眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

「オリジナル」であるということ ・・・・・ 『フジコ・へミングの時間』 

2018-12-08 16:40:31 | 映画・本

知っていたのは「フジコ・へミング初のドキュメンタリー映画」 ということだけ。フジコさんのことも、さして知らない。ただ「ピアノの音が少しでも聴ければいいや」というくらいの気分だった。

フジコさん(なんて呼んでるけどいいのかなあ・・・でも映画を観た後では、そう呼びたくなるような人だった)のピアノは、TVやCDでちょっと聴いたことがある程度。「月の光」「ノクターン」「別れの曲」或いは「ラ・カンパネラ」などなど、音楽と無縁の私にも判るような有名なピアノ曲を、とても甘やかに、でも丸太をぶつ切りにしたような?感触も残して弾く人・・・というのが、私の持っていたイメージだった。

私は(ジャンルを問わず)「音楽」にはド素人。なのにピアノについてだけは、「軽やか」「繊細」(かつ「正確」?)な音色じゃないと耳に残らないようなところがあって、フジコさんの演奏にはあまり興味を引かれなかったのだと思う。(ピアノが打楽器だということを思い出したくない・・・というか、無知な者ほど分不相応な拘りを持つというか(^^;)

ところが、「2年間彼女に密着」?して撮影したという映像を観ているうちに、多くの困難を乗り越えてきた「一人のピアニスト」というよりも、大変な時代・環境(運命?)を、ピアノを杖に生き延びた「一人の女性」の顔・風貌に見えてきて・・・その「顔」と、彼女の太い「指」、たくましい手、彼女の独特の衣装、街中を歩く姿までが、彼女の作り出す「音楽」とぴったりと重なってしまった。

演奏だけ、ピアノだけ、「音」だけを聴くことが出来ない。それをすると、私の鈍感な耳ではこの人のピアノの個性がわからなくなってしまうだろう・・・そんな風にしか思えないのだ。

本人の言葉にもあったけれど、ミスタッチが多いことは「問題ではない」(「ルービンシュタインも、自分はバケツ一杯ミスタッチがあるって言ってた(笑)」)ことが、私にもごく自然に納得できた。「音の一つ一つに色をつけたい」「歌うように弾きたい」という彼女には、そんなことより大切なものがあるのだと。

「弾き手」と作り出される「音楽」とが、きれいに重なる(一致する)のを、私はこの映画で初めて体験したのだと思う。それはこの映画の力だけれど、私自身の年齢も関係したのかもしれない。


「16歳の頃の自分しかイメージ出来ない。(自分は今もその頃のままだ)」「リボンやお人形さんが好き」「家や部屋の内装を考えるのが好き」・・・実際そういう髪型・服装で街を歩き、路上の人には必ず幾許かの「喜捨」をする。 あなたにとってのピアノとは?と訊かれて、短く「ネコたちの生活費を稼ぐ道具」と返す。

確かに、クリスチャンでベジタリアン、動物愛護の活動にも熱心な彼女が、飼っている猫や犬たち、或いはよその動物たちに見せる表情は、人間相手のときとは全然違う。(この映画の中では、手放しの笑顔はそういうときにしか見られなかった)

正直な人・・・というか、「嘘がつけない」人なのだろう。公演での自分の演奏の出来不出来(用意されたピアノの保存状態まで絡んできたりする)は、終わって聴衆にお辞儀をするときの表情にはっきり出ていた。どれほどの拍手でも、その表情は変わらなかった。

そういった、直接音楽とは関係ないように見える彼女の一面、生活の仕方さえ、この人の場合は「演奏」に反映されているように見えてしまう。

しかも・・・

戦中戦後のあの時代に父親がスェーデン人、しかもその父親はまもなく去り、彼女は若くして聴力を失いかけ、留学しようにも国籍が無いため、難民パスポート!でやっと渡欧するが、チャンスが巡ってきたときに本格的に聴力を失い、片耳は4割まで回復したものの、認められないまま長年ヨーロッパを放浪。「(貧乏のどん底だったから)天国に行けば私の居場所がきっとある・・・と思って日本に帰ってきた」彼女が日本で「ブレイク」したのは60代後半・・・



四六時中?カメラがついてくる中、インタビューに答える彼女は、「ピアノ」「音楽」について話すときだけ、どこか遠いところを見るような目になる。自分の中の音楽世界だけを見ているような、その視線と静かな表情は、そのままあの「ラ・カンパネラ」に繋がっていく。

「オリジナルである」というのが「自分自身」を意味するものなら、フジコ・へミングの作り出す音色はまさにそうなんだな・・・と思った。あの視線・表情・横顔抜きに彼女のピアノを聴くのは、今の私には、なんだか勿体ないことのような気がした。

 




(映画の内容にはほとんど触れない、当日の会場についてのCS(化学物質過敏症)関係の日記を備忘用に貼っておきます)

http://blog.livedoor.jp/hayasinonene/archives/52755174.html「『フジコ・へミングの時間』を観たのですが・・・」

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