどの人数とは思ってもいなかったので、本当に驚いた。この映画とはまた違う、さまざまな「ソハ」たちがあちこちで戦後を生きていく姿を、ふと想像した・・・そんな記憶が残っている。
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