眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

暴力の中で止まった時間 ・・・・・ 『息もできない』

2011-04-11 19:41:17 | 映画・本

2010年にスクリーンで観た映画の中で、1本だけ「あなたの映画」を選びなさいと言われたら、私は多分この映画を選ぶだろう。『接吻』や『イントゥ・ザ・ワイルド』、或いは昔観た『エンジェル・アット・マイ・テーブル』と同じく、作品としての出来不出来や登場人物に対する好き嫌いとは別に、この韓国映画は、私にとって「本当に特別」な1本なのだと思う。

映画を観ている間、制作・脚本・監督・主演を兼ねるヤン・イクチュンという俳優さんを見ながら、私はこの人の無表情が訴えているものを、ほとんど文字通りの「痛み」のように感じていた。怒っている時はただ恐ろしく、特に不機嫌には見えない時も、口を開けば「クソ野郎」「クソあま」「クソ親父」にしかならない男。何か言いたくても言葉に出来ない(というか、そもそも「言葉として口にすればいいのだ」ということが頭に浮かばない?)まま、次の瞬間にはそれが「暴力」の形で放出されてしまう・・・。

「思い」を「言葉で表現出来ない」という以前の段階で、自分の感じているモノがどういう感情なのか、そもそも自分が何かを感じているということ自体さえ、自分ではヨクワカラナイ・・・それは「時が止まったままの子ども」の姿のように、私には見えたのだと思う。

この映画は、「どうしても表現したいことがある」という、作り手の強い意志・目的意識のようなものを感じさせる。監督曰く、「これを作らなければ、自分のこの先の人生を考えることが出来ない」というほどの切羽詰まったものがあるのが、観ていてはっきり判る。この人は長年にわたって、「血縁」「暴力」「(家庭や社会の)閉塞状況」を考えさせられてきた人なのだということが、主人公の顔からそのまま私に伝わってくるのだ。


主人公サンフンは取り立て屋の「社長」に雇われて「暴力」を生業にする一方で、母と妹をその暴力で死なせた父親にも、今度は自分が問答無用とばかりに暴力を振るう。それは憎しみゆえというよりは、それ以外に父親とのコミュニケーションの取り方を知らないからのように、私には見えた。母と妹の死で刑務所に入り、刑期を終えて出所した父親との間では、歳月も重なり、「憎しみ」以外の感情の存在に気づいてもいい(実際、彼自身それ以外の何かを感じ始めているフシがある)のに、それが罵詈雑言や暴力以外の形で外に出ることはない・・・。

それでも母親違いの姉や雇い主の「社長」は、主人公が凶暴なだけの人間ではないのを、どこかで感じているようにも見える。実際、夫の暴力に耐えかねて離婚した姉の幼い一人息子に対しては、サンフンは彼なりの愛情を注ぐ。たとえ男の子を常に脅えさせるような、不器用なやり方であったとしても。

ある時サンフンは、自分に似た境遇の女子高生ヨニと、路上で出会う。彼の言動にも脅えず、平気で言い返す(時にやり返す)彼女との間で、お互いの苦しみを暗黙の中に理解する絆が生まれる。やがてサンフンは、自分が父親と同じ道を辿っていることに気づき、「暴力」を手放そうと決心するのだけれど・・・。


この物語のあちこちに見られる「閉塞状況」は辛い。例えばサンフンの稼業は、屋台を出して生計を立てていたヨニの母親の、死の原因となったものと同じ種類のものだ。けれども彼女の息子(ヨニの弟)も、結局同じ稼業に就く。或いは、終盤サンフンが仕返しされるのは「昔の自分自身」のようにも見える・・・。

韓国という国の歴史的背景も関わってくる。例えば、ヨニの父親はベトナム帰還兵で、その結果精神的な病を得た人のように見える。(最近たまたまベトナム戦争のことをちょっと調べていて、韓国軍として従軍した人の数の多さに驚いた。どれくらい正確なことなのかは私には判らないけれど、韓国人兵士は虐殺現場に立ち会う機会が多かったらしい・・・ということも初めて知った。)儒教的な家父長制が色濃く残ると言われる韓国で、一家の主として、サンフンの父親もヨニの父親も「稼ぎが少ない」「甲斐性がない」ということでどれほど誇りを傷つけられたか・・・といったことも。エピソードとしてはっきりとは出てこなくても、描写の端々に、韓国人として生まれ育ち生きていくことの大変さが見て取れる。


ハッピー・エンドとは言い難いこの映画が、それでもどこかに希望を感じさせる後味を残すのはなぜなのだろう・・・と、ふと考えた。サンフンとヨニの間を繋いでいるように見えた、「口には出さない」理解の仕方のせいなのだろうか。

私はこの感想の最初に、サンフンが「言葉で表現できない」ことを批判するような言い方をしたけれど、私が悲しかったのは「言葉で表現できない」ことではなくて、「自分が何を感じているのか自分で感じ取れない」まま、呆然としている子どもの姿に重なって見えたことだ。言葉や実力行使の「暴力」に囲まれたような環境で育つと、子どもは自分が何を感じているのかもわからないまま、ただその場その場をしのぐためだけに行動するようになってしまう。それは、「実力行使」など全く無く、ただ「言葉」に纏わる暴力だけだった?私でも、殴られて育ったサンフンでも変わらないものがあるのかもしれない。

自分が何を感じているのか、自分の中にあるさまざまな感情をそのままの形で感じ取れるように、子どもには育って欲しい。でもそのことと、「大事なことは言葉以外の形で伝わる」ことは矛盾しないのだと思う。

本当に辛いことは、人には言えない。本当に大事なことは、なかなか言葉には出来ない。この映画に描かれているのは、そういう人間同士の間で流れる何かだったと思う。


映画の完成後、監督はなかなか体調が元に戻らず、新作に取りかかれなかったと聞いた。無理もないと思う。大変な苦労(親戚知人に借金し、家も引き払い、それでも・・・という資金難など)の連続だったということも勿論あるだろうけれど、「これで自分の家族との間の長年の問題も、解決に向けて少し前進した」という監督にとっては、単に初監督作品が完成したというに留まらない重たい何かが残ったのだろうと思う。一生に何度も作れるような映画じゃないのだろうと。

それでも、私はこの映画が観られて本当に良かった。
夜、漢江の河原で待ち合わせ、お互いに何も言わなかったサンフンとヨニの姿が、今も忘れられない。

 

 

 

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4 コメント

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Unknown (更年期)
2011-04-13 09:17:47
ムーマさん、お久しぶりです。
韓国映画を観ない私が、観てみたいと正直思いました。
今の自分の精神状態だと、ちょっとキツイかな?と思うので、もう少し元気になったら、是非!!ムーマさんの思い入れの強さみたいな物をこの感想文で感じました。
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「暴力」シーンが結構あって・・・ (ムーマ)
2011-04-13 15:56:43
>ムーマさんの思い入れの強さみたいな物をこの感想文で感じました。

そーなんですよぉ。
ここまで来ると、もう思い入れ・思い込みだけで書いてるようなモンだと、自分でも思います(笑)。
でも、なぜか私はこの映画の監督さんに、深いトコロ?で共感するものがあって、こんな書き方になっちゃいました。
この記事を書いた後、日本の監督さんとの対談を見つけて、ホントに想像していたような人だったな~って改めて驚いてます。(一応貼っておきますが、スルーして下さって構いません。)
http://www.coldfish.jp/mokugekiseyo/index.html

結構血みどろ~なので、更年期さんの仰るとおり、少し元気のある時にどうぞご覧になって下さい。
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痛い暴力=リアルな作品 (お茶屋)
2011-04-13 21:25:58
言葉って最も大切な道具で、暴力を振るわないためにも磨きを掛けるべきだと思うのですが、漢江での二人のシーンを観た後では、単に言葉だけによる理解って味気なく思えちゃいますね。それほど、美しく、涙が出るシーンでした。
この映画は暴力を否定しているんだけど、だからこそ、よけいサンフンが哀しく見えるんですね。
あと、坂道のうらぶれた家々など「絵」のセンスも抜群で、印象に残るシーンがたくさんあります。俳優さんたちも皆よかったですね。
ムーマさんが書いてくださったお陰で、思いをあらたにすることができました。ありがとうございました。
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なぜか寒々とはしていない・・・ (ムーマ)
2011-04-13 23:00:29
>お茶屋さ~ん

哀しさ、救いの無さ?さえ感じる「暴力の連鎖」を描いたストーリーなんですけど、最近観た『闇の列車、光の旅』などとは全然違った印象で、記憶に焼き付いて残っています。

>「絵」のセンスも抜群で、印象に残るシーンがたくさんあります。

ほんとに、「美しく、涙が出る」のは内容だけじゃなくて、その時の「絵」の美しさもあると思いました。
私は終盤、サンフンが木に寄りかかっている間に夕暮れになる(夜が明ける・・・だったかしら?)シーンの美しさが好きでした。

>俳優さんたちも皆よかったですね。

ほんと、みんな良かったですよね~。ヨニはもちろん、苦労人の社長も、黙って殴られてる父親も。ヨクワカラナイ叔父に困惑しながら、でも素直に喜ぶ男の子も。

観てから1年も経ってから感想書いてるなんて、ノンビリにも程がある?って自分でも思うんですが、喜んでいただけたなら、もうとっても嬉しいデス。
こちらこそ、どうもありがとうございました。
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